黒闇天
試験休みに突入した浩介は、毎日のように寺に通っている。
というのも、法術の活用法について瑠璃に頼まれていたからだ。
浩介はこの中で唯一、新しい発想が出来る人物なのである。
以前の闘いで痛い目をみた瑠璃は、これからの事を見据えて吉祥天に相談したところ、
「浩介ちゃんに頼んでみなさいな」
と、言われてしまったらしい。
そういう訳で瑠璃は渋々浩介の隣にいるのだ。
浩介は携帯ゲーム機を瑠璃に見せながらプレイしている。
「こんな感じなんだけど、同じ事出来る?」
「同じ事と言われても困りますわ。この白い線のような物はどうするのです?」
「それはビーム兵器だな。これの変わりに瑠璃の雷の矢を使う」
「そうなのですね……ではこれはどうするのですか?」
といった感じで、ゲーム内の必殺技を参考にしながら組み立てていた。
「お茶が入りましたよ。休憩にしませんか?」
炎輝が紅茶セットを運んでくる。夏だというのに、熱い飲み物を持ってくるらへん、まだまだ人間界に馴染んでいない感が滲み出ている。
ずっとゲーム画面を見ていた浩介は、大きくひと伸びすると、
「ちょっと散歩でもしてくるわ。ずっと同じ体勢だと疲れる」
そう言って、外に出て行った。
吉祥天には、本堂辺りは行ってはダメと言われている。
興味はあるが、後が怖い。仕方なくそこを避けてブラブラと歩き始めた。
ここの敷地は意外に広い。その外周に結界を張っている。結界といっても大げさなものではなく、外観を偽っているだけだ。
本格的な結界は本堂周りにだけ張ってある。
ここは、吉祥天が人間界に降りてきた時、最初に住み着いた場所らしい。
今から五百年近く前という事は、戦国時代の頃という事になる。
その頃から廃れていたらしいが、他にいい場所がなかったのだろうか?
現在、桃華達が暮らしている離れ座敷は、時代と共に改修に改修を重ね、なかなかに近代的な設備になっている。
「結構いい場所だよな、ここ」
難点なのが、夏なのに秋の景色で彩られている所だろうか? 季節感が全くないのだ。
吉祥天が言うには「紅葉って綺麗でしょう」らしい。
暫く歩いていると、木々の間から湖畔の様な景色が見えてきた。
浩介は、草木をかきわけながら進んでいくと、開けた場所に辿り着く。その視線の先には美しい水面が揺れていた。
テンションが上がった浩介は声を上げて走りだそうとするが、遠くに見える人影に気づき、慌てて両手で口を塞いで身を隠した。
そっと覗き込むと、女性が水浴びをしている。浩介はその姿に見覚えがある。
それは先程まで思い浮かべていた吉祥天だった。
先日、風呂を覗いた時にも思った事だが、天女達には裸体に対しての羞恥心は全くない。恥ずかしがらない桃華達に説教をした事すらある。
皆それぞれに美しい。だが、そこに恥らいが合わさってこそ興奮するのだ。美しいだけではドキドキはしてもムラムラはしない。浩介はそういうタイプだった。
どうせ大した反応もされないなら、堂々と近づいてやろうと歩みを進めると、吉祥天が浩介に気づいたのか、走り去ろうとしていた。
「むぅ? 何故逃げる? もしや、恥じらいを覚えたのかっ!!!」
逃げる吉祥天を全速力で追いかける浩介。
弥勒菩薩が混ざっている影響なのか、それともヘソの珠の影響なのか、身体能力が大幅に上がっている浩介は、あっという間に吉祥天に追いついた。
「まさか、姐さんが逃げ出すなんてな。おかげでちょっと興奮しまったぞ」
吉祥天の手首を掴んだ浩介は、下品な笑い声を上げている。
「……あの……痛いです。離して頂けませんか?」
浩介は自分の耳を疑った。
あの吉祥天が、下からものを言っている?
驚愕した浩介は、目の前の裸体の事など一気に吹っ飛び、口をパクパクさせて困惑していた。
掴んでいた手首も離してしまい、眼の焦点が合っていない浩介を吉祥天は覗きこむ。
「浩介……さん、ですよね?」
「…………」
「あの……大丈夫ですか?」
「……誰だ? お前は誰だぁぁぁ?」
吉祥天の肩を何度も揺らせながら問い詰める浩介に、話をするので落ち着いて下さいと懇願する吉祥天。
服を着るのを待っている間に、なんとか平常心を取り戻すと、吉祥天が話出すのを待った。
「では、順を追って説明させて頂きます。――私の名は黒闇天。吉祥天の妹になります」
「双子……なのか?」
「いいえ、違います。私の体は諸事情により、この世界に存在しません。お姉様の体に魂を縛りつけているだけなのです」
「縛りつける?」
「はい。魂とは、本来肉体の死という現象が起きないと分かたれる事はありません。肉体の生命活動が終わらず魂が分かたれた場合、魂は元の肉体に引っ張られ、元に戻ろうとするのです。私の体は、今でも生命活動を続けているので、当然元の体に戻ろうとします。ですが、今戻るわけにはいきません。その為、お姉様の魂に私の魂を縛りつけているのです。――ですが、魂のまま存在出来る時間は決まっています。四十九日……それを過ぎると魂は強制的に地獄送りにされてしまいます。だから、その期間の間に一度、私がこの身体を使わせていただいているのです。地獄送りされないために」
丁寧な説明を受け、一応は理解出来たが、それを直ぐに受け入れられるかどうかは別問題。だが、浩介は簡単に受け入れるタイプだった。
「この事は秘密にしているという事か?」
「そうなります」
「今、吉祥天は?」
「おやすみになられています。唯一、心休まる時が今なのです」
「……分かった。俺と黒闇天だけの秘密という事でいいんだな?」
「はい。そうしていただけると助かります。――いずれ、お姉様がお話するかもしれません。その時までは、どうかご内密に……」
「ふむ……まぁそれはいいとしてだ。ずっと俺達を見ていたのか?」
「はい。ずっと見ていました。以前、胸元に怪しげな珠を……」
「だぁぁぁぁっっっ! もしかして……」
「安心して下さい。お姉様には言っていませんよ」
浩介はホッと胸をなでおろす。
「ふぅ……お互い秘密を持っている同士、仲良くしようぜ!」
「ふふふっ。そうなりますね。次にお目にかかるのは四十九日後になりますが、よろしくお願いします」
姿は吉祥天だが、物腰穏やかな黒闇天が表に出ていると、印象が全く違う。
普段は妖艶でエロいお姉さんだったのに、中身が変わると清楚なお嬢様に見える。
外見は同じはずなのに、これほど受ける印象が違う事に、浩介はちょっとした恐怖を覚える。
「ここにいると邪魔だろう? 俺はそろそろ戻るわ。一日だけでも楽しんでくれ!」
「……邪魔ではありませんが、いつ、お姉様が目覚めるか分かりませんし……いつか、いつか皆様とお話出来る日が訪れて欲しいです」
「そうだな! 早くそんな日が来るといいな!」
浩介はそう言って立ち去っていく。その後姿を見ながら、黒闇天は寂しそうに手を振っていた。浩介が見えなくなっても、ずっと。