30歳男の鬼ゴッコ ~絶対に負けられない戦いがそこにはある~
今日もあの恐怖が幕を開ける・・・。
陽が沈み始めた、午後17時。
その沈みゆく太陽とは逆の方向から奴らはやってくる。
一人は、身の丈150cmの少年(小5)、もう一人はその妹(小2)だ。
少年は笑顔を浮かべながら、こう言い放つ。
「今日も鬼ゴッコをやろう!」
妹はそれに合わせるように、まるで口裏を合わせたかのように、私に死の宣告をする。
「今日もおじちゃんが鬼をやって!」
おじちゃん・・・。
私はまだ30だ。
この30年間を愚直に生き抜いてきて、「おじちゃん」と名付けられたのは初めての事だ。
気は若い、しかし体は正直なものだ。
体力はまさに「おじちゃん」。
そんな私に屈託の無い笑顔で鬼役の宣告をするのか・・・。
拒否権は無い。
「よし!わかった!」
私は気を引き締めると同時に靴紐を結び直す。
私には2歳の息子と4歳の娘がいる。
その二人ももちろん参加する。
舞台はマンション及びその駐車場。
広さにして200坪といったところか。
しかし、今日はツイてる。
駐車されてる車が圧倒的に少ない。
これは鬼ゴッコをする上で非常に重要だ。
奴らは鬼より鬼だ。
車が多ければ多い程、小回りを利かす。
挙句の果てには車の下にも入り込む・・・。
これは鬼ゴッコという名の戦争だ。
大人のプライドを賭けて、
絶対に負けられない戦いがそこにはある。
「じゃぁ、50数えてね!!」
この50という数字・・・。
意味はあるのだろうか?
そんな疑問を持ちながら、数字を叫ぶ私。
「・・・48、49、50!!」
開戦だ。
捕まえる順番はいつも決まっている。
2歳の息子、4歳の娘、妹、兄。
時折、娘の機嫌を取るかのように、妹を先に捕まえることもある。
問題は兄をどう捕まえるかだ。
ヤツは瞬足を履いた俊足だ。
50M走で8秒を切るらしい。
私も15年前であれば7秒前後で駆け抜けたものだが・・・。
車の周りで小回りを利かされた場合は長期戦になる。
まずは建物周辺へ追いやる。
そして直線距離の多い所で一気に差を詰める!!
そうすれば・・・ヤツを仕留める事が可能だ。
私とて馬鹿ではない。
そう容易く毎度逃げ切られてたまるか!
そう考えながらも、長男を確認。
彼には逃げることすら頭には無く、
足元に纏わり着いていた。
笑顔で捕まってくれる。
長男確保。
4歳の娘も可愛いものだ。
キャイキャイ騒ぎながら逃げ回る姿は、お花畑すら想像させる。
そんな春の息吹に包まれながら、
戦場に咲く一輪の花を摘み取ってしまう私。
娘よ・・・許せ。
長女を確保。
ふぅ。
準備運動は終わりだ!
「おーにさん、こっちらぁーー!!手の鳴るほうへー!!」
っふ、おちょくるか・・・兄よ。
まぁ、首を洗ってまってろ!
貴様は最後に捕まえてやるからな!
っと、ここは挑発に乗ってやろうか。
よし。
兄を追いかけながらの妹確保だ!
私は6割程度の力で兄を追い回すこと2、3分。
兄は全力で走り、スタミナの幾らかは消耗しただろう。
兄はやはり、妹の近くへと走っていく。
っふ・・・「なすりつけ」だな・・・、そう来ると思ってたぞ。
妹も必死で逃げる。
兄は駐車場を走り、妹は建物側へと向かう。
ここだ!!
妹!確保ーーー!!!!
「おにーちゃん、ずるいーー!!」
妹は拗ねた様子で兄に向かって叫んだ。
「へっへーーーんだ!」
そうだ、妹よ。
これは云わば、ヤツと私の共謀だ。
ヤツは姑息にもスタミナ切れの際には、なすりつけを行う。
それは過去の戦績データが証明している。
私はそれを利用したのだ。
罪もなき哀れな乙女よ、成仏するがよい。
さぁ・・・最後の聖戦だ。
ヤツとの一騎打ちだ。
兄は得意の駐車場で、来る決戦に備えて息を整えている。
私も息が切れているが、悟られないように鼻で呼吸を整える・・・ヤツを視野に入れながら。
それを察してか、ヤツは車の陰に隠れだした。
っふ・・・頭脳戦か・・・臨むところだ!
私も姿を隠すように、身を低くしてヤツに迫っていく・・・。
おそらく、ヤツは車の下に身を隠し、私の足を見ているのだろう。
それを想定しながら近づき、足が見えなくなるタイヤの部分で時折止まってみせる。
そして私は小石を5・6個拾う。
これをヤツの近くに放りなげて、注意を逸らしたスキに一気に差を詰める作戦だ。
いや、まてよ・・・。
ならば靴を脱いで、ワザと靴を見せておいて、逆から一気に詰めるのも良い・・・。
それを同時にやったらどうだろうか・・・
うむ・・・最高だ、今日は頭が冴えている。
二重の罠であれば完璧だ。
そこまで小5のヤツが気づくことはあるまい・・・。
哀れな小童よ・・・相手が悪かったな。
駐車場に緊張が走る・・・。
沈みかけた太陽が車を赤々と照らし、ザワザワと木々が揺れている。
私は息を飲み、タイヤの陰でそっと靴を脱ぐ・・・。
耳を澄ましてヤツの動向を探る・・・。
動きは無い。
まだ車の下にいるはずだ・・・。
ここから3台先の・・・あのRV車の下。
私はタイヤの陰から靴先をヤツに見えるように、そっと差し出した。
これでヤツにとって俺の居所はここだ。
そして靴の向きはヤツに向かって最短コース。
実の俺は・・・靴下のまま、遠回りして一気に捕まえる!
最短コースに向かって小石を投げて、スタートだ!!
私は小石を放り投げた。
よし!!
いくぞ!!!
GO!
GO!
銃弾を掻い潜る兵士のように身を屈めながら、突撃を開始した!
「おとーーーさーーん!! なっちゃーーん! ショウちゃーん!!ゴハンよーー!!」
あぁっ!!嫁ぇぇっ!!
終戦の合図がぁぁぁぁーーー!!
「あ、お母さんだー!」
「ちょっと!なんで靴下で走り回ってるの? お父さん?!」
いや・・・これには深い訳が・・・。
「ゴハンだ!ゴハーーン!」
娘、息子は足早に玄関へ向かっていく・・・。
「おじちゃん、またねー!!」
兄妹も・・・。
「その靴下・・・どうするつもり?」
あ・・・いや・・・
「自分で洗ってよ、責任持って!」
「いや、今脱いだばっかりだから・・・そんな・・・」
「そんなの知らないわよ! 穴開いたらどうするのよ!! もう靴下は自分のお金で買ってよね!!」
「そんな・・・大げさな・・・」
「嫌なら、小遣いから引いとくからねっ!!!!」
鬼---!!!
絶対に勝てない戦いがそこにはあった。
その夜、元祖鬼である嫁の肩を揉んでご機嫌をとったのは、言うまでも無い。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
実話に近い話なんですが、
いかがでしたでしょうか?
表現がヘタなんで、ただの日記みたいですが・・・。
よろしければ、感想・ダメ出しなど頂ければ幸いです。