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序章  かつて歩いたこの道で

 出会いと別れの季節。そんな決まりきった安っぽい言葉を使いたくはないけど、校門の前にどっしりと構えて咲いている梅の木を見ると、その安っぽい言葉が結局一番しっくりくるのを痛感した。決まりきった言葉に安っぽさを感じるのは、きっとまだわたしが子供だからなのかもしれない。

 子供っていうのは決まりきったものの美しさを理解できない。様式美が嫌いだ。それと同時に、自分のオリジナルを追求したがる。とっくに二十歳を過ぎたわたしにそんな子供っぽい性格が残っているのを思うと、苦笑いが自然と浮かんだ。

 校門の前から、北花加護きたはなかご中学の校舎を見る。一直線に奥へと伸びていく一文字の校舎は、本来ならばそこにあるべき声が聞こえなかった。まだ終了式どころか卒業式を迎えていないというのに、平日の校舎は死んだような静けさに包まれていた。

 実際、この学校は死んでいる。そしてこれから、生き返るのだ。

 死んだ者が生き返るのを無条件の喜びと捉える人間は多いけど、わたしには恐怖しか感じられない。だって、世の中には生き返ることを望まれない人間だって大勢いるはずなのだから。

 死刑になった殺人鬼が生き返るのを望む人間はまずいないだろうし、それがテロリストや爆弾魔だったところで同じだ。どうして他の人たちは『生き返る』ことを想像して、まっさきに死んだ身内の生き返りを想像してしまうのか。

 あるいは、生き返ったからといって生前と同じ性格のまま生き返るとは限らないのに。たった一年会わなかった知り合いが、久しぶりに会ったら性格が変わっていたなんて、よくある話。生きていてそうなんだから、死を体験した人間の性格が生前のままだなんて、おめでたい考えだとわたしは思う。

 頭がお花畑というか、目に見えるもの全てがお花畑に見えているようなものだ。

 この学校も、北花加護中学も同じようなものだ。廃校になった母校が再び使われるようになると喜ぶ卒業生もいるらしいが、本当にそんな単純な話だろうか。

 生き返ってみたら、北花加護中学は殺人鬼になっているかもしれない。

 校門を離れ、東へと歩いていく。わたしの心中など知ったことではないと、暖かい風が小道を吹き抜けた。今年は例年に比べて暖かいのか、三月に入ったばかりなのにコートの類はお荷物になっていた。

 どうにも四月が近づいてくると、不安になる。昔の手痛い経験がそうさせるのかもしれない。思考が限りなく悪へと近づいていくのもそれが原因なのだろうか。

 結局、北花加護中学が殺人鬼になるかどうかは、学校そのものが決められることじゃない。学校の性格は、イコール生徒の性格だ。あの学校を善良なまま生き返らせるのも、殺人鬼に変えてしまうのも、生徒の腕次第。

 新しく入学する三十三人に、その全てが委ねられている。

 道なりに進むと、一際大きな建物が目に映る。道を挟んで片側にマンションのような建物が、もう一方には学校にみえる建物があった。しかし大きさの割に威圧感がない、見る者に清々しさを与える造りだった。きっと、設計者の腕が良かったんだろう。

 「……ああ、花園女学院」

 元生徒のわたしですら、判別にしばらく時間を要した。この辺にあるのは知っていたけど、六年前とは何もかもが違っていた。共学になって今は、花園高校と名を変えていた。

 と、いうことは、あのマンションのような建物は学生寮か。こっちも共学に伴ってだいぶ建て直されたみたいだ。一棟しかなかったはずの学生寮は二棟に増えていた。男子用と女子用に分かれたのかもしれない。

 六年ぶりの母校は、思っていたよりも懐かしさがこみ上げなかった。改装によって校舎も学生寮も形がだいぶ変わってしまって、懐かしさよりも目新しさがあった。私立高校だから設備を常に新しくしているのは分かるけど、もう少し昔の面影を残してほしかった。

 いや、それはわたしの勝手な思いだ。この学校も一度死んでいる。それをこうして、何とか生き返った。善良な状態で生き返ったのなら、それを元生徒として喜ぶべきだ。

 太陽の光を受けて白く輝く校舎を見ていると、正門から誰かが出てきた。

 若い女性だ。しかも着物を着ている。もしかして、今日が卒業式だったのか。

 その女性はわたしの横を通り過ぎて行った。仕事用の白衣を着たままだったけど、特に不審がられることは無かった。女性の着物をよく見たところ、あまり派手じゃない薄い赤地に梅の花が彩られていた。祝いの席で着るにはむしろ地味と言える種類だ。それは着物に詳しくないわたしにも分かった。

 それにしても、その女性には無駄な挙動が一切ない。着物に慣れているのがうかがえた。

 その挙動を見て、わたしは思い出した。

 かつての同級生だ、その女性は。教師として花園高校にいるのは事前に調べていた。会えばすぐに気付くと思っていたけど、意外と顔立ちが変わっていて気付かなかった。

 それは向こうも同じなのか、相手も気づいた様子は一切なかった。それは少し安心した。わたしがここの元生徒であるとばれると、仕事に差し支えるかもしれない。仕事の内容が内容だけに、慎重に行動するべきだった。

 もしあの同級生がわたしに気付いていたらと思うと冷や汗が出る。お互いに外見が六年前と変わっていて助かった。どうもわたしは、内面より外見の方が成長していたらしい。

 最後にもう一度校舎を見上げてから、花園高校を後にする。こういう危険なことがあったからには、たぶんもうこの道を通ることはない。これが母校の見納めになると思いながら。


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