其の二十一
結局、寺に泊まった浩介が目覚めた時、外では杏が破損した鎧などを修復しようと準備をしていた。
「おはよう」
「うむ。よい朝じゃ」
「そんな物を並べて、何をしているんだ?」
「修復じゃ。妾のもう一つの仕事じゃ。本来ならば、昨日のうちに終わらせるはずだったのじゃが……酒とは怖いものじゃ」
「まぁ、子供が飲むもんじゃねぇな」
「妾は子供ではないぞ?」
「はいはい。――帰ろうと思っていたが、帰る前に見学させてもらおう」
そう言って浩介は杏の横に座る。
「好きにすればよい」
杏は、並べた鎧や法具に土を覆いかぶせると、神楽鈴の様な物を取り出し、土の周りで舞い始めた。
綺麗な鈴の音が響き渡り、朝の光もあいまって、とても心地が良い。
「綺麗だ」
知らず知らずのうちに、浩介の心の声が漏れる。
そんな事お構いなしで杏の舞は続く。気がつくと盛っていた土が光り輝いていた。
杏はその光に向けてシャン! と一鳴らしすると、祈りを捧げるように両膝をつく。
「♪♪♪」
聞いた事もない美しい音色が響き渡る。それは杏の歌声だった。
ブルブルッと浩介は打ち震えていた。
この様な音がこの世界にあったのかと驚愕し、そして感動する。
浩介はいつの間にか涙を流していた。
歌声に身を任せて至福の時間を味わっていた浩介だったが、誰かに背中を叩かれ我に返った。
「綺麗な歌声でしょう?」
背中を叩いたのは吉祥天だ。
「あぁ。綺麗って言葉だけじゃ足りねぇよ」
「緊那羅は音楽の神様なのよ。その中でも杏の歌声は群を抜いているわ。――ほら、みてごらんなさい。盛られた土が法具に染み込んでいくわ。これが杏の声の力」
吉祥天の言った通り、土が減っていく変わりに並べられていた品々が新品の様に光輝いている。
「すげぇ……」
浩介は素直に感嘆する。今まで出会ってきた桃華や空臥達は、どちらかと言えば相手を傷つけたり、何かを壊したりと破壊のイメージが強い。
それに反して、杏は相手を癒やし、壊れた物を再生する。
その光景がとても尊く見えるのだ。
「ふぅ……これで終わりじゃ。妾はもう一度寝るぞ?」
「お疲れ様。ゆっくり休みなさいな」
浩介は、通り過ぎていく杏の頭を思わず掴んで動きを止めてしまっていた。
「な、何をする! 離せっ! 離すのじゃ!!!」
「悪い、悪い。ついつい掴んでしまった」
手を離した浩介は、優しく頭を撫でる。
「いいものを聞かせてもらった。ありがとうな」
「うぐっ……妾を子供扱いするでない! だが、褒めてもらったその言葉は素直に受け取ろうぞ」
「ははっ。――これからよろしくな、杏」
「う、うるさい! 改めていう程でもなかろう! わ、妾はもう行くからな? 行くからな?」
「あぁ、おやすみ」
浩介は清々しい気分で寺を出て行く。今から昨日とは違う、新しい一日が始まるのだ。
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期末試験も終わり夏休み直前だ。
あれから平穏な日々が続いていた。
人間界に残った空臥と凛は、最初に拾われた天元ラーメンの店長に頼み込んで住み込みで働いている。
吉祥天が手を回したのか、昼休みになると、空臥と凛が屋台を引っ張ってきて一日三十食限定でラーメンを販売している。
弁財天は浮島でまったり過ごしている。たまに下に降りてきては吉祥天とじゃれあっているみたいだ。
杏は、この世界の音楽に興味を持ち、日がな一日、音楽を嗜んでいる。
桃華、瑠璃、炎輝は俺と共に学校生活を送っていた。
そして守はというと、どうやら気分転換のため、バイクであちらこちらを巡っているらしい。
今まで張り詰めた中生きていたのだ。息抜きも必要だろう。幸いな事に、真美の状態も安定しているらしいので、数日間留守にすると連絡がきた。
色々と騒がしい日々だったが、濃密で楽しい数日間を過ごしたということだけは間違いなかった。