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戦天女の黙示録  作者: 平平
一章 風神、雷神
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其の十六

 浩介は、自宅に変える途中、もう一度電話を掛けてみる事にした。

 もしこれで出ないのなら、外に出たついでに守の家に寄って行こうと考えていた。

「……早く出ろよ」

 最後に会ったあの日、珍しく二人で登校していたあの日を思い出す。

〈明日からまた入院〉という言葉が浩介の不安を煽っていく。

 歩くスピードが自然と早くなっていく。気が付けば浩介は走りだしていた。

「くそっ! 電話ぐらい出やがれ! 何のための携帯だよ馬鹿野郎!」

 走り続けていた浩介は、とある丁字路に辿り着く。右に行けば自宅。左に行けば守の家。

 迷わず左に進もうとすると、鳴り続けていた呼び出し音が止まった。

「守! ……早く出ろよな」

 最初こそ声を荒げたが、すぐにいつものトーンに戻っていく。

「……あぁ、すまない」

 電話越しに聞こえてくる守の声に抑揚を感じられない。

「いいけどな。――で、最近どうよ?」

「どうと言われても困る。いつもと変わらない毎日だ」

「ふむ。真美ちゃんも元気か?」

「あぁ、元気だ。夏休みに入る頃には戻ってくる」

「そうかそうか!」

 他愛もない話を続ける。左に進もうとした足取りは、すでに右に変わっている。

 声に覇気がないのは仕方がないと思っている。親を亡くしてから約一年、守はずっと全力疾走し続けていたのだから。

「何かあったら俺か俺の親に言えよ。必ず助けてやるからさ」

「つっ……あぁ、分かっている。今日は疲れているんだ。また今度な」

「おう! またな」

 電話を切ると、いつの間にか家の前に辿り着いていた。


 親友に嘘をついた。

 ただそれだけの事。

 何も問題はない。

 この世界には神様が居る。

 灰になった妹も、生き返るかもしれない。

 その為ならば……

 死を認識していなければ、それは死ではない。

 だから俺は全てをなかった事にする。

 だから妹は生きている。

 今はちょっと出かけているだけだ。

 俺は探さなければいけない。妹を連れ戻してくれる神を。

 親友に嘘をついた?

 違う。違う。違う!

 言葉を真実にしたらいい。

ただそれだけの事。

 俺を呼んでいる声が聞こえる。

 神の声? それとも悪魔の声か?

 どちらでもいい。

 救いの糸を垂らしてくれるのならば、

 それを掴もう。


 首の後ろには一匹の蟲が蠢いている。

 そして、それはまるで雪が溶けるが如く消えていった。

 その日、一人の男が街から姿を消した。


「じゃあ、行くか」

 迦楼羅鳥に乗った一行は、空高く飛び上がる。

 浮遊島が見え始めると同時に、浩介の心音のスピードが上がった。

 天上界に入れると言われたものの、理由がハッキリしないと信用はしていてもドキドキしてしまうらしい。

 力一杯目を瞑りながら炎輝の背にギュッとしがみつく。それは振りほどかされないようにというよりかは、不安によるものなのだろう。

「通ります」

 炎輝の言葉を聞いた瞬間、浩介は呼吸を止めた。

 ほんの一瞬だったが、今まで味わった事のない感覚が身体を通り抜けていく。

「大丈夫か?」

 桃華が心配そうに声を掛ける。

 その言葉が聞こえるという事は生きている証だ。

 浩介はゆっくりと目を開けると、そこには自分が知っている世界と変わらない景色が広がっていた。

「ふぅ……何か拍子抜けするな。命がけで来てみたはいいが、至って普通だ」

 一安心したのか、大きく息を吐くと、吉祥天が後ろから肩を叩き耳元で囁く。

「覚えていてちょうだい。ここに居るって事は、もう人間じゃないって事よ。見た目は変わっていなくても、浩介ちゃんを構成している体組織は変化している」

「お、おう」

「今後、自分の身に何か変わった所があれば逐一報告してちょうだい」

吉祥天は浩介の身体の変化に気づいていた。と言っても、気づいたのは昨夜なのだが。

 ただ単に弥勒菩薩の欠片が体内にあるだけなら良かったのだが、どうやらそうではないらしい。

(この子には三十二相(さんじゅうにそう)の内、五つが備わっている。いえ『備わった』が正しいわね。足下安平立相(そくげあんぴょうりゅうそう)足下二輪相(そくげにりんそう)長指相(ちょうしそう)足跟公平相(そくげんこうびょうそう)手足指縵網相(しゅそくしまんもうそう)。私が軽はずみで関わっていい案件ではないのかもしれないわね……)

 浩介は自分の身体を一通り触って何かを確認しているが、自分ではその変化を気づけないらしい。

「浩介ちゃんは私達の事どう思っているのかしら?」

「大切な愛人達?」

「殴るわよ?」

「すみません。――どうって言われてもなぁ……答えに困る」

「じゃあ質問を変えるわ。浩介ちゃんを中心に天上界で大きな争いが起こるかもしれない。その時、誰を助けたいと思う?」

「うーん……正直、分からない。平和な世界で生きてきたからさ、想像出来ないだよ。戦争とかってさ、その時の自分の状況によって色々と変わるんじゃねぇかな? 世間的には間違っていたとしても、それが正しいと思ってしまう。だから実際その場所に立ってみないと分からないんだよ。今なら姐さんや桃華達を助けたいと思うだろうけどさ、空臥や凛ちゃんが困っていても手を貸してやりたいとは思う」

「博愛主義なのかしら? まぁいいわ。今はその答えで十分よ」

「よく分からんが、まぁいっか」

 頭の後ろをボリボリと掻きながら、浩介は桃華達の元へと歩いて行く。

 その姿を眺めながら、吉祥天は頭の中で今起こっている事、そしてこれから起こるであろう事を整理し始めた。


 まずは浩介。

 欠片を宿しているというのは間違いのようだ。欠片を自分の血肉にしたというべきだろう。その結果、人間離れした人間から神になりつつある。いわば、弥勒菩薩の分身と言えるだろう。その力こそ微々たるものだが……

 次に須弥山。

 阿修羅王が須弥山に登った事と、その子供が人間界に降りた事によって、何かが変わりつつある。

 たとえ帝釈天が秘密裏に動こうとも、夜叉王がそれを見過ごすはずない。現に夜叉王配下の隠密部隊が自分達を監視している。

 阿修羅王がいなくなった須弥山の治安を守っていたのは夜叉王だ。当然不穏な動きがあれば見定める。それは帝釈天も分かっていた事だろう。

 問題は梵天だ。

「ふふっ、梵天だって……笑わせるわ。――どう転んでも須弥山で内乱が起こるのは間違いなさそう。困ったわね……」

 冗談ではなく、本当に困った事になっているのか、吉祥天の表情には余裕など一欠片もなかった。


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