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24話 今日と同じ太陽が、また明日も登ればいいのに

「うわ、とは随分な挨拶だねぇ、竜崎陽馬くん」


「おまえ相変わらず喋り方キモいね。卑怯凡作くん」


「僕の名前は右京(うきょう)秀作(しゅうさく)だッ!」


 卑怯凡作、もとい右京秀作は被服研究部の副部長にして陽馬と敵対するファッション過激派のリーダーであった。


 元は陽馬も服好きが集う被服研究部に何度か遊びに行っていたりしたのだが、この右京とその一派たちとは馬が合わず、ここのところはあまり顔を出していない。陽真が所持しているお気に入りのレアスニーカーについて何度か揉めたこともありお互いに犬猿の仲といった間柄である。


「すげえ服の着方だな。俺ならそんなふうには着ないってか、恥ずかしくて着れないね」


「今日の僕の全身が総額いくらか知っているか? まずこのスポーツジャケットは19SSのシュプとナイキのコラボ物だ! 一〇万超えだぞ! それから――」


「別に説明せんでいい。全部有名なコラボ物ばっかりじゃねーか。見りゃ分かる」


 陽馬の審美眼に寄る話をしよう。陽馬は服を着ることについて常々こういう風に考えている。服は自由に着てもいいが、気合わせの放棄で自由を叫ぶ輩の大半はダサい、と。


 ファッションには格好がよく見えるルールが確かにある、と陽馬は考えている。使う色は三色までにするとまとまりが出ること。


 サイジングに無頓着であればどんなに素晴らしい一点物でさえ着られている感じが出てしまうこと。パーカーという一着をただ並べてみても生地の分厚さの違い、着た時のフードの立ち具合で見栄えは大きく変わるのだ。


「右京、お前の着てるスポーツジャケットは確かに名作だ。だが、お前の服の買い方は服を見て買っていない。評判だけだ。皆が騒ぐからカッコイイと思って買ってるだけだろ? もっとちゃんとアイテムそのものと向き合えよ。流行ってるから買う、話題になってるから買う。そういうやつが一番ダサいんだよ。五年後もその服を着てるか? おまえのその今だけ流行ってるアトムみたいなブーツ、そんなもん履いてられるの今だけなんじゃないのか? 自分がない奴ほどダサいもんはねーぞ?」


「だったらお前は! 無地の白Tにデニムでも履くがいいさ!」


「そりゃ夏だったら全然ありだろ。ヘビーオンスの白Tと名作のジーンズ、足元は定番の白スニーカーで十分だ。一つ一つのアイテムをしっかり考えて何を買ってどう合わせるか、その違いで見せるのがファッションだ」


「フッ、相容れないな。皆が羨む物を身に着けてカッコ悪いわけがない」


「成金の海外ラッパーでもお前よか何倍も服の着方は考えてる。名なしで実もない奴がやったって痛いだけだよ。目ぇ覚ませ」


 平行線である。両者とも自分の意見を言うだけで、相手から共感を得られるとは微塵も思っていない。さて、ところで見渡すほど広くもない部室で中に居るのが右京だけ、というのが気になる。


「それで、おまえ何しに来た? 巳月とか他の皆は?」


 よくぞ聞いてくれました、と右京は口の端を吊り上げて笑う。彼がタブレット端末を取り出して画面を見せてくる。画面の中には見慣れたスニーカーとリアルタイムを知らせるためか置時計時計が映っていた。


「……はぁ? これ、俺のスニーカーかよ」


 机に置いていたシューズボックスがない。部室に人が居たのでわざわざトイレにまで持っていく必要はないと思ったからだった。


 右京とはこのスニーカーの事で何度か揉めている。何かに理由をつけて譲ってくれだの何だのと、それで喧嘩になったこともあった。ついに強奪の強硬策をとったのか、陽馬はもはや何も言わず拳を固めて詰め寄る。


 最短距離、大股で歩いて右京の胸倉を掴むと鶏の首を絞めたような声で「待った」が掛かった。


「待て! 待て待てぇッ! すぐ暴力に走ろうとするなこの野蛮人が! 僕が無策でこんなことをすると思ったか⁉ 竜崎、お前が道場に通っててちょっと強いことくらい知ってるんだよ。映像は続きがある、このまま見てろ!」


 映像の続きに思わず目を見張る。スニーカーに寄っていたカメラが徐々に引いていくと、部屋の中には巳月、桃花、新名が順番に映りこむ。


 しかも全員が猿ぐつわと目隠しをされているのだ。一瞬で怒りが沸騰してこのまま殴りつけようかと思ったが、映像をよくよくみれば猿ぐつわはゆるゆるで、落ちないように自分の口で咥えており、目隠しも桃花のものは半分ずれて片目が見えそうだ。


 体も一応はロープで拘束しているようだが、縄を二回ししたくらいでいつでも抜けられそうである。おまけに三人がどこかの教室でボーっと突っ立っているのだ。


 意識不明で床に寝かせられているならともかく、この絵面はシュール過ぎる。ついでに言うなら、やま子とすず子の手を搔い潜りこれを達成することが如何に難しいか。右京とその取り巻きが寄ってたかったところでどうこう出来る話ではないはずだ。二人はどこに行ったのか。


「あの……。なに? 何をやってんの?」


「見て分からんかヴァカめ! 人質というやつだ!」


 人質、一応は陽馬の認識と合っていたようで逆にほっとする。あまりに杜撰なのでもっと別の、意味の分からない悪趣味な儀式でも始まるのかと恐怖したからだ。


「スニーカーと人質は部室棟のどこかに監禁している。一〇以内に辿り着くことが出来たら無事に返してやるさ」


「なんで俺がそんなことに付き合わなきゃなんねーんだよ? 今ここでお前のことボコボコにしてやろうか? それが嫌ならどこに居るかさっさと吐け」


「フン、竜崎よ。単細胞の暴力魔人である君ならそういう手でくると呼んでいたさ! 僕はね、背水の陣で今ここに臨んでいるのだ。覚悟が違うのだよ……映像はまだ続いているゾッ! 見たまえッ!」


 巳月たちから離れ、映像がまたスニーカーに寄っていく。履き皺、汚れ、紐の結び方を見る限り、陽馬のスニーカーと見て間違いなさそうだった。カメラが更に寄っていく、スニーカーの吐き口をクローズアップして映され、スニーカーの中に水風船が詰められていることが分かった。


「……俺のスニーカーになに入れてやがる」


「あの水風船は僕のお手製爆弾さ、中身はケチャップが入っている。僕が合図すれば即座に起爆して君のスニーカーはケチャップまみれだ」


 この阿呆をどうにかして八つ裂きにする方法はないものか。陽馬は怒りが臨界点を突破して真顔だった。怒り過ぎるとどんな顔をしたらいいか分からなくなる。ただ、感情がもたらす交感神経の働きによって瞳孔だけが開いている。


 情報の少ない表情の中、目だけを爛々とさせて睨むその姿の迫力に、右京が思わず一歩退いた。


「右京、おまえ覚えとけよ? このクソ下らねえゲームが終わったら一回マジでシバき回しててやるよ。結果がどうあれ足腰立たなくなるくらいの覚悟はしてきてんだろうな?」


 叫ぶでもない淡々とした声が余計に恐ろしい。


「……覚悟の上だ。……竜崎がここを出たら一〇分のタイマーを作動させる。僕に電話を繋ぎながら監禁されている場所を探せ。手違いで起爆されたくないだろ?」


 陽馬は肩越しに右京を睨んだまま科学部の部室を出る。


「スタート!」の声と共に弾かれたようなスピードで廊下を駆け抜ける。全力疾走だ。


 一〇分あればジョギングペースでも2キロメートルは走れる。部室棟は四階建てでそれなりの広さがあるが、全ての廊下を合わせたとしても距離にして1キロメートルもない。教室の中を確認する手間はあるが十分に間に合う。


 走りながらでは思考が鈍るが、どうにか現状の分析をしつつ、ひとつ、ふたつ、と教室を確認していく。


 部室棟は一般の教室棟と違って、廊下の窓際に物の置かれた部屋が多い。


 室内で部活動に励む文化部は物が多いのか、窓越しで中を確認できないこともある。


 言っているそばから天文学部は惑星のポスターを張っていたので教室のドアを開けて中を確認せねばならず、失礼を承知でノックもせず頭を突っ込んだ。


 勢いよく引かれるドアと、必死の形相で覗き込む陽馬に何事かと中に居た部員が驚くが、ざっと見渡して異変はなかったので「失礼しました!」とデカイ声で叫んで天文学部を後にした。このお騒がせの代償も含めて後で右京へし返さないと気が済まない。


 再び走り出そうとしたところで不意な衝撃が横っ腹へ刺さる。体重の乗った一撃に陽馬の体が流れ、廊下の壁に押し付けられる。一体なにがと思って確認すれば右京一味の者がサスマタを構えて陽馬の胴を捉えているのだった。


「てめぇ、このキンタマ野郎……!」


「いつも言ってるけど、俺は近田(きんだ)(まこと)だ! 時間切れまでここで張りつけになってもらう!」


 時間制限が一〇分では簡単すぎるので、そういうことかと陽馬が納得する。妨害込みでの設定時間というわけだ。あの場で言い出さない右京に対してまた怒りがこみ上げてくるが、今は自分に向けられたサスマタを掴んで思い切り振り回すことで発散する。


「キンタマが俺を止められるわけねーだろ! 引っ込んでろ!」


 道具を用意されようが一対一の腕力勝負で負けるわけはない。

 サスマタごと近田を突き飛ばして先を急ぐ。


 一階の教室を全て確認し非常階段を駆け上がり二階の部室棟に到達する。陽馬の予想は科学部の部室から一番遠い四階のどこかだと思っているが、裏をかいて二階や三階が監禁場所ということもあるかも知れない。


 一〇分という制限時間の長さを考えればスタート地点からはなるべく遠ざけたいと思うのが通常の心理だが、思い込みで四階をあたって外せばタイムロスが怖い。着実に一階ずつ上がってしらみつぶしに探していく方が賢明だと思った。


 二階に入り三部屋調べたところで「ハルくん?」と陽馬を呼ぶ声がした。この呼び方をする者はそう多くない。一瞬だけ桃花のことが頭によぎったが、呼び止めたのは吹雪だ。


「どしたの? 小学生くらい本気で廊下走っちゃってるじゃん」


 管楽器を手にしているのでこれから部活の練習なのだろう。


「悪い! いまちょっと立て込んで――」


 言い終わる前に思い直す。


「巳月が右京に監禁されてる! 時間がないから詳しい話は後で! 吹雪は三階の部室棟を順番に見ていってくれ! 三階の部室棟の全部の部屋を順番にだ! 頼めるか⁉」


 時間がない中で吹雪へ最低限の説明をする。彼女なら了解してくれると思った。巳月の一番のファンである彼女ならどれだけ忙しくとも、どれだけ突発的で突拍子がないことでも血相を変えてくれるのではないか、陽馬の認識はアタリだった。


「三階の全部の教室だね⁉ 分かった!」


 楽器を置いて「巳月~っ!」と叫びながら走っていく姿はさながら映画のワンシーンのようだった。


 まさかこの速度で信じてくれるとは、そして即座に行動を起こしてくれるとは、吹雪の中での巳月という存在の重さを少し恐ろしくも思いながら、陽馬は二階の探索を続けようとしたその時、またもあの衝撃がやってくる。今度は背中からだ。ガンでなはくガガンっと衝撃が二連続で続く。振り向けば思った通り増えている。


「キンタマとそれから……」


「近田真だ!」


「今度は ただいま か!」


(おか)絵里(えり)だって言ってるでしょ!」


 岡も絵里も別に何もおかしくもない名前だがついフルネームで呼びたくなる名前だ。フルネームで呼ばないで、と言う本人の希望に従い「ただいま」というあだ名をつけてみたのだが、これがすこぶる気に入られていない。


「ただいまキンタマごときで俺を止められると思うなよ!」


 一瞬の衝撃にたたらを踏んだが、体勢が整えば撃退は容易い。キンタマはひょろひょろで、ただいまは女子だ。よく鍛えている陽馬の膂力に敵うはずもない。二人掛かりもなんのその、サスマタを二本とも取り上げて彼方の方向へ放り投げる。


「おらァッ! 取って来い! アホ犬どもが!」


 道具がなければ戦闘能力皆無の二人が陽馬と組み合うなど不可能だ。キャンキャン言いながらサスマタを取りにいく奴らを尻目に捜索を再開する。監禁場所まで辿り着くだけのシンプルなゲームだが、当事者の陽馬はせわしなく思考を巡らせていた。


 いま投げたサスマタだが、廊下の窓を開けて下に落とした方が良かっただろうか。だが、窓を開けてガラスを割らないように長物を通し、下に人が居ないか気にしながら落とすのはタイムロスが痛いかも知れない。


 取り上げた段階でサスマタを破壊してしまおうかとも考えたが、握ってみた感覚からそう易々と破壊出来そうな感じはせず、すぐ思いついた投擲こそがやはり最善だったように感じる。


 二階の教室も全て調べ終えたが目当ての部屋は無かった。


 残すところは三階と四階だ。三階の方は吹雪が先に調べてくれている。サスマタで邪魔された時間も考えればもう吹雪が調べ終わっていてもおかしくない。一瞬だけ合流して情報交換すべきと判断した。


 三階に上がる非常階段の途中で三人目の刺客が現れる。


 外階段のここは空が見え、夕暮れに差し掛かる赤みを帯び始めた太陽を背に、大男が立っている。彼のその名は「くそっ、金剛丸か!」だ。


 サスマタを二本構え陽馬を見下ろすその姿、名の厳めしさも相まってまるで武蔵坊弁慶と対峙しているのかと錯覚する。ガタイの良い陽馬と並んでも頭一つ分は高いので一九〇センチはあるかも知れない。ちなみに金剛丸はあだ名ではない。


 フルネームで金剛(こんごう)丸武(まるたける)だ。これほどまでに名が体を表した奴もそう居ない。


「観念しろ竜崎。この狭い階段ではお前でもどうにもならんぞ」


 一段ずつ慎重に降りて距離を詰めてくる金剛丸。陽馬が牛若丸なら非常階段の手摺を飛び交いながらかわしているところだが現実はそう簡単ではない。


 足を踏み外して三階から落下すればただ事ではない。だが、ここで足止めを食らっている間も時間は流れているのだ。あまりもたついていたら近田真と岡絵里がやって来て挟み撃ちに合う。どう突破するか考えていると金剛丸の背後から吹雪が現れたのだった。


「ハルくん! 三階は全部見たけど巳月は居なかった!」


 助かった。三階を調べてくれたこともそうだが、この位置、このタイミング、この角度なら使える手があると閃きを得る。


「吹雪! お前パンツ見えてるって!」


 金剛丸が反射的に振り向きかけ、いや待て、と罠に気付いたようだったがもう遅い。陽馬の握りしめた拳が敵の金的を強烈に叩く。


 声にならない声をあげ階段の半ばで金剛丸がうずくまる。


「弁慶の泣き所は向こう脛だが、金剛丸の泣き所は金的だったようだな!」


 高らかに笑う陽馬だったが「それは誰でもそうでしょ」と吹雪が冷静にツッコミを入れていた。「てかパンツ!」と思い出して少し赤面し怒り出す。陽馬は手を振りながら「見えるわけねーだろ、注意引くためのブラフだよ」と平然と答える。


「ホントにぃ? ホントに見てない? さっきちょっと風強かったし本当に見えたかもって」


「悪いけどあんま吹雪とイチャイチャやってる暇はない。俺はこのまま四階を探すから、吹雪はここで上がってくる奴ら足止めしといて!」


「それは、まあいいけど……」とどこか納得していなさそうな吹雪だったが、指示には従ってくれるようだ。去り際に「何色?」と聞かれ、つい「黒」と答えてしまう。


「やっぱ見てるじゃん!」と恥じらい混じりの怒声が飛んでくるが、もう走り出している陽馬にはあまり関係のないことだった。


 一階から四階まで廊下と階段を全力で走り抜け、途中何度かサスマタの刺客を退け、さすがに息が上がってきた。だが、あと少しだ。時間を確認してもまだ4分以上ある。


 右京の手下は、近田真、岡絵里、金剛丸武の三人だけだ。位置的に陽馬を追いかけていたのだから向こう側の非常階段から現れることはない。このまま手前の教室を順番に調べていけば確実に制限時間内に間に合う。


 四階に上がって廊下に出れば見慣れたシルエットが二つ駆け寄ってくる。


「「誰から助けるの⁉」」と、仲が悪いくせに台詞は息ぴったりのやま子とすず子だ。


「ちょっと待て、お前ら無事なのかよ!」


 やま子とすず子が簡単にしてやられることはないと思っていたが、まさか四階の廊下でぴんぴんしており、しかも何が起きているか事態を把握しているらしいのは不自然だ。


「いいから、誰から助けるの⁉ 桃花さんに決まってるよね⁉」


「いいえ違うわ! 亜里沙さんでしょうここは! ゼッタイ亜里沙さんから助けるべきよ!」


「待て待て、何なんだ急に? それよりお前ら二人とも知ってるならさっさと助けにいけばいいだろ? なにやってんだ?」


 科学部の部室に一〇〇人が押し寄せたとしても、やま子の魔術とすず子の科学があれば物の数ではないだろう。何がどうして拉致されたのか理由を聞けば歯切れ悪くシラを切るのみだった。二人に案内されて監禁場所の教室前まで行く。どの教室か判明しているなら尚の事だ。


 中に入れば映像に見た通りの光景が広がっていた。机の上に陽馬のスニーカー、それから少し奥、椅子に座って拘束された巳月、桃花、新名が居る。本当に雑な縛り方で、目隠しもさるぐつわも、体に巻かれたロープですらすぐに解けそうだった。


 ひとまずはスニーカーの無事を確保したい。三人そっちのけでスニーカーの吐き口から水風船を取り出していると、音に気付いた三人が陽馬を察知してモゴモゴと叫んでいる。


 そんなに発声が不能になるほど口に深くかまされていなさそうだが、雰囲気が大事なのかな、と陽馬は友好的に解釈してあげることにした。


 いったい誰から助けるんだ、と。やま子&すず子がやいのやいのと陽馬に言うが「じゃあ、同時に助けりゃいい。やま子は桃花ちゃん、すず子は新名先輩、俺は巳月の縄を解くから、それでいいだろ?」と言って巳月の目隠しに手をかける。


 拘束は思っていた以上に緩かった。縛っているというより輪っか状のタオルが目のところにたまたま留まっていた、というくらいゆるゆるだった。


 陽馬としては半ばバラエティ番組をやらされている気分だったが、目隠しをとった巳月の顔、その潤む瞳を見てぎょっとした。


「巳月? ……大丈夫か?」


 泣くほど怖い目にあっていたのか。状況から見て拘束されていた三人は少し悪ふざけの意味を持って参加していると思っていた。陽馬が親指の腹で目尻を払う。すると巳月がガバッと立ち上がり抱きついて叫ぶ。


「勝ったッ!」


 助かった。ではないのか。ニュアンスを少し間違えているような気がするが。


 巳月は抱き着いたまま顔だけ後ろへ向け、桃花と新名に勝ち名乗りをあげる。


「見たかお前ら! このぽっと出ヤロウども! わたしとあんたらじゃ過ごしてきた時間が違うんじゃい!」


よほど興奮しているのか男泣きしながら巳月が喋り続けた。


「言っただろ! 陽馬は絶対にわたしから助けるって! 誰が一番大事にされてるか、これで白黒ついたからね。身の程わきまえろよなァ! 本当に! 同じ時間、同じ場所で生まれて!同じご飯食べて一緒の家で今まで生きて来てんだよこちとらよお!」


 何となく、陽馬にもオチが見えてきた気がする。号泣しながら「陽馬~!」としがみつくように泣く巳月の頭を撫でながら落ち着かせる間、桃花と新名に話を聞く。


「これ……もしかして、いわゆるドッキリ企画みたいなやつ?」


 陽馬が先に巳月を助けたのがよほど不満だったのか、桃花は顔をプイと背けた。答えたくないという意思表示だろう。心なしか頬も膨らんでいるような気がする。代わりに新名が答えてくれた。


「まあ、その~、自作自演ってやつだね」


 やっぱり、と陽馬も納得だ。本当に監禁するにしては縛り方が緩すぎるし、そもそも、やま子とすず子を排してそれを達成するのがどれほど難しいか。おまけに二人して捕まっていることも捕まっている場所も知っているのだ。だったら助けろよ、という話である。


「三人が捕まった時、俺が誰から先に助けるか~、みたいなことをやりたかったってこと?」


「……竜崎くんのおっしゃる通りです。……怒ってる?」


「企画自体には怒ってないけど、スニーカーは――」


「あ、それは大丈夫!」


 スニーカーは、と言いかけた陽馬の目の色を見て、新名があわてて弁解する。


 何と、水風船が仕掛けられた人質もといモノ質のスニーカーは未来の科学技術、3Ⅾプリンターで作成したスニーカーだったのだそうだ。一応、見分けられるために中敷きの裏に【PACHIMON】と印字してあるのだとか。こんな履き皺や汚れまでも完璧に再現してしまうものなのか、陽馬が念のため中敷きを取り出して確認すれば確かに【PACHIMON】と書かれている。陽真の所持しているスニーカーには当然こんなものは記されていない。


 ちなみに【嵐を呼ぶ! 陽馬は誰を助けるの⁉ ドキドキ・スニーカー大作戦★】と名付けられた今回の騒動は巳月の考案だそうで、被服研究部の陽馬と敵対している過激派へスニーカーを餌に釣ればすぐに協力してくれる、という話を面白半分で桃花も新名も、それからやま子とすず子も乗ったのだった。


「勘弁してくれよ……。偽物だったとはいえ、走り回ってる間はマジで焦ってたんだからさ」


「それに関しては本当にいらぬ心労を与えてすみませんでした。でも竜崎くん、わたしら三人が捕まりましたって言っても絶対信じてくれないだろうし、動いてもらうためにも、動かざるを得ない状況を作らなきゃいけなかったんだよ、ごめんね」


 結果として別に何の被害も被っていないので、もうたいして腹が立っているわけでもないのだが、杜撰とはいえ、この大掛かりな作戦には単純に驚かされた。


 望む結果は得られたのだろうか。巳月は嬉し泣きするほどに、おーいおいおいと未だに涙がちょちょぎれているが、桃花は……。


「……ハルくん」


「はい、なんでしょうか。桃花ちゃんさん」


「どうして巳月さんから助けたんですか?」


「ハイ。まー、なんていうか、何となくでしょうか?」


「では何故なんとなくで、わたしから助けてくれなかったんでしょうか?」


 明確に不機嫌だ。駄々をこねていると言った方が的確かも知れない。こういう時の桃花は言葉で落ち着かせるのが非常に困難なことを陽馬を知っている。言葉より行動で、そう思ってひとまず手でも握ろうかと手を伸ばしたがパシッと思い切り拒絶される。


「なんですか! 触らないでくださいこのシスコン野郎! そんな、ちょっと触ってやったらいいんだろ、みたいに! わたしは亜里沙さんみたいに都合のいい女じゃないんですからね⁉」


 なんで急にワタシが攻撃されてんの、と新名は思った。


「とりあえず今度すっごく高いパフェとか奢ってくれないと許しませんからね!」


 桃花の剣幕に押されて渋々頷く陽馬。言い訳だの言い分だのはいくらでも考えついたが、誰かが感情を爆発させている時は黙って「ハイ」と頷いておくと一番おさまりが良かったりするものだ。


 後処理、主には、泣く巳月の世話と怒る桃花を穏便になだめながら下校時間まで時間が流れていく。両者どうにか落ち着いてくれて、全員で帰路につく。


 赤々した夕日を見て陽馬が今日を振り返ってみれば、放課後の一幕はギャグシーンでしかなかったはずだ。


 だが、いつの日か誰かを選ぶ時が来たのなら、その時はこんな騒がしさを持って幕を引くことは出来ないかも知れない。何を経て、誰と居るのか、そう遠くない未来に迫る決断の時、陽馬は納得して決められるのか。


 部活帰りで混む校門の人波に混じり、今日の日に終わりを告げる太陽が世界を照らす。


 今日はまだその時ではないにしても、いつか来るその日のために、一体いつ考えればいいのだろうか。


 今日と同じ太陽が、また明日も登ればいいのに。あるわけのない、そんなことを考えながら、陽馬は自転車を押して皆とお喋りを続けるのだった。


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『六王連合』死者蘇生×古代の王×パーティ結成 ワイワイにぎやか冒険譚 こっちも連載してますので、良かったら読んで下さいませ。
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