3話 鈴木華子からのご指名
戸村教諭が促して二人の転校生が挨拶をする。
「山田花子。よろしく」
ツリ目の背の低い方は山田花子と言うらしい。陽馬は驚愕した。田中に太郎とつけるようなものではないか。そして、勘違いではないであろう山田花子からの熱烈な視線を受けていた。
続いて「鈴木華子です。よろしくお願いします」と、タレ目の方が自分の名前を明かした。陽馬も続けて驚愕した。山田に太朗とつけるようなものではないか。
鈴木華子も山田花子と似た真っ直ぐな隠す気もない視線を陽馬に投げかけてきている。
しかし対照的な二人だと見比べた陽真は感想を抱いた。
ツリ目の山田は背が低く、本当は中学生ですと言われても驚かない幼さを残している。髪は金髪ツインテール、気の強そうな猫っぽい雰囲気だ。
大して鈴木は背の高さこそ巳月や吹雪に及ばないが、顔つき、雰囲気、声、態度、全てが大人びている。
高校生というよりは大学生もしくは新卒一年目の社会人です、と言われた方がしっくりくるほどセーラー服が似合っていない。髪が一つ結びのポニーテールなところも山田とは毛色が違うというはっきりした印象を持った。
波乱の予感がする。いや、陽馬にとってはもはや確定した未来のようにも思えた。
長めのホームルームが終わり、いくつかの授業が過ぎていく中、陽馬は新クラスの新たな環境の中で友人関係のイニシエーションは行わず山田・鈴木の観察に務めていた。
新学期の初日などは大抵スタートダッシュが肝心でその時の印象が概ねグループ形成に繋がってくるわけだが、その辺りは別に太平が居れば何とでもなる。今の陽馬にとってはどう考えても転校生の二人の方が重要事項だったのだ。
山田も鈴木も太平の掴んでいた噂通り、容姿に恵まれた方だった。クラス内でも良く喋る明るい面々が男女を問わず二人を中心にして小さな輪が生まれている。
「混ざってこねーの?」
二つの輪を行ったり来たりしていたコウモリこと太平が陽真のところに寄って来る。この男はどこにでも顔を出す割に敵を作らない。そういった人間関係についての処世術があることを陽馬は知っている。
「よくぞ戻ったエージェント・タイヘイ。報告を聞こうか」
「ラジャー、別にお前のために諜報活動してませんが報告いたします。二人とも可愛いです。以上!」
「クソ無能エージェントが。そんなんどうでもいいから様子を話せ」
「ん~、やま子の方が男子人気ありそうかな。トゲっぽいところあるから女子からは嫌われるかも。すず子の方は顔だけおっとり系で中身はけっこうピシッとしてるっていうか、なんか今は固いっていうか、無理してます感を感じるね」
「やま子? すず子?」
「山田花子と鈴木華子だから、やま子・すず子」
「もうあだ名つけたんか」
「まだ浸透はさせてないけど、同じ転校生だし見た目がデコボコなのが逆にかっちりハマるっていうか、金のやま子・銀のすず子のネーミングで流行らせようかなって」
「またしょうもない遊びを……。そういや五〇〇円窃盗犯くんもそろそろ許してやんないと学校来なくなるぞ」
「そりゃあアイツが俺の五百円を返してくれたら許すよ」
太平には妙な影響力があり、彼の流したあだ名や異名は瞬く間に広がる。ちなみに五〇〇円窃盗犯くんこと林田は太平とマックに行った時に五〇〇円を借りたらしいのだが、その後なんのかんのと理由をつけ借金を踏み倒し続けたため太平はついに報復に打って出たのだった。
「新しく二年生になったからね、こういう変化の時期にこそしっかりあだ名を定着させてやんないとな。五〇〇円あったら月曜から金曜まで毎日いちごオレが飲めるんだぜ? 俺は徹底抗戦を貫く!」
あだ名の流布で戦うとは小癪な奴だな、と陽真は思ったが多感なる高校生時分に金を返さないやつと大勢から呼ばれるのはかなりキツイだろうとも思った。
「……話が逸れたな。やますずの様子で他に――」
キーンコーン、と予鈴が鳴ったので話は打ち切りだ。
去り際に「そんなに気になるなら話してみればいいんじゃん?」と言って、太平はひらひらと自席に帰っていった。
それも一理あるとは思ったが、ただ何となく陽真にとって手放しで喜べるような事柄ではない気がしている。
二年生の初日、その日の最後の授業が終わり、ホームルームも終わって放課後が訪れた。
クラスの生徒たちは部活動や新たなグループを形成してさっそく遊びに出かける者など、三々五々と教室から捌けていった。
ちなみに太平は生徒会と放送委員会と新聞部という驚異的な掛け持ちをしており放課後は大体の場合忙しくしている。
陽馬はと言うと帰宅部だが、家の近所にある古武術の道場に通うかなりマイナーな放課後を過ごしていた。
「思ったより波乱は無かったな」
教室のドア開け廊下で行き交う生徒の流れに混ざろうとしたところ、ジャンケンの声が聞こえてきた。
それが中々聞くことのないような威勢のいい声でやり取りされており、自然と注目する。
「ハイ私の勝ち。じゃあ約束通り消えてね」
「は~? なんか今の後出しっぽかったんですけど?」
「ハイハイ、約束は約束よ。おうちに帰ってあやしい魔術でも研究してなさいよ」
「アンタまじでムカつく、次あたしの番だからね、卑怯な真似しないでよね」
やま子とすず子だ。
お互いが牽制し合っているような妙な緊張感が流れていた。陽馬が自然と今朝のことを思い出す。この二人は転入以前からの知り合いなのだろうか。
あまり仲が良くは無さそうだが、昨日今日で出来上がった関係性というわけでも無さそうに見える。
二人の間柄について陽馬は何か引っかかりを覚えるのだが、とは言えここでズケズケと聞き出すわけにもいかない。その場を去ろうと背中を向けかけた時だった。
「竜崎くん、ちょっといい?」
鈴木華子から呼び止められる。
「学校を案内してくれないかしら?」
陽馬が想像していた内容より遥かにまともな話だった。
「……。いいけど、委員長とかに頼まないの?」
「そうなの? でも誰が案内したって同じことじゃない? だったら私としてもこの学校で一番初めに知り合った竜崎くんの方が頼みやすいし、ご迷惑じゃなければお願いできない?」
知り合った、と今朝の一件をまともなコミュニケーションに数えているのは些か乱暴だが、提案内容自体はまともだ。
「……いいよ。俺でいいなら」
陽馬が話を受けた。
鈴木には学校案内の他に何か目的があるのだと思うが、まあ別に取って食われるわけでもなし、いったい何の用なのか好奇心もある。
さて、案内といってもどう案内したものか。とりあえず各学年の集まる教室棟から渡り廊下に出て文化部の部室塔まで行くか、陽馬が頭の中で校内地図を引く。
いま現在二人の居る二年一組の教室は校舎の端にある。二年一組から二組、三組……と廊下を進み階段を降りれば渡り廊下のある一階だ。そのルートで向かうことにした。
学校案内中の二人連れが会話もなしに歩くのはおかしいだろうが、陽馬はわざわざ口を開くことはなかった。
用があるのは鈴木華子のほうだ。なにか聞きたいならそちらからアクションを起こすだろうと待った。
一組の教室を過ぎ、二組の教室も過ぎ、三組も中ほどにの頃に鈴木華子が喋りかけた。
「竜崎くんって確か科学部の部員よね?」
前を行く陽馬の歩みが遅くなる。
「……誰から聞いたの?」
「誰だったかしら? 忘れちゃった。でも科学部員なのね?」
「……あぁ、そうだけど」
「ということは、やっぱり科学に少しくらいは興味があるってことよね」
「まぁ、そうかもね」
陽馬が科学部の幽霊部員だということを知っているはごく少人数だ。
別に隠しているわけではないが、おおかたの生徒は帰宅部の認識か、もしくは道場通いを知っているだけで、科学部の所属を知る者は巳月、太平、吹雪くらいだろう。
太平が話したのなら別におかしなことではないが。
「鈴木は科学部に興味があるわけ?」
「それはもう、興味しかないと言っていいくらいよ」
意外なほど熱のこもった口振り。ジョークには聞こえなかった。
「へえ、そりゃ意外な感じだ」
意外も何も、そもそも陽馬は鈴木のことを何も知らないわけだが、鈴木華子のさらりとした顔立ちを見ていると何かに打ち込むタイプの人間には見えない気がしたのだ。
「そうね。今までも、あんまり科学者然とした人には見られなかったわね」
「それは前の学校の科学部にいた時の話?」
「そんなところ。のめり込むと周りが見えなくなって衛生観念が抜け落ちるような人も多かった。それを見ていた私は反面教師にしたのか潔癖症になった」
これは自己紹介なのだろうか? 独特なマイペースさで話す奴だなと陽馬は内心首を傾げる。
「せっかくだし科学部の部室まで案内してくれない?」
陽真が了承する。何となく、科学部以外の場所を案内する必要はなさそうな気がする。
三組の教室を通り過ぎ、階段を降りる。途中すれ違う生徒の何人かから視線を感じた。校内の人間模様にアンテナを張っている生徒なら転校生の噂を仕入れている者もいるだろう。
太陽と月の双子、その片割れである竜崎陽馬も知名度がある方なので目で追われても不思議はない。
「鈴木はさ、山田と知り合いだったの?」
陽馬の気になっていたことを聞いてみた。鈴木は何とも複雑そうな顔で言う。
「知り合い……っていうほど深く知っているわけでもないけど、知ってたことは知ってたわよ。とんでもなく危険な奴。竜崎くんも絶対に信用しないでね」
なんじゃそりゃ、陽馬の興味が湧いてくる。
「危険って、何やらかしたの?」
「目的のために手段を選ばず、汚いことも平気でやる奴よ。人理から外れてもお構いなし」
「なにその、噂の傭兵部隊みたいな紹介」
「傭兵、言われてみるとそうかも知れない。とにかく山田花子には気を付けて。何から何まで私欲しかないような人間なの」
「ふーん。そういう鈴木はどうなの?」
「私? 私はいつも建設的な未来のために頭を悩ませてる。これまでずっとそうだったし、今もそう。人類のより良い進歩のことを考え続けてるの」
人類、進歩、映画以外の生の声でこの角ばった表現が使われるのを久々に見た気がした。
山田花子の方に向かって「鈴木ってどんな人?」と聞けば「イカれた科学者」と返ってきそうだ。ますます二人の関係性が気になる。
知り合いと言うほどは知らないそうだが、とはいえ浅からぬ関係を想像してしまう。