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8話 先輩にデートに誘われまして

 この一週間は気候の面で言えば麗らかな春の陽気に包まれていた。


 新生活・新環境の始めとして絶好の日よりだ。秒速五センチメートルのそよ風は桜の花弁をひらひらと舞わせるには絶妙で、芽吹いたばかりの柔らかな緑の香りもそこかしこで感じられる。


 空は綿菓子をちぎったような巻雲が広がり、なんとも晴れ晴れとして結構なことだ。


 とは言え、誰も彼もの生活まで穏やかであったわけではない。


 竜崎(りゅうざき)(はる)()はと言うと慌ただしくしていた。


 春は新たな出会いの季節だと言うが、それにしたって渋滞していた。山田花子ことやま子と、鷹司(たかつかさ)(とう)()のコンビは事あるごとに絡んでくる。


 そして今までは月に一度か二度の訪問ペースだった科学部の部活動が連日のものとなった。


 放課後になれば鈴木華子ことすず子が部活に誘いにやってくる。部室では部長の新名亜里沙(にいなありさ)が待ち構えておりあれやこれやと今までにない一面を見せてくるのだ。


 終いには放課後に陽馬の取り合いでやま子とすず子が揉めに揉め、極めついては太陽の片割れである月の妹だ。


 鷹司一派と新名一派に兄を占有されたためか、ここ最近すこぶる機嫌が悪い。


 特に白ビキニで本当に床掃除に精を出していたところを見られたのはまずかった。「なにそれ?」から始まり、言い訳も虚しく桃花の物であることを知られてしまった時の汚物を見るような目と台詞が殊更にきつかった。


「キモい」ではなく「気持ち悪いなぁ」と光のない目で言われた時は堪えたものだ。


 さて、金曜日最後の鐘が鳴り、週末の足音が聞こえてくる。


 ホームルームが終われば部活にバイトに寄り道にと皆が思い思いに教室から出ていく中、陽馬は自席で文庫本を片手に時間をつぶしていた。


「やあやあ、これはこれは、いま話題のスケコマシ閣下じゃありませんか。多忙なる閣下の本日のご予定はいかがなもので?」


「この後すず子に科学部に連れて行かれて新名先輩と部活動に励み、終わったら道場に行って桃花ちゃんとやま子と一緒に稽古したら、家に帰って巳月とゲームか映画だ。あとお前! そのスケコマシとかいう人聞きの悪いあだ名は絶対に流行らせんなよ?」


「その気はないけど、あだ名に関しては遅かれ早かれ広まると思うよ。三股野郎ってね」


「なんで三なんだ。巳月はノーカウントだろ、そしてそもそも二股ってのもおかしい話だろ! 別に付き合ってるわけでもないのに」


「ま、陽馬は目立つからね。それに巳月ちゃんはファンも多い。今までは兄妹だからってのもあって、なんていうか不文律みたいなのがあったんだろうけど、不特定多数の女生徒から引っ張りだこの状態じゃあカワイイ妹ほっといて何やってんだコノ女男はよぉ~ッ! そのいっつもぶら下げてるレアスニーカーをパクッて売り捌くぞこの野郎~! って具体的な声が上がってきてるよ」


「なにが不特定多数だ、特定少数だろうが、やま子とすず子と桃花と新名と巳月、余裕で片手で足りるっつーの! そして俺のスニーカーを狙ってる被服研究部の一部過激派、もといハイプレ馬鹿共が俺のスニーカーに指一本でも触れたらお前らのクソだせぇスニーカーまとめて燃やしてやるから覚悟しろって言っとけ」


「……げに恐ろしきは陽馬の業なり。でも君と過激派とのバトルは見たいかも」


「やだよ面倒くさい。やられたらやり返すけど、こっちから仕掛けるほど暇じゃねーぞ」


「ま、なんにせよ穏便に頼むよ」と、太平が肩をすくめて去っていった。


 海外ドラマの見過ぎでたまにリアクションにクサイところがあるが、そこのところが陽馬は好きだった。


 ややあって、すず子が陽馬のところへやってくる。


「さあ、竜崎くん。部活の時間よ」


 黒髪を一つ結びにしたセーラー服の似合わない女、鈴木華子がどこか高らかに言った。


「……。あぁ、行くよ」


「……? どうかしたかしら?」


「いや、なんか……さあ仕事の時間よ! みたいな雰囲気で言うなと思って、面白くて」


 ピシッとした口調で言われると何か業務報告をされた気分になる。それが面白くて陽馬が笑って話したのだが、その時のすず子の表情と言ったら何とも形容のし難いものだった。


 泣き出す手前のような、笑う寸前のような、陽馬を見ているはずなのに、遠くの何かを思い出した顔をしていた。


「……すず子? どした、平気か?」陽馬の声かけで我を取り戻す。


「……はい。あぁ、すみません……大丈夫です。……行きましょう」


 急な敬語に今度は陽馬の方が面食らう。スタスタと歩き出す様子を見てまぁ平気だろうと判断したが、今の様子はあまりにも気になった。


「なあ、すず子、つかぬことを聞いちゃうけど、大事な人っている?」


「本当に唐突ね。それは勿論、私にも大事な人くらいはいるわよ。亜里沙さんとかね」


 口調が戻っている。ひとまず通常のすず子に戻ったらしい。


「他にも居る?」「ええ」「今、俺が笑う顔を見て、誰かを思い出した?」


 その質問がどれほどの威力を持っていたか、すず子の静止を見れば想像がつく。たっぷり五秒をもって別の気をまわし始めた陽馬が口を開いた。


「ごめん。興味本位すぎたな。……もしかして故人の方だったかな?」


 表情を消したまま、すず子が深く息を吐いて、それからようやく応えた。


「……いえ、大丈夫よ。ちゃんと生きている人。……竜崎くんの直感に驚いていたのよ。当てずっぽうだったのかも知れないし、何となくの台詞だったのかも知れないけれど、大当たり。あなたの笑う顔で、ある人のことを思い出したの。とても大切な人の、ね」


「意外だな。すず子にそんな好きな人が居たとは」


 陽馬の「好き」の言葉へ過剰に反応しながらも返答してくる。


「好き嫌いの二分割で言えば確かに好きなことは紛れもない事実ではあるけれど好きの中にも尊敬しているから好きとか憧れているといった意味でもっと段階的に分けられるタイプの好きなので誤解しないように」


「急にめっちゃ喋るじゃねーか! どうした、4倍弱点のクリティカルヒットか?」


「ちっ、違うわよ! 全然クリティカルじゃにから!」


「そっか、クリティカルじゃにのね」


 完璧なタイミングで見事に噛んでくれたので拾わずにはいられない。


 すず子は怒りと羞恥で唇をプルプルさせていたのだった。


「で、誰なの? すず子の好きな人って? うちの学校きてまだ日も浅いのになぁ。いや、でもフツーに考えれば前の学校の人か」


 それを聞いたすず子が少し平静さを取り戻す。


「……いいわ、教えてあげる。その人はこの学校に居るわよ。ちなみに竜崎くんも知る人よ」


 ほう、と思わぬ答えが返ってきて陽馬が驚いた。


「いいのかソレ言っちゃって? なんか墓穴掘ってそうだぜ?」


「絶対に竜崎くんには分からないから大丈夫。せいぜい悩んでみることね!」


 妙に勝ち誇るすず子の姿を見て陽馬はだいぶ彼女のキャラクターを掴めた気がした。何となく有能風ポンコツの空気があるな、と思ったのだった。


「それにしてもすず子は制服が似合わないね」


「うるさいわね失礼よ」


 などと会話をしながら科学部部室に到着する。科学部のここ最近の部活動は元からそうだったがとても部活動と呼べるような代物ではなかった。


 基本的にパーティ用のゲームをしながら雑談しているだけなのだ。


 ツイスターゲーム、黒ひげ危機一髪、人生ゲーム、そして本日は、同サイズの直方体のパーツを組んで作ったタワーから崩さないように注意しながら片手で一片を抜き取り、最上段に積みあげる動作を交代で行うテーブルゲーム、通称ジェンガである。


 陽馬、新名、すず子の順番で手番が回り、負けた一人は勝った二人それぞれからお願いを何でも受け入れるという罰ゲーム付きだった。


 勝負は大詰め、すず子が会心の一撃を見舞う。崩れる一歩手前どころか何故これで崩れていないのか物理的な法則に反していないのか? 


 というくらいの傾きを見せていた。字で例えるならカタカナの「ノ」の字そっくりであった。


「ほら、竜崎くんの番よ。頑張ってね。ファイトってやつよ」


 いつもの冷静な表情の中に明らかに喜色が見える。


「すず子ぉ……。お前、意外と煽ってくるじゃねえかコノ野郎」


「なんのことかしら、応援してあげてるのに心外よ」


部室に来る前の一件でだいぶ打ち解けた側面はあったがちょっとした対抗心を植え付けてしまったらしかった。


「つーか何でまだ立ってんだよコイツ! もう違法建築だよこんなモン! もう絶対無理! ジェンガ世界ランク一位の人でも無理!」


「ほ、ほら竜崎クン、はやくしなよ」


 陽馬が敗色濃厚となるや新名が妙にソワソワと急かし始めるのだった。


 もはや触れた瞬間に倒壊するであろう未来は簡単に現実となった。指先どころか陽馬の爪がわずかに当たった瞬間にガラガラと崩れた。


 「わあ~」という新名の声と、無表情かつ無声ながら小さなガッツポーズを決めるすず子の姿がそこにあったのだった。


 ジェンガを片付けながら新名がこんなことを聞いてきた。


「あのー、竜崎クンは、映画は好き?」


「好きですよ。詳しくはないですけど、けっこう好きな方だと思います。先輩は?」


「わっ、ワタシ? えーっと普通かな」


「え? 普通なんすか?」


「んっなんか変かな⁉」


「やー別に変ではないですけども」


 会話の流れからいって、映画が好き→ワタシも→どんな映画が好き? というよくある会話の応酬を自然と思い浮かべていたからだ。


 ふと、話のタイミングと提案の仕方を見ていて何となく先が読めた陽馬だった。


「……竜崎クンは、ちなみにどんな映画をよく見るのかな?」


「そうですねぇ。一番多いのはアクション系ですかね。特にアメコミ映画とか。マーベルならほとんど見てますし、ⅮⅭもチラホラって感じです」


「へ、へー……? そうなんだね」


「そうなんですよ!」


 途切れる会話。いつもの陽馬なら「先輩の好きな映画は?」等と返していたことだろう。


「えーとね、あ、ワタシもけっこう映画好きでさ」


「え? 先輩さっき普通って言ってませんでした?」


「あ……。そうだね、普通、普通にね、普通に好きって意味だよ、うん」


「へぇ~、先輩、映画好きなんですね!」


「そうそう、けっこうね、まあまあ普通に好きだったかな、そうそう」


 淡泊かつ快活に返事を返す陽馬は実に爽やかな笑顔をしていた。埒があかないと思ったのか、すず子が新名に耳打ちする。やや時間あってインプットと覚悟が完了したらしい。


「竜崎クン!」


「ハイ! なんでしょうか先輩!」


「ジェンガの罰ゲームとして君はワタシと映画を見に行くのだ明日の一時だ分かったか⁉ 君に拒否権はない何故ならこれは罰ゲームであり罰ゲームの内容は負けた者は勝った者の言うことを聞く、というわけだからだ!」


「そうなんですね~。罰ゲームじゃあ僕も行かないわけにはいきませんね~」


「そ、そういうことだ」


 新名は映画に誘う口実にジェンガを持ちかけてきた、というわけだ。唐突な話題の振り方を見て彼女の反応からおおよそは予期できていた陽馬であった。


 もう少し先輩に意地悪をしてみたくもあったが、今でもうあっぷあっぷに見えたので勘弁しておく。


『先輩って俺のこと好きなんですか?』と聞きたくなるほど誘い下手だったが、さすがに陽馬もまだこれは聞くことができない。


 桃花の時と違って新名亜里沙という人間は上手でないだけで正常なコミュニケーションだと感じる。陽馬としても、その質問はまだ度が過ぎたことだと思った。


 ほどなくして本日は解散となった。おそらくこの後は新名とすず子で明日の映画デートに向けて作戦なり準備なりをするのだろう。ここ連日の二人のやり取りを見ているとそんな気がする。


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『六王連合』死者蘇生×古代の王×パーティ結成 ワイワイにぎやか冒険譚 こっちも連載してますので、良かったら読んで下さいませ。
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