其の十七
桃華の元へと歩いていると、地面にキラっと光る物を発見した。
浩介はそれを拾うと空にかざしてじっくりと眺める。
大きさはパチンコ玉程で、小さな水晶球のようにも見える。
「綺麗だな、これ」
記念に持って帰ろうとポケットにしまった瞬間、浩介の視界が揺れる。
……バタッ。
突然倒れた浩介に、全員が慌てて駆け寄って行く。
「おい? どうした?」
「浩介ちゃん!?」
皆が心配そうに声を掛けるが、その声は浩介には届かない。
(どうなっているんだこれ? 何かフワフワしている。暗い……とても暗い。そうだ! 目を開けてないんだ!)
ゆっくりと閉じた瞼を開けていく……
眩しさに目がついていっていない。
(うっ……目が痛い……って、何処だここ?)
慣れてきた目に映った光景は、先程まで居た場所とは全く違っていた。
目の前には八人の神々が座している。よくは分からないが神だと認識していた。
中央には釈迦如来、その左右に阿弥陀如来と薬師如来。そして、五智如来と呼ばれている五人の前で自分は片膝をつき頭を下げている。
これは浩介ではない。どうやら弥勒菩薩の記憶らしい。それだけは理解出来た。
何か話をしているのは分かるのだが、声が聞こえてこない。
弥勒菩薩が話を終えると同時に薬師如来が勢い良く立ち上がる。他の如来達が項垂れたままピクリとも動かない。
一体どんな話が繰り広げられたのか理解出来ないが、不穏な空気が流れている事だけは分かった。
(何なんだよ、これは? 身体は動かねぇし、声も出せない……)
弥勒菩薩は立ち上がると、この場を去ろうと如来達に背を向ける。
(これを俺に見せてどうしたい? 答えろよ、弥勒! 俺に何かさせたいんだろうがっ! まどろっこしい事するんじゃねぇよ!)
苛立つ浩介の声は誰の元へも届かない。
そのまま目の前が真っ暗になった。
浩介が再び目覚めると、そこには見慣れた顔ぶれが一堂に会していた。
「……どうした? みんなで俺を見つめてさ。照れるじゃねぇか」
軽口を叩きながら、上半身を起こす。
「どうした? はこっちの台詞よ。何があったのかしら?」
先程、何かあったら報告しなさいと言われたばかりだ。弥勒菩薩の記憶を見せられた事を伝えるべきなのだろう。だが、浩介は思いとどまった。
伝えるべきではないと、浩介の中の弥勒菩薩が訴えていたからだ。
「あ、あぁ、ちょっと目眩がしただけだ。問題ない」
不審そうに見つめる吉祥天だったが、とりあえず浩介の言葉を信用したのか、その場を離れていく。
集まった中で一番心配そうにしていたのが、空臥と凛だった。
どうやら、受けた恩を返す前に居なくなられては困るという理由らしいが、本当のところは二人にしか分からない。
「まぁ、これからの結果次第で恩もくそもなくなるかもしれないがな」
「先に居なくなってもらっては困るのよ」
「ん? どういう意味だ?」
その問いかけに二人は何も答えず、これから始まるであろう闘いに備え始めた。
結局、浩介の元には二人の子供だけが取り残されていた。
「御守り担当か」
その言葉に二人は即反応する。
「あの……一応、僕は浩介さんより年上なのですよ?」
「……お前……嫌い」
「おっ、心の声が漏れてしまった。まぁ気にするな」
二人の頭をワシャワシャすると、視線を桃華達に移す。
「宇賀ちゃんはどう見る?」
「……その名で……呼ぶな。……本来の力……発揮出来るなら……阿修羅王の娘と瑠璃の圧勝」
「ほぉ」
「……でも、二人共経験が足りない。……阿修羅王の娘……三面六臂じゃない。……瑠璃は全てが硬すぎる。……二対二ではダメ」
「タイマンに持ち込まないとキツイって事か」
「……タイマン?」
「一対一の事さ。風神雷神ってニコイチってイメージだもんな。コンビネーションよさげだし」
「……お前の言葉……分からない」
「ふむ。それは済まない。横文字だと分からねぇよな」
今まであまり考えた事はなかったが、改めて住んでいる世界の違いを実感する。
「そろそろ始まります!」
「あ、あぁ」
武器を手に誰かが闘う。つい先日までは思いもよらなかった展開。
浩介は息を呑んで事の顛末を見届ける。