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戦天女の黙示録  作者: 平平
一章 風神、雷神
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其の四

 校門で待ち構えている二人に合流した桃華(とうか)は、固くなっている二人の肩を軽くポンと叩いた。

「大丈夫。私がいる」

 三人の絆が深ければ、これで緊張が溶けるのかもしれないが、戦いに向かない炎輝(えんき)は今まで以上に気負ってしまう。

 瑠璃(るり)も、いいところを見せようと〈金剛杵(こんごうしょ)〉を握る手に力が入りすぎてしまっていた。

 炎輝(えんき)桃華(とうか)を見上げて、吉祥天(きっしょうてん)には連絡済だと伝えると、

「分かった。――そろそろ来る!」

 その言葉で、三人の緊張感が一気に高まった。

 視線の先には、二人の人影が映っている。向こうもこちらを目視しているはずなのだが、歩くペースは一向に変わらない。余裕があるからなのか、それとも戦う意志がないのか、ここからでは全く読み取れない。

「あれは、風神と雷神の子供ですわ。確か、空臥(くうが)(りん)だったはず」

「強いのか?」

須弥山(しゅみせん)業魔(ごうま)討伐部隊の一員ですわ。弱くはありませんが、強いとも言えません。そこの部隊長は恐ろしく強いですけど……」

 強くもなく、弱くもない。この言葉で桃華(とうか)のテンションは一気に下降していく。強者を求め、ひたすら戦い続ける。――それが修羅の世界、それが阿修羅(あしゅら)の血なのだから。

 それでも、戦える喜びがあるのか、口角はあがったままだった。

 そんな時、背筋に嫌な感覚が走った。

「ひあぁっ!」

 聞いたことのない甲高い声を上げる。

「お前ら、こんな所で何仁王立ちしているんだよ? 俺も仲間に入れてくれよ。――って桃華(とうか)の尻、中々のもんじゃねぇか。触り心地バツグ……ぐはっ」

 いつも間にか背後を取っていた浩介(こうすけ)は、桃華(とうか)の尻を撫で回していた。そして、それを見た瑠璃(るり)に制裁を喰らう。

「あな、あな、アナタはっ! 何をしているのですか!!!」

「何って、尻を触っていた、だ。とてもいい形だったんでついつい手が出てしまった。――いい感触だったぞ、桃華(とうか)……ぐほっ」

 尻の感想を述べ、肩をポンポンと叩いたところで、桃華(とうか)の拳が顔面にめり込んでいく。

 箸で掴んだ麺が滑り落ちていく様に、浩介(こうすけ)は崩れ落ちていった。

「くっ、こんな時に……お前は下がっていろ! 邪魔なんだ!」

 地面に転がっている物体は、鼻っ柱を手で覆いながら、フガフガと何かを言っている。

「おはえじゃへ!」

「はぁ?」

「お前じゃねぇ! 俺の名前は浩介(こうすけ)だ! そう呼べって何回も言ってんだろっ!」

「あの……浩介(こうすけ)さん?」

「あぁん? 何でお前だけは、ちゃんと俺を名前で呼んでんだ、ちくしょう!」

「ぼ、僕の名前は炎輝(えんき)です」

「知ってるよ! あぁ、何で天女には呼ばれねぇのに、糞ガキには呼ばれるんだ……」

「ごちゃごちゃ五月蝿いよ! ここは危ないから下がっていろと言っている。お前は言葉すら理解出来ないのか?」

「お前じゃねぇってんだろが! 乳揉むぞ!?」

 たった一人増えただけで、この場の緊張感がすべて吹き飛んでしまっていた。

「まぁいいや。――で、後ろの二人は誰なんだ?」

 浩介(こうすけ)のその言葉で三人は一斉に振り返る。十二分に警戒していたはずなのに、たった一人の男の乱入ですべてが台無しである。

 各々が法具を握りしめ、距離をとるため軽く後ろに飛んだのだが、瑠璃(るり)だけは浩介(こうすけ)にぶつかってしまい華麗に転んでしまった。

「……」

 頭を抑えながらうずくまっている浩介(こうすけ)と、みっともない姿を見せてしまい泣き出しそうな瑠璃(るり)を全員が静かに眺めている。

 この何とも言えない空気の中、最初に口を開いたのは空臥(くうが)だった。

「えっと……そろそろいいか? 俺は風神の子で空臥(くうが)

 それに釣られて(りん)も名乗りを上げた。

「俺達は梵天(ぼんてん)の命令で人間界に降りてきた。帝釈天(たいしゃくてん)が秘密裏に人間界と関わろうとしているって言ってきてな。で、その人間を奪えって言われている。――もしかして、あれがそうなのか?」

 と、浩介(こうすけ)を指差している。

「ふむ。そうだ。――さっさと持っていってくれていい」

「えっ? ダメです! ダメですよ、桃華(とうか)さん!」

 冗談には聞こえないその言葉に、立ち上がった瑠璃(るり)も同意する。瑠璃(るり)の場合は特にそう思っていそうだった。任務とはいえ、浩介(こうすけ)の煩悩を一手に引き受け、気絶させているとはいえ恥ずかしい思いをしているのだから当然なのかもしれない。

空臥(くうが)(りん)、お久しぶりですわね。喜見城(きけんじょう)で何度か見かけた事がありますわ」

 醜態を晒せど、一応は須弥山(しゅみせん)の姫なのだ。話を始めるなら自分が前に出るしかないと、少し頬を染めながらも二人から詳しい話を聞こうとする。

「はっ! 俺達の事を知ってくれているだけでも光栄でございます。立場上、頭を下げることは出来ません。お許しを」

「問題ありませんわ。出来れば普通に喋って頂けるとありがたいのですが」

「分かりました」

「では、お尋ねします。どうして梵天(ぼんてん)の名が出てくるのですか?」

 もう一人の王とはいえ、梵天(ぼんてん)は長い間、我関せずを貫いていた。須弥山(しゅみせん)の神々と関わりを持つ事もなく、只々業魔(ごうま)を狩る。それが瑠璃(るり)の知る梵天(ぼんてん)だった。

 空臥(くうが)は、事の経緯を瑠璃(るり)に告げる。

「継承復活ですか……それは梵天(ぼんてん)だけで出来ることではありませんでしょう?」

「そうでしょうね。俺達も俺達の親父も、名前にはこだわっていません。ですが、梵天(ぼんてん)の命を無下に出来ないというのがあります」

「まぁ、それはそうでしょうね。それで人間界に来たというわけですか」

「それだけではありません。人間界に興味があったというのもありますが、一番の理由は闘神の娘です」

 と、空臥(くうが)桃華(とうか)に視線を送る。

 送られてきた視線には、戦いたいという気持ちが込められていた。そして、それを感じ取った桃華(とうか)は、今直ぐにでもそれに答えたいという気持ちを無理矢理押さえ込んでいた。

「私に興味があるという事?」

「あぁそうだ。須弥山(しゅみせん)で暮らしている者ならば、阿修羅王(あしゅらおう)の強さってのは周知の事実。須弥山(しゅみせん)を去ってからも、阿修羅王(あしゅらおう)を超える神はいないって言われているぐらいだしな。〈修羅刀(しゅらとう)〉を受け継いだ娘が出てきたとあれば、俺でなくとも皆が興味津々って事だ。――どれくらい強いのかってね。なぁ(りん)?」

 と、(りん)に同意を求めるが返事が返ってこない。どうしたのだろうと振り返ってみると、一人の人間が(りん)にまとわり付いていた。

「へぇ、君の名前は(りん)っていうのか。俺は浩介(こうすけ)、よろしくな」

「ち、近寄るな! 私の身体に触るんじゃないっ!」

「ば、馬鹿野郎! 人を変態みたいにいうな! これは、握手といってだな……あれだ、手と手を握る挨拶なんだよ」

 手を差し出しながら近づいていくが、(りん)は同じ距離だけ後ずさりする。

「空ちゃん、助けてぇぇぇ」

 二人はまるで磁石の同じ極の様に、近づけば離れるという行為を繰り返していた。

「……私が言うのもおかしいが、なんか済まない」

「あ、あぁ。それは別にいいんだが、あの人間は一体なんなんだ?」

「詳しくは言えませんわ。――ただ、一言だけ言える事は天女の敵ですわね」

「敵? 天女の敵という事は天上界の脅威になるな。――だから秘密裏に動いているということか!」

「あっ……いえ、そういう意味ではありません。説明すると長くなるのですが、この世界には法律というものが存在していまして、あの者が人間の女に良からぬ事を行うと、警察という組織が動き、拘束され罰を受けてしまうらしいのです。ですが、私達天女にその法律は通用しないとかで……あんな感じになっているのですわ」

 呆れ顔の瑠璃(るり)がため息混じりに小言をもらす。

「どちらにしても、あの人間の存在が瑠璃(るり)様たちが人間界にいる理由だということですね。困っているご様子ですし、俺達が引き取りましょう」

「問題ない。よろしく頼む」

 桃華(とうか)は即答する。そして炎輝(えんき)がまたもやそれにツッコミをいれた。

 手放したい思いはあれど、それは出来ないという事なのかと理解した空臥(くうが)は、

「ならば、力ずくで奪わせてもらおうか! (りん)、いくぞ!」

 空臥(くうが)風切(かざきり)を持ち、(りん)に合図を送るが、返ってきた言葉は艶っぽい悲鳴だった。

「いやぁぁぁぁん……離れて! 離れてってばァァァ!」

 何をしているのかと(りん)の姿を確認すると、浩介(こうすけ)(りん)の足にしがみついて尺取り虫の様に動いていた。どうやら、逃げる(りん)にタックルでしがみついたらしい。

「ここまで拒否されると、意地でも握手したくなるじゃねぇかよ! ほら、手を出せ! 手!」

 しがみついた足から上に上がっていこうとするが、もう片方の足でゲシゲシと蹴られているので一向に這い上がれない。第三者が見れば性犯罪者にしか見えないであろうやり取りが続いている。

 空臥(くうが)(りん)を助けるべく浩介(こうすけ)を引き剥がそうとするが、頑としてそれは離れない。

「なんだこいつは? 全然離れないぞ! 人間は皆このように強い力を持っているのか?」

「んだぁ、この野郎! 男が俺に引っ付くんじゃねぇよ!」

 空臥(くうが)が力を入れる度、(りん)の足が開いてしまう。それを目の当たりにした浩介(こうすけ)は目的を忘れ股間に釘付け状態だ。

「そういや、俺は太股を抱きしめているのか。中々いい感触だ」

 しがみつくために使っていた手と指先を、少しだけ違う方面で使ってみる。

「ちょっ……変な所触らないでよっ! あっ、……んんっ、……そこは、……ひぃんぁ、……ダメって、……んんぁっ、……ダメだってばぁぁぁぁ! 空ちゃん、早くなんとかしてくれないと……私……」

 (りん)は力尽きてしまったのか、反抗する力もなくなりグッタリとしている。紅潮した顔と荒い息遣いが浩介(こうすけ)を刺激すると、首輪が反応して緩やかに首を締め付けていく。

「く……苦しくなって、……ゲホッ……ゴホッ……」

 苦しみだした浩介(こうすけ)をようやく引き剥がした空臥(くうが)は、(りん)に肩を貸して立ち上がらせた。

「ウワァァァン! 怖かったよぉぉぉ、怖かったよぉぉぉぉ!」

 泣きじゃくる(りん)の頭をポンポンと叩いた後、倒れている浩介(こうすけ)に集まる瑠璃(るり)炎輝(えんき)の方を見つめた。

「自業自得ですわ。今回は助けてあげません。首輪が緩むまで我慢なさいな」

「ま、マジでか……俺に変な性癖がついたら……責任……取れよ……な」

 助けてあげましょうよと、すがる目で炎輝(えんき)瑠璃(るり)を見つめている。

 浩介(こうすけ)の口から蟹の様に泡がこぼれ落ち始めていた。それを見た瑠璃(るり)は仕方なく浩介(こうすけ)に抱きつき、ほんの少しだけ煩悩を吸い取る。

 いつもの着物とは違い、制服なので肌ける事はないが、それでも人前でこれをするのは恥ずかしいのだろう。その羞恥心がいつもとは違う妖艶さを演出していた。

「……瑠璃(るり)様が乱れていらっしゃる」

 空臥(くうが)も思わず見惚れてしまっていた。が、背後から殺気を感じて慌てて自分を取り戻す。

「今にも斬りつけてきそうな感じだなぁ……闘神の娘!」

「そんなくだらない事はしないよ。私の殺気に気づいたんならもういいって事よね?」

「あぁそうだな」

 その返事を最後まで聞くこともなく〈修羅刀(しゅらとう)〉を豪快に振り下ろす。

 物凄い地響きとともに土煙が舞う。

 だが、そこには空臥(くうが)の姿はない。

「お前、そんなに早く動けるのか」

 と、十メートル程先に見えている空臥(くうが)を見る。

「へっ、違うな。風が俺を助けてくれるのさ」

 空臥(くうが)の身体は風の影響を受けやすい。桃華(とうか)の一撃をかろうじて避けたのは間違いない。ただ、その一撃で生じた爆風に乗って距離を取ったのだ。ただ、桃華(とうか)はそんな事知る由もない。

「さぁ、いこうか〈風切(かざきり)〉!」

 〈風切(かざきり)〉を手にした空臥(くうが)の身体を包み込む様に風が舞う。それとほぼ同時に桃華(とうか)の頬から血が滴り落ちる。

 その血を親指でサッと拭うと、湧き上がる高揚感が抑えられないのだろうか、雄叫びを上げながら獲物に突っ込んでいった。


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