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戦天女の黙示録  作者: 平平
一章 風神、雷神
27/37

其の二十

 皆を連れて寺に戻ってきた一行は、桃華を奥に運び、凛と瑠璃の治療のため炎輝が二人に法術を施す。そして、浩介の周りには吉祥天、弁財天、空臥が集まっていた。

「で、浩介ちゃんが桃華ちゃんを止めてからおかしくなったのよね?」

「どうやらそうらしい」

「……人間界と修羅界の違いで戸惑うのは分かるけど、それにしてはちょっとおかしいわよね。――あっ、炎輝ちゃーん! 無理はしなくていいからね! 韋駄天に専門家を連れて来てもらうから!」

 ここにいる全員、治癒の法術には疎い。一応使えるのだが、それなりに時間がかかってしまう。その間、ずっと法術を使っていなければならないが、炎輝では瑠璃や凛が回復する前に倒れてしまうだろう。

 そして、法具や防具も修理しなければならない。継承法具は自己再生能力があるので問題はないが、破壊された鎧や特殊法具はどうにもならない。

 そこで、吉祥天は人間界に専門の神を手配していたのだ。

「で、話を戻すわよ。といっても何も分からないのだけど――!!!」

 浩介を見ていた吉祥天は、とある変化に気がついた。

「ちょっと、浩介ちゃん。こっち見てちょうだい」

「ん? あ、あぁ」

 じっと浩介の顔を見つめている吉祥天。

 今までと違う所は唯一つ。それは浩介の目だった。

(……紺青の瞳。これは真青眼相(しんしょうげんそう)! これの影響を受けたのね……発現した瞬間を見たから畏怖した。――それにしても、こうも次々に三十二相が出てきているという事は、転輪聖王(てんりんじょうおう)の証かも……)

 転輪聖王……遠い未来、全ての世界を統べると言われている王の名。

 天上界でさえ、その出現を誰も信じていない理想の王。その名が転輪聖王。

 にわかには信じがたい。だが、目の前にいるボーッとしたこの男には、その兆しが出てきている。

 吉祥天は動揺を表に出さないよう、気を引き締める。

「原因は分かったわ。大丈夫、問題無いわよ。安心なさいな」

「原因? なんだよそれ? 教えてくれよ、姐さん!」

「ダーメッ! まだ教えなーい」

「ちっ……この秘密主義の悪女めが……」

「何か言ったのかしら? 全然聞こえなかったわ」

「うっ……その目こえぇよ! 分かった、分かった。何も聞かない。桃華は大丈夫。一件落着だな!」

 浩介自身も秘密にしている事がある。これでおあいこだと一人納得する。

 ここに居ても、もう何もする事がない浩介は、家に帰ろうと立ち上がると、ガラッと玄関の扉が開く音が聞こえていた。

「只今戻りました」

 この声は韋駄天だ。という事は新しい神様を連れてきたという事だ。

 浩介は興味津々で玄関に向かうと、韋駄天の横には弁財天と大差ない小柄な少女が立っていた。まるで七五三帰りのような風貌で、黒くて長い髪が綺麗だ。

「また子供か。ここはいつから託児所になったんだ?」

 嫌いではない。嫌いではないのだが、流石にムラムラはしない浩介は正常といってもいい。

 少女は韋駄天の腰辺りをクイクイッと引っ張りながら見上げた。

「この失礼な奴は誰じゃ?」

「人間の男で御座います」

「そういう事を聞いているのではないのじゃが?」

「私から説明する事は出来ません……吉祥天に訊いていただくのがよろしいかと」

「あいわかった。では、中に入るとしよう」

 二人は浩介の横を通り過ぎ、中へと進んでいく。

「面倒くさい奴らばかり集まってきやがる……人の事は言えんが」

 帰ろうとしていたが、浩介は再び中へ戻ることになった。

 吉祥天の前に立っている二人は、一言二言、言葉を交わすと、早々に少女は桃華が寝ている部屋へと消えていく。

 韋駄天の方はというと、手に持っていた荷物を冷蔵庫前へと運んでいた。どうやら食料を買ってきたみたいだ。

 そのままカフェエプロンを装着すると、調理を始めだした。それに気づいた炎輝が手伝おうと韋駄天の元へ駆け寄って行く。

「姐さん、さっきの子供は誰だ?」

「あら? 帰るって言っていなかった? ――まぁ、いいわ。彼女の名前は(きょう)。治癒と修復のエキスパート……緊那羅(きんなら)一族の子供よ」

「緊那羅?」

「天龍八部衆の一人、緊那羅王の娘。それが杏ちゃん。そして空ちゃんと凛ちゃんの幼なじみ」

「あの……その呼び方は勘弁してもらえませんか?」

 申し訳無さそうに空臥が口を挟むが、華麗にスルーされ、吉祥天の話は続く。

「浩介ちゃん、治癒の法術ってどんなイメージ?」

「ん? そりゃ、手から光が出て傷を治していく感じ?」

「大体あっているけど、浩介ちゃんのイメージだと直ぐに傷は治るでしょう?」

「あぁ、ゲーム脳だからな。呪文を唱えたら即回復だろう。リキャストタイムはあるかもしれんが」

「実際のところは違うのよ。傷を治すのにも時間が掛かる。傷が大きければ大きいほど費やす時間も増えるわ。――今回だと、桃華ちゃんで三時間、瑠璃ちゃんで二時間、空ちゃんで一時間って所かしら?」

「だ、だから、その名……」

「ほぉほぉ。そんな回復役、ゲームでは役に立たねぇな」

「そうね。あくまで、私達が治癒法術を使ったらって話なのだけどね。――そこで杏ちゃんの登場ね。杏ちゃんが治癒法術を使えば、桃華ちゃんなら三十分、瑠璃ちゃんで十五分、空ちゃんで十分程度に短縮出来るのよ」

「あ、あの……もう、いいです」

「おぉ! 結構時間短縮するな。――それでも時間が掛かり過ぎる。実戦向きじゃねぇな」

 正しく浩介の言う通りなのだ。今日の闘いを見た限り、傷を癒やす時間を作るのは難しい。最低でも十分は二人共動けないのだから。

「そうね。ゲームだとパーティーに回復役は必須だけど、現実は回復役なんて後方待機で、運ばれてきた人を助ける事しか出来ないのよ」

「ゲームとリアルは違うってか」

「それでも回復役は重要なポジションって事ぐらいは分かるでしょう?」

「まぁな。――色々話を聞きたいところだが、それは後回しにして、ちょっと韋駄天のおっさんの手伝いでもしてくるわ。おっと、家に晩飯は要らないって電話しないとだ」

「……浩介ちゃんって意外に家族思いよね?」

「そうか? 普通だろう」

 家に連絡を入れた浩介は、意気揚々と調理の手伝いに向かう。だが、一足先に手伝いにいっていた炎輝、そして後から顔を出した浩介も、何も手出しができなかった。

 手出しが出来ないと言っても拒否されたとかではなく、手伝う必要性が全くないという意味での手出しが出来ないだ。

 まさに完璧。調理の手際がパーフェクトすぎて、下手に手出しをしても邪魔にしかならない。

「このおっさん……何者なんだ?」

「何をしているのか、僕にはさっぱり分かりません……修行が足りないようです」

「ホッホッホッ。私などまだまだですよ。どんなに鮮やかに調理しようとも、レシピなしでは何も出来ないのですから」

「いやいやいや、すげぇよ! 暇な時でいいからさ、俺に料理教えてくれよ!」

「それは構いませんが、ただレシピ通りに忠実に動くだけですよ? マニュアルから飛び出せる人間の方が凄いと思いますが」

「まぁどっちでもいいじゃねぇか。ほら、炎輝も弟子入りしようぜ」

 グッと炎輝の肩を引き寄せると、二人して韋駄天に頭を下げた。

「そのような事……こちらとしても、皆さんと料理というのはとても魅力的です。こちらこそ、宜しくお願い致します」

 こうして今、新たなる師弟関係が生まれた。

 炎輝の料理を食した後世の人々はこう語る。


「料理の終着点の一つはここに在る」と。


 一通りの調理が終わった頃、皆の治癒が終わったのか、全員テーブルに集まって料理が運ばれるのを今か今かと待っていた。

 美味しい食事は皆を幸せにする。

 数時間前に闘っていた者同士とは思えない程に。

 桃華が目覚めた時、いつもの桃華に戻っていた。原因だった浩介の目についても、吉祥天がそれとなく伝えていた。

 あれは浩介ではなく、その中に在る弥勒菩薩の力だと伝えると、一応それで納得したらしい。いや、納得するしかなかったと言った方が正しいだろう。

 それでも、生きとし生けるものの生死といった部分では、まだ戸惑っているようだ。

 それはこれからの交流、そして時間で変わっていくのかもしれない。

 そんな桃華の横には凛が座っていた。

「それ、私が食べようとしていたやつ! なに横取りしているのよ!」

「凛が悪い。先手必勝だ」

「じゃあ、こっちは貰うわね。桃華は要らないんでしょう?」

 凛は掴んだエビフライをヒョイっと口に運ぶ。

「アァァァァァァッッッ!!! それは……それは、後の楽しみに取って置いたやつだぞォォォ!!!」

 モグモグモグ。口を動かしながら、唇からチョロっと出ている尻尾が上下左右に揺れている。

 光悦の表情で、尻尾を手に取った凛は、桃華の目の前にある皿にソッと尻尾を添えた。

「仕方がないわね。ほら、食べなさいよ」

「ぐぬぬぬぬっ……勝負だっっっ! 表に出ろっ! 敗者の分際で勝者に歯向かおうとは! 凛は馬鹿なのか? そうか、馬鹿なんだな! それならば仕方がない!」

「はぁぁぁ? 力任せに刀を振るうだけの馬鹿に言われたくないわよっ!」

「それだけで勝てるんだもの。悔しければ技の一つでも出させなさいよ!」

「桃華はやっぱり馬鹿ね! 自分で技なんて持っいてないって言っていたでしょうが!」

「あ、あるもん! 私にだってあるもん!!!」

「なら出してみてよ! ほら、今ここで出してみなさいよ!」

 二人の口論は終わらない。

「なぁ、あいつらって仲良かったっけ?」

「俺に聞くな。凛がはしゃいでいるのは確かなんだが、全く意味が分からない」

「……天上界の神ってのはみんなどこかおかしいのかもしれないな」

「それは聞き捨てならないな。周りを見てみろ! 俺はまともだろうが!」

 空臥の横にはちょこんと小さく杏が座っていた。

「ほれ、空臥の器が空になっておる。注いでやろうぞ」

「お、おう。――ちょっと近すぎやしないか、杏?」

「妾とお主の仲じゃ。何を気に止める?」

 寄り添う杏。それを見た凛が、焼き鳥の串を杏目掛けて投げ捨てた。

「そこのちんくしゃ! 空ちゃんに近づくんじゃないわよ!」

 立ち上がった凛は、なみなみと注がれているコップの液体を一気に飲み干すと、座った目で杏を見下ろしている。

「美しき妾に言っておるのかえ? 相変わらず下品な娘よ」

「キィィィ! そっちこそ相変わらず高い所から見下ろしてさ! 空ちゃんは私の物なんだからねっ!」

「何を言っておるのだ? 金魚の糞の分際で」

「ぶっ殺す! 何よ、私達の前から去っていったくせに、今更顔出しているんじゃないわよ!」

「うぅぅ……それには訳があるのじゃ! 否、今はそういう話ではなかろう?」

 どうやら空臥をめぐって女の争いが始まったらしい。

 浩介はチラッと横に座っている空臥の顔を見る。

 確かに綺麗な顔立ちをしている。女を惑わす系の顔だ。だが、今はそんな事はどうでもいい。

「……空臥よ」

「なんだ、浩介?」

「聞きたい事がある」

「なんだ?」

「お前達が飲んでいるのは何だ?」

「酒だ」

「…………」

「どうした?」

「……どうしたじゃねぇよ! どうりでみんな頬を染めているなぁって思っていたんだ! みんな俺に気でもあるんじゃねぇかな? とか、俺のモテ期キタ! とか、ちょっとだけ期待していたけど。――酒かよ! 酒のせいかよっっっ!」

「浩介の言っている意味はよく分からないが、酒だ。――吉祥天の配慮だよ。重たい雰囲気で食を囲むのも辛いだろう? まぁ、そんな雰囲気になるはずもないのだが」

「そう! それ! 何でこんな和気藹々としているんだ? ついさっきまで生きるか死ぬかの闘いってのをしてたんじゃねぇのか?」

「そうだな。闘いはすれど、終わればそこで区切りを付ける。たとえ誰かが死んでいたとしてもな。そこに怨恨が生じれば……業魔が生まれるかもしれない。――ただ、桃華だけは修羅界で暮らしていたから、どう転ぶか分からなかった」

 そう言ってコップの酒をグイッと一飲みする。

「それに、凛と桃華は似ている部分が多い。お互い知れば知るほど仲が良くなるだろうとは思っていた」

 そんな話を聞きつつ辺りを見回してみると、酒の影響なのか皆が大騒ぎをしている。

 口論をしている凛と杏。それに巻き込まれた空臥。

 韋駄天の横には炎輝が座って、色々話を聞いている。ここは平和だ。

 吉祥天と弁財天は顔を緩ませながら酒を酌み交わしている。と、思ったら吉祥天を弦で縛り始めた。色々あるのだろう……

 瑠璃は桃華に寄り添って身を任せて涙を流している。どうやら自分の不甲斐なさを愚痴っているうちに泣いてしまったのだろう。それをなだめるように桃華は優しく頭を撫でていた。

 浩介は飲みジュースを手にしたまま玄関の方へと歩いて行くと、外に出て座り込んだ。

「価値観の違いねぇ……」

 溜息をつきながら今日の事を思い出す。色々思うところはあるが、やはり一番は桃華が凛を殺そうとした事だろう。

「住む世界が違うんだ。俺が考えても仕方がねぇよな」

 一人、夜空を見上げながら、あの時の桃華の殺気を思い出す。

「マジで怖った……思い出しただけでパンツが汚れそうだ。――でも、やっぱり嫌なものは嫌なんだよ」

 持っていたコップを口に運ぶ。

「プハァー。考えても仕方がねぇか。変わってもらえるように頑張るしかねぇよな」

「何を考えている?」

 声を掛けてきたのは空臥だ。空臥は浩介の隣に座ると、同じ様に空を見上げる。

「なんで隣に座るんだよ! どうせなら凛ちゃんがいいぞ!」

「まぁそう言うな」

「何が悲しくて、男同士で星を見にゃならんのだ……」

 上を見上げていた視線が下に下がり地面に変わると、深い溜息が漏れる。

「明日、天上界に戻ろうと思っている」

「……そうか」

「受けた任務は失敗に終わった。戻ったらそれなりの罰を受けるだろう。多分、俺達はもう人間界に来る事はない」

「……お前達にはお前達のルールがあるもんな。口を挟んだところでどうにもならないが、言わせてもらおう。――罰だぁ? なんだそれ?」

「ははっ。本当に面白い奴だな。俺はお前が気に入っている」

「俺にそんな趣味はねぇ!」

「安心しろ。俺も女の方が好きだ。これでも人間界については勉強したからな。――浩介、お前に頼みがある」

「言ってみろ。一刀両断してやる」

 空臥は頭をボリボリと掻きながら少し恥ずかしそうにしている。

 それを見て一瞬寒気を感じた浩介だったが、それはないだろうと空臥の言葉を待った。

「お前の事を友と思っていていいか? いや、友になって欲しい」

「嫌だね」

 本当に一刀両断してしまった。空臥は時間が止まったかの様に固まっている。

「残念ながら、俺はまだまだガキなんだよ。もう会えない奴の事をずっと友人だと思い続ける自信がない」

「……そうか。済まない申し出をしたな。忘れてくれ……」

「泣きそうな顔するんじゃねぇよ! 人間界に来る事はないと言った事を訂正しろ! また、いつか来ると言え! そうすれば考えてやる」

 空臥は立ち上がると、乾いた笑い声と共に答える。

「神様が嘘ついたらいけないだろう?」

「誰が嘘をつけと言った? またここに遊びに来たらいいだろう?」

 浩介はすでに感づいていた。二人は天上界に戻ったら殺されるかもしれないと。

 本当は、帰るな! と言ってやりたかった。だが、引き止める理由が何も思いつかない。

「そろそろ中に戻ろう。みんなが心配する」

 空臥は振り返る事なく浩介の元を去っていく。

「くそっ……嘘でも望む答えを言えば良かったのか……」

 改めて自分の子供っぽさに苛立ちを覚える。

 嫌な気分のまま玄関までいくと、そこには一升瓶を抱いている桃華が待っていた。

 ほろ酔いどころではない。完全に泥酔している。

「何しているんだ?」

「ひゃぁ? にゃにって、こうしゅけを待ってたんらよ。一言、おはえに言いたい事があったのに、急にいにゃくにゃるからさ」

「呂律が回ってねぇじゃねぇか。で、言いたい事って何だよ?」

 抱きしめていた一升瓶をドンと横に置くと、手をヒョイヒョイと動かし、そこに座れと命じてきた。

 浩介は仕方なく、その場に座り込む。

「あたひはねぇ……あたひは怖かったんだよぉぉぉ! どうしてあんな目であたひを見るの? 何か悪い事をした? そりゃ……ひろひろ考えがひがうかもだけどさ」

 絡み酒なのだろうか? 酔っぱらいの相手などしたことがない浩介はどう対処していいのか困り果てている。

「もう、あんにゃ目で見ないでよね……ほんろうに怖かったんだからぁぁぁ!」

 ついに桃華は泣き出してしまった。余程怖かったらしい。浩介はそんな自覚は全くなかったのだが、あの時、人と神の壁を感じてどうしようもない気持ちになりはした。だからと言って凄みをだした覚えがない。

 それが真青眼相の影響というのは吉祥天しか知らない事で、浩介に自覚もくそもない。

「分かった、分かったから、中に戻ろうな」

「うん……うん。もどりゅ……」

 今日の疲れが一気に出てしまったのか、桃華は瞼を閉じ、静かな寝息をたてていた。

 浩介は桃華を抱きかかえると、一瞬、自分ってこんなに力あったっけ? と自分自身の力に驚いたが、それはさておき、桃華を寝室まで運び込んだ。

 居間に戻ると、韋駄天と空臥が散らかった宴会場を片付け始めていた。

 見渡すと、瑠璃撃沈。炎輝も眠りについている。凛と杏はお互い抱きしめ合って寝ていた。

「……この二人、何があったんだ? 抱き合っているし、はだけているし……くそっ、見ておけば良かった!」

 そして、吉祥天はソファにもたれて気持ちよさそうに眠っていた。

 正直、ムラムラする。一人だけ醸し出しているフェロモンの質が違うのだ。

 思わず欲望に身を任せたくなるが、後の事を考えると、恐怖で色々と萎えていく。

「酷い有様だな。そう言えば宇賀ちゃんの姿が見えないが?」

「弁財天なら浮島に帰られましたよ。「功徳に勝った。もう帰る」と仰られていました」

「ほぉ。姐さんのこんな無防備な姿、初めて見たかもしれない。記念に写メでも取っておくか」

 携帯をポケットから出すと、カランと何かが転がる音が聞こえた。

 どうやら、今日拾った珠が一緒に出てしまったみたいだ。

 浩介は慌ててそれを探そうと四つん這いになって進んでいく。

「!!! あった、あった!」

 拾った珠を握りしめると、ある事に気がつく。

 目の前には艶めかしい吉祥天の足!

 ゆっくり視線を上げていくと、むしゃぶりつきたくなる太股。

 そして見上げれば二つの山脈が目に入ってきた。

「んっふおぉぉ! たまらん!」

 変な声が出てしまった浩介は思わず口に手をやる。そして、拾った珠を口の中にふくんでしまった。

「プハッ!」

 ついつい吐き出してしまうと、飛んでいった珠は見事に山と山の間に挟まってしまった。

 勿論、回収しなければならない。プルプルと震えた手が谷間へと近づいていく。

 もしここで吉祥天が目覚めれば厄介だ。今とっている行動もヤバイのだが、珠の事を聞かれるのもヤバイ。

 男を誘う甘美な香りが浩介の鼻孔をくすぐった。

「んふぅ……はふぅ……」

 荒い息を吐き出しながら、浩介の手はどんどん目的地へ近づいていく。

 あと少し、あと少しというところで、浩介の手が止まる。そして、その手は谷間ではなく自分の首に目的地を変更した。

 そう、例の首輪が締め付け始めたのだ。

「ぐっ……く、苦しい……くそ忌々しい……」

 ゼーハーゼーハー苦しんでいると、それに気づいた空臥がやってきた。

「何をしているのだ?」

「はぁ……はぁ……あ、あの、胸の谷間に……挟まって……い……る……珠……」

 空臥は浩介の指差している方向を確認すると、綺麗な光る珠を見つけた。

 それをヒョイと取り上げると、浩介の前に持ってくる。

「これの事か?」

「あ、あぁ……これ……だ。場所を……変えよう……運んで……く……れ」

 空臥は先程二人で話をした場所まで浩介を連れて行くと、心配そうに見つめる。

 浩介は三十分程苦しんだ後、ようやく落ちつき始めた。

「ふぅ……ふぅ……生きているって素晴らしい!」

「何があったのかはいいとして、だ。その珠は何なんだ?」

 浩介は珠を空に翳す様に持つと、少し悩み始めた。

 吉祥天にも秘密にしている事を、果たして空臥に言ってもいいのだろうか?

 勿論、黙っている方がいいに決まっている。

 だが、ここで思わぬ出来事が起こった。

 持っていた珠が浩介の手から離れて宙に浮いているのだ。そして、その珠はゆらゆらと動き始めると、浩介のヘソ辺りで止まった。

「……空臥、お前が動かしているのか?」

「違うな」

「どうやら、その珠が自ら動いているようですね」

 突然会話に入ってきた人物。それは韋駄天だった。

 いつの間にか空臥の横に座している。驚いた二人は声を上げて韋駄天の方へ顔を向ける。

「これは失礼しました。二人が怪しい雰囲気だったもので、つい覗き見をさせて頂いていました。――それはさておき、その珠は何なのでしょう?」

 浩介も改めて、何? と聞かれると困ってしまう。多分、弥勒菩薩に関係した何かなのだろうとは思うが、そうとは言い切れない感じもする。

「な、何でもねぇよ。ただの拾い物だ! ……って、あれ?」

 浩介が喋っている途中も、珠はゆらゆらと動いていたのだが、突然動きが止まったかと思うと、浩介の身体の中に消えていった。

「……」

「……」

「……」

 三人共、声も出ない。

「……おい……なんだ今の?」

「こちらが聞きたいのだが?」

「……消えましたな」

「うぉぉぉぉっ! マジでか? ちょ、ちょっと服捲ってみるわ!」

 そう言って浩介は腹を出すと、ヘソがあるはずの場所に珠が埋まっていた。

 それを撫でる様に触ってみるが、取れそうにない。

「……で、でべそになっちった……じゃねぇぇぇ! なんだこれ? なんなんだこれ? 外れねぇじゃねぇか!!!」

 へそまわりを掻きむしるも、皮膚に赤い引っ掻き痕が残るだけで、珠は薄く光を放ったまま微動だにしない。

「浩介!」

「何だよぅぅぅ?」

「知っている事を話せ。悪いようにはしない。俺を信用してくれるか?」

「私も力になりましょう」

 こうなっては仕方がないと観念した浩介は、今日あった出来事を二人に話し始めた。

 夢の内容については正確に伝えようにも浩介自身理解していないので、ただ一言、弥勒菩薩の記憶を見た。とだけ伝えた。

 考え込む二人。一方、浩介といえば、何度触っても取れる気配もないので、全てを受け入れていた。

 あまつさえ、僅かに光っている珠を、腰のグラインドを使って遊び始めている。

「なぁ、何か分かったか?」

 ヘコヘコ腰を動かしながら浩介は尋ねる。

「……分かるわけないだろう! お前こそ自分の事だろうが!」

「空臥、お前馬鹿だろう? 俺が天上界に関する事なんて知るわけないだろう! 考えるだけ無駄だ。脳が疲れる」

 確かに浩介の言い分にも一理あるのだが、空臥は無性に腹が立ってくる。無意識に拳を握ってしまうぐらいに。

「我々が考えても無駄でしょう。いえ、地居天の住人と言い換えるべきでしょうか。その鉱物は地居天には存在しない物です。そうなると、他の世界の可能性が出てくるのですが、浩介様の立ち位置を考えれば、それはないでしょう」

「となると、空居天……ですね」

「はい。その可能性が一番高いかと」

 浩介は話についていけていない。聞き覚えのある言葉は出てきているのだが、その言葉の意味がまだ分からないのだ。

 空臥は今までにない真剣な面持ちで考えている。

「屋敷の様子が気になります。私はあちらに戻り皆様を見張っておこうと思います」

 屋敷という言葉に違和感があるが、誰かが起きてこっちに来られても困るという事で、韋駄天には戻ってもらう事にした。勿論、他言無用という事で。

「なぁ、悩んでも仕方ないんじゃね? なるようにしかならねぇよ」

「あぁ。その通りだ。親父は俺に名以外の全てを託してくれた。だから決めた。――俺はお前を守る盾になろうと思う」

「はぁ?」

「浩介! お前はお前が思っている以上に重大な役割を持っている、はず。さっきの光景を見なければ俺も素直に天上界へ帰っていた。だが、俺達が帰ったところで、次の誰かがお前を狙ってくるだろう。お前が重要人物だと分かった以上は、俺は梵天ではなくお前につく」

 そう言って空臥は浩介の前で膝をつく。

「風神が嫡子、空臥。今この時を以って、浩介に傅こう! 我が全てを主に!」

「おいおいおい! 何を言っている? 意味が分からん!」

「簡単に言えば、浩介は俺の王になった。そして俺は王に絶対の忠誠を誓う。という意味だが」

「ふむ、分からん。――大体、お前ら天上界に戻らないと親が大変な目に合うかもしれないだろうが!」

「構わん。それは親父も人間界に俺達を送った時点で覚悟を決めているはず。それに、風神も雷神も容易く殺られる神ではないさ」

「凛ちゃんはどうするんだよ!」

「あいつは俺が残ると言えば残るさ。そういう奴だ」

 二人がこの世界に残るのは嬉しい事だ。そこは素直に喜べる。

 だが、普通の生活には戻れないのかもしれないと思うと憂鬱になっていく。

「……それこそ、なるようになる……かな」

「何がだ?」

「何でもねぇよ! 戻るぞ、空臥! 寝ている奴らの顔に落書きでもしにいこうぜ!」

 こうして二人は皆の居る場所へと戻っていく。

 長い一日が終わろうとしていた。

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