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戦天女の黙示録  作者: 平平
一章 風神、雷神
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其の十五

 寺まで後少しという所で、吉祥天は何かを感じ取る。

「獣臭いわね。――ちょっと用事が出来てしまったみたい。みんなは先に帰ってて頂戴」

 そう言い残すと、炎輝の背中から飛び降りた吉祥天は夜の街へと消えていく。

 突然の出来事で何が何だか分からない桃華達だったが、言われた通りにするしかないと寺に向かって飛んで行く。

 それを確認した吉祥天は、目的の場所へと足を向ける。

 それは守の家から少し離れた五階建てのビルの屋上だった。

「こんな所で何をしているのかしら?」

「流石は吉祥天といった所か」

 誰も居なかった屋上に人影が浮かんでくる。――違う。これは人を表現する影ではない。長い尻尾の様な物が揺らめいている。

月明かりが照らすその姿は、象頭人身だった。

「褒め言葉を聞きたいわけじゃないのだけど? どうしてここに居るのか聞いてるのよ、歓喜天!」

「俺がお前の管轄に来たらいけないのかな?」

「えぇ、勿論よ。獣臭くなるもの」

 歓喜天の鼻が荒ぶっている。機嫌を損ねたのかもしれない。

「相変わらず酷い事を言う。別に構わないが」

「質問に答えなさいな」

「おぉ、怖い怖い。――韋駄天を動かしたのはお前だろう? 何かが起こっていると思ってな。様子を見に来たというわけだ」

「来なくていいわよ! 何かあったら教えてあげるわ。ちょっとだけ遅くなるかもしれないけど」

「悲しい事を言う。この日本を守っている仲間じゃないか」

「…………仲間? 笑わせるわ。あなたは私と同じなのよ。だから嫌いなの。言っている意味、分かる?」

 フォッフォッと鼻を揺らしながら不気味に笑う歓喜天。

 二人の共通点は、自分の情報は極力相手に与えず、相手を観察し情報を引き出す。そして、相手を信用しない。

いわゆる同族嫌悪というやつだ。

「美女に嫌われるというのは、予想以上に悲しいものなのだな」

 この言葉が本心ではないというのもすぐに分かってしまう。だが、そこが問題なのではない。歓喜天が発する言葉のリズムが不快なのだ。

「そう嫌な顔をするな。心配せずと帰るさ。瑠璃様だけではなく、弁財天も降りてきている事は分かったしな。――何かが変わり始めているという事なのだろう?」

「…………」

 吉祥天は何も答えず、只々鋭い視線を送っているだけだ。

 歓喜天もこれ以上はここに留まる必要がないと判断したのだろう。吉祥天の視線の意図を汲み取り、この場を後にした。

 意識を集中し歓喜天の気配を追っていた吉祥天だったが、自分の管轄外を超えた時点で追うのを止めた、止めたというよりは追えなくなったというのが正しい。

「ふぅ……仕方がないわね。――浩介ちゃんっていうイレギュラーが起点となり、波紋が広がっていく。停滞していた天上界に変化が起ころうとしている。その変化に期待するしかないのよ……そうでしょう、黒闇天……」

 胸に手を当て、語りかける様に呟くと、帰るべき場所へと歩みを進めた。


 帰ってきた桃華達がドアを開けると、何故かいい香りが漂っている。

 おたまを片手に、純白のエプロンを身に纏った浩介が気持ち悪い走り方で玄関にやってくる。

「おかえりなさい! 今、ご飯を作り終えた所だし、先にご飯にする? それとも……」

 新妻の演技をしていた浩介だったが、途中で飽きてしまったのか次の言葉が続かない。

「何故ここに居る?」

 浩介の顔を見た瞬間、今日の事を思い出した桃華が少し怒り気味に近づいていく。

「何故もなにも、俺の携帯持っていたままだったろうが! それを取りに来たんだよ!」

「……あぁ、あれか。あんな物壊してしまえば良かった」

 ニヤリとほくそ笑んだ浩介は、再び録音した音声を再生すると、目にも留まらぬ速さで桃華の手が頭部を掴んだ。

 こめかみが親指と小指で砕かれてしまうのでは? と思う程のアイアンクローは、そのまま浩介の身体を宙に浮かす。

「い、いでぇぇぇ! 悪い! 悪かった! これは消すから……離してくれ! ちょっ……マジで……こめかみに穴が……」

 ようやく手を離してもらうと、こめかみに手を当てて円を描く様に揉み始める。

 そんな事をしていると、玄関の前で立っている瑠璃達の間からヒョコッと吉祥天が顔を出した。

「こんな所で突っ立って何をしているのかしら? って、浩介ちゃんじゃない。いらっしゃい」

 しゃがんでいた浩介に近づいていくと、慰めて下さいと言わんばかりに抱きついてくる。

 偶然なのか狙っていたのか分からないが、抱きつこうとした瞬間、吉祥天の膝が浩介の顔にめり込んでいた。

「あら? ごめんなさい。運が悪いわね、浩介ちゃん」

 鼻を抑えて廊下を転げまわっている浩介をよそに、住人達は次々に部屋へと消えていく。

 痛さに耐えながらも、浩介はしっかりと通り過ぎていく女達の足を堪能していた。

いつもの四人以外にも知らない足が一つ通り過ぎていく。更には一つ、二つと通り過ぎていった。

「ん? 数があわねぇ。来客か……しまった! 飯の量が足りねぇぞ!」

 慌てて飛び起きると、急いで居間へと駆けこむと、四人分の食事をどう分けるのか桃華と凛が言い争っている最中だった。

 どの様な理由でも、自分が作った物を取り合ってもらえるというのは嬉しい。

 自分のためだけに作っていたあの頃とは全然違う。

「空臥と凛ちゃんも来ていたのか」

「あぁ。吉祥天が呼んでくれた」

 凛を羽交い締めしていた空臥は呆れ果てた感じで答えてくれた。

 騒がしい食卓をよそに、申し訳無さそうに近づいてくる者が一人。

「浩介さん! ご飯の用意してくれていたのですね。ありがとうございます」

 深々と頭を下げるのは炎輝だった。

「うむ。さっさと帰ってもよかったんだがな。まぁついでだ。――それよりも炎輝、ちょっと手伝え! この人数だと飯が足りねぇだろう?」

 そう言って炎輝に下ごしらえを指示しながら、再び調理を始める。

騒がしくするなら何も作らない。と告げると、途端に大人しくなる所は、まるで子供を相手にしている感じだ。

 それなりの分量を作り終えると、新顔である弁財天の横に強引に座り込んだ。

 弁財天をじっくりと観察する浩介だったが、何故か大きな溜息をつく。

「ふぅ……で、この子供は誰なんだ?」

 子供は嫌いではない。寧ろ大好きだ。

 溜息の理由は一つ。今現在、浩介の喉元に(ばち)が突きつけられているのが原因だ。

「抱きしめて頭でも撫でてやろうかと思ったらこれだ。――どうして来る奴、来る奴、みんな好戦的なんだよっ! 俺か? 俺が悪いのか? まだ何もしてねぇぞ、この野郎! やったらやったで首は絞まるわ、家に帰って妄想しても首は絞まるわ、我慢して大人しくしていてもこんな扱いだわ……そろそろ泣くぞ?」

 口ではそんな事を言いながらも、特に落ち込んでいる様子でもなく、どちらかと言えば喜んでいる風にも見える。

「浩介ちゃんって結構……いえ、かなり心が強いわよね」

「ん? そんな事ないと思うぞ。よく家で泣いている」

「あら、そうなのね。――取り敢えず紹介しなくちゃいけないわね。この子は弁財天。人間界ではかなり有名な神様だから聞いたことはあるでしょう?」

「おぉ! 名前は知っているぞ! 七福神の一人だよな」

 吉祥天に注意されたのか、弁財天はいつの間にか攻撃態勢を解き、ちょこんと横に座っている。それを舐め回す様に見て感心していると、

「この子が手を貸してくれたおかげで、闘う場所が決まったのよ」

「ほう……だから、空臥を呼び寄せたってわけか」

「そういう事」

 そんな話をしていても誰も話を聞いていない。みんなご飯に夢中だった。

 食卓の風景だけ見ていると、とても闘う前には見えない。仲の良い家族と言われても納得してしまうだろう。

「俺もその場所に連れてってくれるんだろうな?」

「興味があるのかしら?」

「うーん……そう言われればそうなのかもだが、一応、俺も無関係じゃないしな。見届ける義務はあるだろう?」

 歯に衣着せぬ言い方をすれば、浩介は勝者に与えられる景品なのだ。

「それもそうね。でも、その場所は一応天上界なのよ。浩介ちゃんが入れるかどうか分からないのよね。――天上界に普通の人間は入れない。結界みたいな物があると思ってちょうだい。そこを通り抜けようとすると……」

「……すると?」

 ゴクリと喉を鳴らして吉祥天を見つめる。

「消滅するわ」

「マジでか!」

 流石の浩介も本気でビックリしている。普通に生活していれば、人が消滅するなんて言葉を聞く機会もないのだ。

「浩介ちゃんは、もう普通の人間じゃないから入れると思うのだけど、正直分からない」

 浩介自身は何も変わっていないと思っていたが、改めて普通じゃないと言い切られるとなんとも言えない気持ちになってしまう。

 普通ならここで悩んだり落ち込んだりしてもいいものなのだが、浩介にはそれが殆どない。あっても一瞬で前を向いている。

吉祥天はそれがとても気持ち悪く感じる。今まで出会ってきた人間の中でも、ちょっと異常なくらい前向きなのだ。これが弥勒菩薩の欠片の影響なのか、それとも元から持ち合わせていたものなのかも分からない。

ここで考えていても仕方がない。フッと笑いながら目線を下げると、浩介の足元が目に入ってきた。

「……そう。そういう事なのね。――浩介ちゃん、あなた天上界に行っても大丈夫みたいよ」

「えっ? さっき分からないって言っていただろう?」

「そんな古い話忘れたわ」

「ま、まぁ、行けるのならそれでいいけどさ」

 ここで深く問い詰めても何も答えてくれない雰囲気を感じた浩介は早々に諦めると、食卓の上を片付けるために立ち上がった。

「あっ、洗い物は僕がやっておきます。夜も遅くなってきたのでそろそろ帰られた方がいいのでは?」

 戻ってきた携帯を見てみると、時間は二十時を過ぎて、そろそろ二十一時にさしかかろうとしていた。

 炎輝の言葉に甘えて持っていた皿を渡すと、一言別れを告げて浩介は自宅に帰っていった。

 炎輝が片付けにはいると、吉祥天は空臥と凛に明日の説明を始めだした。

 内容はいたってシンプル。

 今日はこのまま弁財天と共に浮遊島に行ってもらい、その時まで待機。たったそれだけの事だった。

「炎輝ちゃんに送らせるから、もう少し待っていてね」

「はい」

「そうそう、忘れる所だったわ。ちょっと失礼」

 そう言うと、吉祥天は桃華、瑠璃、炎輝、空臥、凛の髪の毛を一本ずつ抜いていく。

 抜いた髪の毛を箪笥の上に置いてあった小瓶に入れていった。

「何なのでしょう?」

「あなた達は少なからず人間と関わってしまった。それは信仰力を得る可能性があるという事。でも、今のあなた達には必要ない。というか扱えない。だからこの瓶に貯めておくのよ。いつか必要になる時が来たら瓶を割りなさい」

 継承していない以上、信仰力を得ても身体に負担がかかるだけという事らしい。

 吉祥天が箪笥の前で意識を集中していると、左右から見ている桃華と空臥の目が思わず合ってしまった。

 先程までとは違い、ピリピリした空気が張り詰めている。特に桃華が昂ぶっていた。

 膝を抱えながら座っているのだが、鋭い眼光が二人に突き刺さっている。

「一つだけ聞きたい」

「凄い殺気だな。まだ早いだろう?」

「真剣勝負でいいんだよね?」

 勿論それは命のやり取りという意味なのだろう。

「当然でしょう? 私も空臥もそのつもりで天上界から来ているのよ」

 業魔討伐部隊として突撃する立場の二人と、修羅界で戦い続けてきた桃華にとっては、当たり前の覚悟なのだが、瑠璃と炎輝は違う。

 瑠璃は皆に大切に扱われ続けた須弥山の姫という立場。炎輝は武とは正反対の智の道を進んできている。

 この時になって初めて二人は震え始めていた。


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