表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦天女の黙示録  作者: 平平
一章 風神、雷神
17/37

其の十

 昼飯を食べ終えた浩介(こうすけ)は、食事もしていないだろう桃華(とうか)の元へ歩いていくと、前の席の椅子に座った。

「飯は食べたのか?」

 気だるそうに顔を正面に向けた桃華(とうか)は、

「どうして毎日私に構う? 正直鬱陶しい」

 その言葉を発した桃華(とうか)の顔を浩介(こうすけ)は観察している。それが本気の言葉なのかどうか探っているのだ。

 何故顔をこちらに向けて言ったのだろう? 本気度を伝えるためなのか、それとも別の意図があるのか?

 ここが大事な分岐点なのかもしれない。そう浩介(こうすけ)は思っていた。もし、本気で言っているのならば、これ以上喋りかけてはいけない。それこそ仲を取り持つことすら困難になってしまう。

 だが、もしそうではないとするならば、一歩踏み込む絶好のチャンスなのだ。

「…………」

 結果、浩介(こうすけ)は黙ってしまった。全力で思考を巡らせているというのも理由の一つだったが、本当の理由はこの後の桃華(とうか)の反応だった。

 無言で顔を背ければ、今日は引くしかない。

 だが、この後も言葉が続くのならば、踏み込む価値があると睨んだのだ。

 見つめ合う二人の間に緊張感が走る。その状況を遠目で瑠璃(るり)が見守っていた。

 浩介(こうすけ)の鼓動がどんどんと早くなってくる。普段何気なくしている呼吸の仕方すら忘れそうになっていた。

 たかだか数十秒の時間が永遠とも思えたその時、桃華(とうか)の顔がゆっくりと窓の方へと動いていくのが見えた。

 ダメか……と思った瞬間。

「ふん……らしくない顔して。何か用があるんでしょう? いつもと感じが違うくらい私でも分かる」

 浩介(こうすけ)はグッと拳を握って小さくガッツポーズをしながら、自分もまだまだダメだなと思っていた。

 自分の中で二択勝負していたのだが、それこそ選択肢を減らしているだけであまり意味がないと気づいたからだ。

 まさか、顔を背けた後、言葉を掛けてくるなんて想像していなかったのだ。

 いや、自分で桃華(とうか)は恥ずかしがり屋だと思っているのだから、この選択肢こそ最初に出てきてもおかしくはないはずなのに、それが出てこなかったのがダメなのだろう。

「やっぱ、人と喋るのって面白いわ。楽しくて仕方がねぇ」

「何を言っている?」

「おっ? あぁ、済まない。――桃華(とうか)が察した通り、今回は超真面目な話だ。お前の身体に触りたいという衝動を抑えてでも話す必要がある!」

「斬って欲しい?」

「おっと、ついつい楽しくなって、いつもの調子で喋っちまった。さっきのは置いといてだ、真面目な話があるのは本当だ。時間が掛かるかもしれないから、放課後ちょっと付き合ってくれよ」

 再び浩介(こうすけ)の顔を見た桃華(とうか)は、舐め回すように顔を見ている。

「難しい話は分からないよ?」

「馬鹿なのは知っている」

 ムッとして、修羅刀(しゅらとう)を手に取ろうとするが、待て、待て! と浩介(こうすけ)が制止する。

「そろそろ休憩も終わりだし、また後でな。それと――」

「ん?」

「ちゃんと飯食えよ。知らない人の前で食べるのは、別に恥ずかしい事じゃねぇからな!」

 そんな捨て台詞を吐いて浩介(こうすけ)は自分の席へと戻っていく。

「!!!」

 言葉にならない言葉が出そうになった桃華(とうか)だったが、何とか堪えた。

 三度、窓の方へと顔を向けた桃華(とうか)の耳が真っ赤になっていたというのは誰も知らない。


再び浩介(こうすけ)は屋上に立っている。しかも別の女の子と。どうやら今日はこの場所に縁があるらしい。まるでギャルゲーの主人公になった様な気分だった。

 まだ夕暮れ時ではない。これが夕暮れだったら、桃華(とうか)の赤い髪はとても美しく見えたのかもしれないと思いながら、前に立っていた。

 昼休憩の時と一番違うのが、二人の距離感だった。瑠璃(るり)とはかなり近づいて喋っていたが、今は武道の試合前の様な距離で、それが原因なのか緊張感が漂っている。

「お互いまどろっこしいのは嫌いだろうし、単刀直入に聞くぞ」

 問題ないと桃華(とうか)は頷く。

「お前は瑠璃(るり)炎輝(えんき)の事が嫌いなのか?」

 浩介(こうすけ)は全力のストレートを桃華(とうか)に投げかけた。その威力が予想外だったのか、

「なっ……きゅ、急に何を言い出しゅんだっ!」

 どうやら桃華(とうか)は空振りどころかバットも放り投げたぐらい動揺している。

「いや、急もなにも、お前があの二人に対して距離を取っているのはバレバレだしさ」

「くっ……」

「まぁ、それはいいんだよ。一緒に騒いだり楽しんだりする事が全てじゃないしさ。ただ、あの二人はお前の事が好きなんだよ。俺もお前が一人ぼっちで居るのを見るより三人で居てくれる方がいい。――で、どっちなんだ?」

 今まで見たことがないほど慌てふためいている桃華(とうか)を見て、答えは分かってしまった浩介(こうすけ)だったが、自分がそれを知った所で何も変わらない。

 桃華(とうか)が自分の思いを口に出し、それを直接伝えなければ意味がないのだ。

「き、嫌いではない」

「そんな答えが欲しいんじゃねぇよ! あれか? 親の事とかでモヤモヤしたものがあるとかなのか?」

「それは関係ないっ!」

 桃華(とうか)はハッキリと否定した。浩介(こうすけ)にとってはありがたい答えだ。過去の遺恨絡みだと何も出来ない。一先ず安心した浩介(こうすけ)は、今日の昼の事を桃華(とうか)に聞かせた。

「まぁ、そんな感じで俺がしゃしゃり出てきたわけなんだが、お前はどうなんだ?」

「私は……私は……放っておいてくれ。私は別に……」

 もっと自分に正直になれば楽なのにと思いつつ、誰もがそんな風には生きられない事も理解している。だから浩介(こうすけ)は賭けに出ることにした。

「俺は桃華(とうか)も同じ様に思っているとふんだんだが……どうやら俺の勘違いだったのかもしれないな。余計なお世話だった。済まないな、時間を取らせてしまって」

 と、この場から立ち去ろうと桃華(とうか)の横を通りすぎようとする。

 ずっと俯いていた桃華(とうか)は、去っていく浩介(こうすけ)の制服をギュッと掴んで引き止めた。

「ま、待ってくれ……私は……どうしたらいいの?」

 冷静に振り返る浩介(こうすけ)だったが、内心は心臓が破裂しそうなぐらいドキドキしていた。これで引き止めてくれなければ完全に終わっていたのだ。ただ、かなりの確率でこうなる事を予想していた。

その最大の理由が、桃華(とうか)が二人を見ている時の目だった。二人を見ている時の眼差しはとても優しい目をしていたのだ。

「どうしたらいいもなにも、普通に自分の思いを伝えればいいじゃねぇか」

「それが出来れば苦労はしない!」

 瑠璃(るり)桃華(とうか)が好きで仲良くしたいと言っているし、それを全面に出している。炎輝(えんき)も間違いなく同じ思いだろう。それは桃華(とうか)から見ても分かりすぎるぐらい分かるはずなのに、どうしてこんな事を言い出しているのか不思議に思ってしまう。

 桃華(とうか)は恥じらっているのか、指をモジモジと動かしている。まさか、こんな仕草を見ることになると思っていなかった浩介(こうすけ)は、その可愛さに思わず飛びつきたい衝動に駆られるが、なんとかそれを抑えこんだ。

「大体、どうしてお前が私達のために動いているのだ? 何か裏でもあるのか?」

 日頃の行いがここで災いを呼んでしまった。疑心暗鬼になっているのを払拭しなければならない。それには、いつもの馬鹿な行動やエロスを封印(いん)して、誠意で答えるしかないだろうと、浩介(こうすけ)は自分に気合を入れる。

「だよな? 俺も俺が信用出来ん。裏があるのかと聞かれれば、ないと答えるが、心の奥底で淫らな事を思いついているかもしれない。俺はそんな奴だからな」

 鋭い眼光が浩介(こうすけ)に突き刺さる。この目は人を殺している目だ。いや、実際そうなのだろう。このままだと漏らしてしまうかもしれない……それでも浩介(こうすけ)は話を続ける。

「ただ、俺が言えるのは、別にお前達のためにこんな面倒くさい事をしているわけじゃないって事だ」

「じゃあどうして?」

「俺は自分のために動いているんだよ」

「自分のため?」

「あぁ、桃華(とうか)瑠璃(るり)も、一応炎輝(えんき)もだけど、俺と関わっている奴らには笑っていて欲しいと思うんだ。そりゃ、色々あるだろうし、いつも楽しくなんて無理なんだろうけどさ。これは俺のエゴだ。女の子の不機嫌そうな顔を見るよりも笑っている顔の方が、俺が見ていて楽しい。桃華(とうか)も笑えば可愛いんだしさ」

 寺で御飯を食べている桃華(とうか)を思い出しながらそう言うと、

「! かゎ……かゎ……何を言って……アァァァァァァァッ」

 顔を真っ赤にしながら悶えている。しかもちゃんと言葉を喋れていない。

 果たしてこれは、照れて真っ赤になっているのだろうか? それとも怒って真っ赤になっているのだろうか?

 可能性としては前者なんだろうが、後者もありえそうなだけに、浩介(こうすけ)は少し不安そうにしていた。

 長い、長い沈黙が続いている。桃華(とうか)が壊れてから二人とも口を開いていない。その長い沈黙を破ったのは桃華(とうか)だった。

「うふ……ふふふっ……そうか。私は可愛いのか」

 小声で呟きながら桃華(とうか)はモジモジしている。本人は口に出しているつもりはないのだろう。それだけに浩介(こうすけ)の方から口を開くタイミングが掴めない。

「お前の言い分は分かった。動いた理由も納得しよう。自分の為なら仕方がないよ」

「お、おう」

「悔しいがこの勝負は私の負けだ。故に私の思っている事全てを包み隠さず話すとしよう」

 勝負? いつの間に勝負をしていたのだろうか? 

 浩介(こうすけ)が今出来る事は一つしかない。突っ込まずに返事をする、だ。

「お、おう。それじゃあ聞こうか」

 浩介(こうすけ)は制服のポケットに手を突っ込んで話しだすのを待っている。

「じゃあ……えっと……あの……」

 話そうとしてくれているのはよく分かる。ただ、桃華(とうか)の言葉が中々続かない。髪の色と顔色が同じではないかと思うくらい赤くなっている。

 長い葛藤を乗り越えて、小さな声だったが、やっと自分の胸の内をポツリポツリと語りだした。

「わ、私は……私は闘う事しか出来ない女だ。頭の出来も良くない。だから……だから、怖いのだ。もし、二人の会話に入って雰囲気を壊してしまったら? 私の言葉で二人が傷ついてしまったら? だったら一人の方がいいに決まっている。元々住んでいた世界が違うのだから仕方がないと思う方がいい。――私は怖いんだ。二人が近づいてくればくるほど怖くなる。あの子達の笑顔を自分が壊してしまうから……」

 自分の中に渦巻いていたものを全て吐き出した後、崩れる様に膝から折れていく。ペタンと座り込むと、一粒、また一粒と涙を零していった。

「ちょ……お、おい! 泣くなよ! 大丈夫! だからさ」

「えっ? 私……」

 浩介(こうすけ)の言葉で初めて泣いていると気づくと、色んな物が一気に溢れでだしたのか、声を出して泣きじゃくっている。

「ハンカチ? っと、どこに入れてたっけか……あった。――ほら、これ使え」

 浩介(こうすけ)にハンカチを渡されたが、これをどう使えばいいのか分からず、両手でギュッと握りしめたまま、只々泣くことしか出来なかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ