余命短い聖女の命を使って食べるご飯はさぞかし美味しいでしょうね
「聖女様、お食べになられてください」
「ケホッケホッ」
咳をしている青白い顔の少女に傷一つない陶器のような手を差し出す男に、相手側は手を押しやり拒否をする。このやり取りも何度目か。
しかし、だからと言って相手の受け取り方が変化するわけもなく、食べる気が起こらないと言わんばかりに出ていけと手で制される。
それを可哀想だと思って背中をさすろうとした手さえ拒むのだから、余計に弱々しく写る。男はもう一度食べるように足してから静かに部屋を去る。
女の瞳が冬のように冷たいことにも気付かず。
*
男が去った後は、女は伸びをして欠伸をした。それはごく自然な健康的なものだ。
「はぁ、鬱陶しい」
ふうと息を吐き出してストレスを出す。なんでもいいからとにかく悪態をつきたかっただけだから。ずっと張り付かれては食べろ食べろとうるさいだけ。
少しは医者に聞きに行って本人に負荷をかけないようにというアドバイスを素直に聞けばいいのに。
病弱ではないが魔力を常に消費していることにより、毎秒ずっと魔力がない状態なせいでまともに動けない。聖女として引き上げられたときには、何もかも決められていた。
聖女として動けなくなる代わりに、国に魔法を張り、モンスターを寄り付かなくさせることを。
「はぁ、こんなものでいいかな。同期も問題なさそう」
リベルカはいつものように意識を切り替えた。例えるのならばVRだ。本人になりきっていて、今は本物に帰ってきている。VR表現を述べるリベルカの側にあるのは苦い薬の包み紙ではなく、甘い蜂蜜桃のタルト。
ここには病と真逆なものが溢れている。全てが揃っていて、全てがあるので他に何もいらない。わけもなく、今まで精神的なものがあった場所の崩壊を望んでいる。
なくなればいいのにって。
「聖女ねぇ」
ふと呟く。聖女という言葉はリベルカにとって色んな意味を持つ。まず生まれた時に聖女だった時は心底嫌だった。
男爵家の端の端という薄い生まれの平民に毛が生えたような生活をしていたのに。
急に聖女と知られると王家の使者とやらが説明もおざなりに、誘拐と変わらないような速さで生まれた家から引き離された。
なぜ鮮明に覚えているのかというと生まれた時から前世の記憶を持っており、赤ん坊の頃から全てを理解できていたから。
理解できていたからと言って赤ん坊になにかできるわけもなく、自我を目覚めさせる年齢の前から聖女として国の守りを張るための教育を施された。
とはいえ、小さな子になにをやらせているんだ大人はと呆れたが本来ならもっと年齢が上がってから魔法を貼るのが普通。
なのに、急ピッチで勧められたのは前聖女が逃げ出したからといった緊急事態だったとのこと。
そんなの知るか、知りたくもないと言ったところで誰も聞いてくれはしない環境だ。とことん人権を踏み躙られたリベルカに生まれたのは憎悪だけだった。
家族から引き離されたので祖国を思う心なんて生まれるわけもないし、家族を引き合いに出されようと顔すらもう思い出すことは不可能。
なので、そもそも思惑通り国のことを考える教育は失敗し続けていた。
それも知らず自分たちの意のままに操れることをしめしめと思っていたのか、聖女業としての役目の他にも高位貴族の家を回ることが課されていたのはなんなのだろう。
聖女の面倒を彼らが見る、という名目での滞在を義務付けてきた。なんの目的があるのかと思っていたが、王家による貴族への人気取りや政治的貸し出しのようなものみたい。
ただでさえ魔法を使って国を守ることは大量の魔力が必要なのに、サスペンションもない馬車でガタガタと移動させて負担をかけるなんて早死にさせようとするつもりか、と正気を疑った。
前聖女の時には各家間の移動なんてなかったのに、今になって自分だけにこんな役目を負わせる国に思いなどない。
こうなればと、彼らが気づかないようにオリジナルの魔法を作り、吐血しながらも研究した。頑張ったものだ自分は本当に。
完成するまで時間はかかったが、使い潰されるまでのタイムリミットだと死ぬ気でやった。
結果、自分そっくりな生物を作り上げるだけではなく遠隔、自動で動かせるようになった。
年頃になったら高位貴族たちの目が変わるかもしれない恐怖。動けない苦しさを思えば、国がなくなることなんてたいしたことではない。
自分たちの国なんだから自分たちで守ればいい。勝手にやっていろと舌を出して、思いっきり隣国よりずっとうんとめちゃくちゃ遠い地へ移動した。
その間、遠隔で己そっくりな人形と魔力を使い効率の良い聖魔力の使い方も思いつき、今は余裕でどちらもこなせるまでに成長できた。
聖女が病弱になるのは魔法を使って魔力を空にしてまで使うから。そうして命を削り、短命な聖女たちばかりが生まれる。
自分の命を使わなくていいというだけで、なんてよいことなのだろう。
遠い土地でたまに祖国の相手をしてあげれば呑気にこちらの手のひらでアホみたいに踊り、リベルカに媚を売り少しでもお近づきになろうと話しかけてくる。
少し前まで話しかけてきた貴族子息なんて、食べてくださいなんて特殊な態度だったが、食べたくても食べられないと初めに言ってあったのにあの言い回しだ。
どうだってよいのだろう、聖女の今の苦しみなんて。食べてもらえれば一口でも食べてもらえた実績を持ってして、夜会などでステータスにして食べてもらったことを吹聴しまくることも知っているのだから。
ぱくり。美味しいタルトが目の前にあれば口に入れて食べられるこの至福の時間。祖国から離れてよかった。味わうことさえ許されなかったと思い出す。
それが今はいつでもどこでも食べられる。そろそろ守りの魔法を解こうかなと思っていたのだが、最近高位貴族の家に行くと聖女を真似して病弱のフリをする令嬢たちが現れ出したことにより、計画が大幅に変更となっていた。
聖女より悲惨に弱く儚く劇的に。ロマンスやロマンチストな脚本家が真後ろに居そうな予感がする。彼らや彼女たちのような暇な貴族たち、平民や子供だろうと皆噂する。
聖女は高位貴族のところにいて、聖女の弱々しさに同情してしまい夢中になっているのだとか。バカばかりだなぁと笑う。
そのせいで婚約者のいる男までもが他の家に移動した病弱な聖女がいなくなっても、聖女ロスゆえに上の空で婚姻が困難なところもあったとか。
貴族たちもそんなことは知らないと振り払えばいいのだが、いかんせん自分は一応まだ自国の聖女だと見做されていることにより、最近は聖女よりも弱々しくするのがブームになっているらしい。
妙にそれぞれの婚約者たちにウケたりまだ婚姻していない人たちにとって、なかなかグッとくるらしい。特に好きな子が弱々しく袖を掴む、という行為に己が守らないといけないのだといった騎士道精神が疼くとかなんとか。うん、ウザ。
必死で命を燃やしながら国を守っているのは、そんなことをさせるためじゃないんだけど。くだらないことをしている暇があるのなら、この身に魔力を供給することを考えた方がまだ人から見られた時に、良い印象を与えられる。
呑気に恋愛ごっこで偽病弱をするなど、こちらの状況を真似して馬鹿にしているとしか思えないし、思っている。自分みたいに病弱になりたいのならば、ならせてやろうではないか。
真のしんどさを体験すれば、彼らも聖女の尊さやありがたみを知ることになるだろう。泣いて喜ぶし、リベルカもめでたしめでたしで一石二鳥だ。
ふふふと笑っていると正面にカタリと相手の了承を得ずに座る男がいて、気に障った。
「なに?」
「楽しそうだなと思って見にきた」
「私に監視をつけても意味がないから」
「守ってるんだ。今までにいないほどの聖魔法使いだから」
「どうでもいい。私には何の関係もない。誰かに使うつもりはないから無駄なこと」
素知らぬ態度のままジュースを啜る。しかし、相手の男はそんなこちらの素っ気なさなど気にせず注文をする。相席になんてなりたくないので席を移るために動く。
「待ってくれ」
「なに?」
「本当に聖女協会に行かないのか」
「行かない」
彼はなんと言ったか。なんとか王子とか王太子とか、そんな地位だった気がする。聖魔法をモンスターに放っていたら魔法使いが感知して見られたっぽいがそこは誤魔化していた。
今は疑われているといった具合だ。こちらからなにか言葉を引き出したとしても何も言うつもりはない。
聖女協会というのはリベルカのような聖魔法使いたちを、権力者に好きなようにさせないための集まりだ。保護団体のようなもの。
そんなものがあったなんて知らなかった。自分は初期から囲われているせいで余計なことは教えられていなかったというわけだ。わかってはいたけどね。
「お願いだ。所属してくれ」
「聖女じゃないから無理って言ってる」
こちらを見る視線を振り払うように飲み終えたものをテーブルに置いて、会計を済ませて護衛たちを振り切る。これくらい今では朝飯前だ。
「お待ちくださいっ」
「しつこいなぁ、あの人」
待つわけがないだろうと目を呆れに変化させ、素早く飛翔魔法で飛び上がった。それについてこれない面々は上を見ながら何かしら言っていたが、聞くわけもない。
どこに腰を据えようかと周りを見回すと牛っぽい生物が歩く牧場に見える場所があったので降り立つ。周りを見ても人の気配がないから、まだ帰っていないのだろうな。
「休憩していこう」
良い天気なので、昼寝くらいはできそう。頭を地面につけて、魔力でベッドを出せば高級羽毛のように柔らかなものへ身体をボフンと落とす。
いつも寝込んでいたからベッドの大切さは知っている。だからこそ柔らかさや寝やすさに妥協はない。柔な感覚に身を委ねる。
次の日もなんちゃって聖女をしているオートモードの自分の影武者を見た。娯楽としてなかなかよい見せ物なのだ。
特に婚約者と名乗る女たちの、婚約者を虚弱な聖女へやるマウントエピソードは。やるのなら支援にしてほしい。美味しい食べ物とか友達として喋りにくるとか。
必死なのは婚約者を取られたくないからといった激情なのはわかるとして、皮の張った部分だけの話。どんなに考えても可愛くもない嫉妬。
中には好きな女の子に嫉妬されて嬉しそうな顔をする令息もいるにはいるが、当て馬扱いされる謂れはない。殆どは聖女の虚弱体質の弱々しさに心を打たれた、心の柔い男たちが発端だ。
今日はここで保護している令息の婚約者たる令嬢がコソコソ家に来て、メイドへ確認させるといった行動を起こした。婚約者とはいえ、簡単に聖女の部屋に行けるようなセキュリティにツッコミが止まらない。
一応、皆知っているとは思うけど、聖女とは国の防衛の要なのだが。そんなところに敵意のある婚約者のメイドが確認にこれるような、こちらの家の情報統治は一体全体どうなっているのか。
他の貴族家もどっこいどっこいだったけど。聖女だから安全に過ごせるようにする契約をバリバリ破っているし、破られている。
ここへの更新が終わったら訴えて爵位に驕る彼らを罰してもらう。仮に罰してもらえないのならばリベルカ直々に仕込んで、タイマー式の魔法を使いつつ慰謝料を家ごと払ってもらうつもりでいる。
「令嬢がまた無駄なことを」
令息がチョロすぎて惚れても本人の聖女が応えないのだから一方通行だ。惚れっぽいってだけだ、貴族の子息は。弱いものに弱い。頼んでないのに来る。やって欲しいことも願いも何も叶えられないくせに、自我だけは強い者たちに嫌気がさす。
余計な者たちは余計なことしかしない。いつも毎日常々思う。本当にどうしてこんな人たちに世話をされなきゃならないのか。などと思えば怒りで思考がぷっつんとなる。
彼らの顔を思い浮かべては何度も何度も、釘をガンガン打ち込みたくなるのだ。そうならないために臨時バイトだと思い込み、彼らの目の前で聖女を演じること以外はこちらの本体で過ごすのがコツ。
彼らと、ストレスの元といるとどうにも叩き潰したくなるものでね。どうしたら潰れるんだろうと思いながら彼らに対応する。
なぜ甲斐甲斐しく彼らに世話され続けないといけないのか、とにかく凄く腹が立つ。ムカムカして胃が胃もたれしている。彼らの顔を見るたびに拳で顔面が真っ赤になるまで、ずっと殴り続けたい衝動に見舞われる。
動けないからと話しかけてくるが、話すにも体はエネルギーが必要なことがなぜわからない?
なのに一々、話しかけてくるのがウザい。鬱陶しいの方が優しい言い方だろう。
話さなかったらしんどいのか?と普段より五割り増しベッタリ張り付いてくるし、病弱の意味を勘違いしているか履き違えている。
話しかけられても答えられないから今日は話せないと告げても、部屋の周りをうろうろするし無駄に見舞いと称したなにかをたずねにくる。
リベルカが来ないでくれ、と面会を拒否したら権力をゴリ押しして自宅の使用人たちを押し除けて、合わせろ!と無理矢理部屋に入ってくるクズたち。
なんのために人の意思はあるだろう。こいつらに人権などやった存在はいなくなればいいのに。ということは、この国の王が戦犯なのだ。王だけではなく先祖と子孫も許さない、許したくない。
しんどい、無理、来るな、この言葉を理解できない無能。王からも定期的にご機嫌伺いの手紙が来るので何も問題はないと送ってあげている。
あとで大問題がたっぷり実はありましたと事後報告してやるつもりなので、今は特別言わないでおいている。この国を崩壊させるにはまず王家に本当のことを言わないのが、計画の一つなのだ。
タルトをぱくりと食べながらたまに動かしてリベルカの人形を操作していく。どうせやることなど寝ることのみなのだから。ありがたみもなくなった国の末路をよく見させてくれている。皮肉であるので安心して。
「そうはならないでしょ……はぁ」
動画のように見られるので俯瞰して彼らの様子を見ていたのだが、どうやらメイドから報告を受けた令嬢が喚いている。キーキーと甲高く。
聖女に心を移していると一部だけ見ただけなのに決めつける報告者もなんだかなぁ、と顎に手を押し付けた。浮気でもなんでもないのに。
常に聖女のいる家、特に若い男がいる貴族の家は婚約者の家に疑われているみたい。浮気するのかしないのか、心の浮気だ。
聖女に手を出すことを絶対に王家は許さないので阻止用の護衛はいる。いるにはいるがこちらの心を守るつもりのないハリボテだ。王にこんなことがありました、というだけの簡単なお仕事。
リベルカに対してある程度世話をしておけばいいと思っている家に当たることは多い。そんな空気で世話される身としては、嫌なら受けるなと言いたい程だ。箔付けに世話をした実績を持ちたい貴族たち。
商人の家は貴族たちが終われば回されるのだろう。商人たちと縁を持ちたい王家の意向があるならば、だけれど。多分かなりの率で行かされるのだろう。
本音を言うと、辛かった時を思い出せば家を動かしたくなんてない。老い先短い人生をさらに短くしてきている。王家もわかっているから命ある限り最後の一滴まで使おうとしていると、辛くなくなった後に理解してしまったのだ。
逃げなかったら今ごろ亡くなっていただろう。若い身の上で使い切られて死ぬなど嫌だ。転生者として覚醒したのだから、自分のために絶対好きに生きる。たかが国一つのために死ぬのは絶対に嫌だ。
あんな国、早く滅べばいいのに。思案していると本体で眠りこけ、起きると同居人がそばにいてご飯の時間だと起こしに来た。
「リベルカ、ここに置いておくな」
「ありがとう」
彼はコンフィ。昔助けた聖騎士だ。リベルカが本物ではないと見抜いたわけではないが、リベルカが生身で歩いていたらばったりあったのだ。
昔助けたから容姿なんぞすっかり忘れていたのに、向こうはこちらの顔を忘れていなかった。双子か瓜二つの人間かとしつこく伴われて、聖女であるかもしれないという確証を半分持ちながら家に転がり込んできた。
どうやって聖女の魔法を使いつつ平気で歩いているのか聞いてきたりしたが、そんなことを言うわけがないだろうと敵意増し増しで言い放てば、相手は驚いた顔をした。助けてくれた聖女の真の姿に打ちひしがれたらしい。
しかし、数日すると家で家政婦として使用人として支える、と無理矢理得意な料理を振る舞われて胃袋を掴まれたチョロ聖女とは己のことである。
それから遠隔で魔法を使っているらしいとなんとなく空気で把握した男は、こちらの生き方に口を出すことなく淡々と雑用を勝手にした。
とはいえ、そろそろ潮時だから加護も魔法もやめるつもりだ。あの国、聖女の守護にかこつけて他の国に攻め入ろうとしているのだ。今までやらなかったのは聖女の消費が早く、短かったから。
それが今代の聖女はなぜか長い。安定した力を保てるのなら国に被害がなく攻め落とせるかもしれない野心を国の中枢が抱いたらしい。情報屋からの情報なので精度は高いのだ。
「私の力は守るためにあるんであって、削るためにあるんじゃない」
今こそ歴代の聖女の分の文句を、国に叩きつけるときだろう。うっそりと笑い、好きな味のピーチティーに手を付けた。
「また腕を上げた」
コンフィの料理の腕がメキメキ上がっていることにも驚いた。
時は過去住んでいた国と他国の戦いが本格的に起こりそうという時。祖国は宣戦布告をわざわざして真正面から喧嘩を打った。あちらの国は資源も豊富で、あちらの国まで魔法が及べば潤沢な資源を奪われずに国だけで囲い込める魂胆。
ふざけるな、そんなに範囲を広げたらご飯も食べれなくなるとどうしてわからないかなぁ!
ただでさえ弱っているのにとどめを刺しにきている。もう無理、というか祖国を守る理由なんて昔からなくなっていたのだが。少しでも防衛に力を入れればいいと少しずつ弱くして行ったというのに、気付きもしない。
今日は魔法の加護と守護を終わらせる日。他国の兵たちは守護があるので中に入らない。それをパッと消せばあっという間になんの防衛も施していない王城は即日、敵兵たちに制圧された。
呆気ない。聖女たちの命を使って繁栄してきたのに、なくなるとこうもあっさり国は終わるのだ。遠隔の人間の姿を模した人形で終わりを見ていると、現在滞在している王城の部屋にあちらの敵国の先陣を切っていた王子とやらが入ってきた。
「聖女様でしょうか」
問いかけられて咳を吐いて頷く。相手が何か言う前にパタリと力を抜き、人形の生命エネルギーを抜き取って死亡を偽装した。
ようやく二重生活から解放されて、大きく腕で伸びをする。
「コンフィ、お腹すいたー」
「今作ってる」
鼻を動かすと香ばしい香りがしていた。聖女としてではなく、一人の人間として今度こそ立ち上がった。




