23話 未来の科学防御アイテムと魔術の敵殲滅術式
非日常を極めたあの日から数日が経ち、表向きは日常を過ごしていた。
やま子が言っていたあの台詞。
「白化の炙りで見られた側は、他人に自分の中を見られた感覚が残る」という言葉を聞いて、後で巳月にどれほど怒られるだろうか覚悟していたのだが、肩透かしを食らうこととなった。
陽馬たち五人が意識を取り戻した後、その一時間後に巳月は目覚めたのだが、赤面した後しずしずと自室に行って何時間か籠り、その後は部屋から出てきて割かし普通の態度で接してきている。今までよりかは幾らか落ち着きというか、素直さのような物が生まれ、聞き分けが良くなったくらいだ。
ちなみに、陽馬以外の四人は目が覚めた時点で巳月のもたらはずだった混乱から逃がすため、早々に帰ってもらった。
学校で巳月が他四人と鉢合わせた時は息を飲んだ陽馬だったが、それも杞憂だった。内面をまるっと知られてしまったからか、もはや隠すこともない巳月は妙にフレンドリーに接するようになり、陽馬抜きの五人で会話に花を咲かせている姿を見るまでになったのだ。人生万事塞翁が馬、結果オーライというやつだろうか。
現にいま科学部の部室で、きゃあきゃあ言ってはしゃぐ輪の中には巳月が居る。巳月のためにもこれは間違いなく一歩前進だ。実感がじわじわと広がる。その一歩が自分から離れていく妹の歩みだと気付いた時は、どこか寂しさを感じた兄なのであった。
一際大きな歓声が上がったので、陽馬が興味を惹かれスマホから顔を上げる。すると女子たちの輪の中に銅像が立っていた。
「……なに作ってんだ?」
「校長先生の銅像、二宮金次郎バージョン」しれっと巳月が答える。
たしかに銅像の姿は二宮金次郎だ。薪を背負い、片手に本を持ち、歩きながらでも勉強をする姿は勤勉の手本として教科書か何かで見た記憶がある。陽馬の通う小学校にも校庭の端っこ立っていたので身近なものだった。だがこの二宮金次郎は顔が校長先生の物だった。
「なんて気持ちの悪いもんを作ってんだ……」
少年の顔が勤勉に打ち込むから絵になるのだと知った。中年も終わりかけ、初老と呼び始めるような歳の人が薪を背に勉強をしている様は何とも言えない切迫感に満ち複雑な気持ちになる。校長先生の顔がまた、唇を真一文字に引き結び眉間に皺まで寄せた険しい表情なのも味わい深い。
「こんなもん作ってどうすんだ」
新名が「中庭に銅像あるじゃない? あれの横に置いて増やしてみようかなって」と悪戯っぽい顔で言う。確かに中庭には白い太陽と題された銅像がある。どこの学校にでもありそうな空に手を伸ばす若者の銅像だ。
桃花が吹き出す手前の顔で「急に銅像が増えてたら面白くないですか?」と言う。
しかも、増える銅像は二宮金次郎フォルムの校長先生の銅像だ。
「学校にさ、校長先生の銅像ってフツーないじゃん? 初代の校長先生とかなら分かるけどさ、それがニノキン版でしかも今の校長先生ってヤバくない?」巳月が笑いを堪えきれず後半は喋り辛そうにしながら言うせいで、つられて陽馬も吹き出した。このイタズラが実行されれば学校の七不思議にノミネートされること間違いなしだろう。
赤褐色のブロンズ像を少しでも面白くするために皆でブラシ掛けする。一通りブラッシングが終わったら刷毛を使って艶出しのワックスを塗り込み、乾いたクロスで磨く。磨けば磨くほど面白い。なんせみるみる間に校長がツヤツヤと光を照り返していくのだ。
「ちょっと見てください……こっのォ、おでこのとこ、ものすごい光ってます……」桃花が校長の額を指さすだけで皆が耐え切れなくなってしまう。室内灯だけでこの光り方だ。真昼の日光の元ではどんなに素晴らしいだろうか想像が止まらない。
「コイツこんな難しそう顔しながらツヤツヤ光っちゃってんのヤバくない?」
「別に元からツヤツヤじゃないから、ツヤツヤにしちゃったの俺らだから」
いったん笑いのツボに入ると何をしても面白くなってくる。
陽馬の個人的なウケた大賞は、
巳月がコーヒーを注いだビーカーを校長の口元に当て「キリマンジャロはコクが違うね」と似ていない声真似をしたのが銀賞。
新名が「このハゲ!」と叫びながら、禿げていない校長の頭を叩くギャグが金賞だ。
ひとしきり笑った後でこの精巧なブロンズ像をどうやって作り出したのか気になって聞いてみた。いち高校生が工具もなしに部室でこんな物を作れるわけがない。
「これです」
と、おおかたの予想通り、すず子の扱う未来技術ガジェットの仕業だった。
幾何学的な模様が施されたビー玉にしか見えないが「見ていて下さいね」と言って使い方を実現してみせてくれる。
玉の表面にあるボタンを押すとレーザーポインターが照射され、部室の端に寄せてあった椅子の背もたれに赤い点がポチっと表示されている。
「いきますよ」
すず子が玉のボタンをまた押すと、今度は赤いレーザーの筋が可視光線となって床に照射される。何が始まるのかと思えば、レーザーが通ったところに何かが出来始めた。これは、
「もしかしてこれ3Ⅾプリンターか⁉」
「えっ、ハルくん知ってたんですか?」
「知ってんの? 陽馬ってけっこうオタクっぽいところあるからなぁ」
桃花と巳月は陽馬が知っていたことへ驚き、小さな拍手を贈っているが、別に未来ではなくとも3Ⅾプリンターは現代にもある技術だ。
ビー玉サイズのコンパクトさで、モデルスキャニングを行えて、実体出力や出力の素材がどこからきたのか等、色々とあり得ない進歩の仕方をしているが大本の出来ることが変わらないため気付けたのだ。
「逆に二人とも知らなかったのかよって感じだけど、まあ桃花ちゃんは例外か」
「そっ、そんなハルくん! やめて下さい、もぅ、こんな皆が見てる前で……」
「ゴメン、何がどれに該当したのかちょっと分かんないわ」
巳月が「サカってんじゃねぇ! この色ボケ後輩ブタが!」と言いながらまあまあ強めに桃花の腹の真ん中を殴る。かなり鍛えられている桃花でもなければ、みぞおちを完璧に捉えていたので悶絶していただろう。
パンチが当たる瞬間に「ヒュッ」と息を吐いて腹筋を固める桃花を見るとそう言えばこの色ボケ後輩ブタは物凄く体術ができる人だったな、と思い出す陽馬だった。
「巳月、いまのは桃花ちゃんがキモかったから別にいいけど、普通の人にそのレベルのパンチしちゃ駄目だからな。新名先輩とかに絶対すんなよ?」
「分かった。亜里沙ちゃんにはしない。絶対に亜里沙ちゃんにはしない。うん。ゼッタイに亜里沙ちゃんのお腹を殴ったりしない。亜里沙ちゃんのお腹を殴らないって、絶対に誓う」
「何でそんな何回も言うの⁉ 逆に不安になるよ! 絶対ワタシのお腹も殴るやつだよ!」
「大丈夫、亜里沙ちゃんのお腹を殴らないから信じて! 本気で思いっきり殴るから、ああいや、違う違う。殴らないから、うん」
「ほらもう出ちゃってるよ! はみ出しちゃってるもん、殴り欲が! 絶対ワタシは無理だからね⁉ そんなん耐えらんないからね?」
「でも新名先輩、俺に言ってたじゃないですか? 都合いい女でいいからって、そういうことじゃないんですか?」
「どういうこと⁉ 都合よすぎるだろ! サンドバッグになれってか⁉ ワタシに⁉」
聞き捨てならないワードにきっちり反応する巳月。
「おいおい亜里沙ちゃん、なに? そんなこと言ってたの? なにそれぇ? 花も恥じらう乙女が言っていい台詞じゃないよねぇ? 不健全すぎない? これは腹パンものだよね?」
じりじりと距離を詰める巳月、雷でも鳴ったみたいにヘソを隠しながら後退する新名。すると後ろからヌッとすず子が現れて言う。
「亜里沙さん、ここは私が」
心配そうにする新名を自分の背後に隠す。相手が代打ならこちらはピッチャー交代か、巳月がやま子に視線をやり、洋画で見るようなキザったらしいジェスチャーを送ると、やま子もやま子で腕を組みながら静かにコクリと頷いた。
「山田さん、生半可な気持ちで打ってこないほうがいいわよ?」
「あっそ。それじゃ、アンタのどてっぱらに穴が空いてもいいってわけだ」
バチバチと空中で視線が交差し、見えない火花が散るような緊張感が生まれる。不思議な物で、二人が真剣な顔をして対峙するだけで、河川敷で起きたドッカンバトルのような危うい雰囲気が漂ってくる。耳を澄ませば異音が聞こえてきそうな、というか本当に異質な音が聞こえてくる。
すず子の方はモーター音とPCに高負荷をかけた時に聞こえてくる排熱ファンの音がしており、やま子の方はどうしてか分からないが拳を握りしめる程に固い金属をこすり合わせるようなキンキンとした高い音が響いている。
たぶん、未来の科学防御アイテムと魔術の敵殲滅術式のようなものを準備しているのだろうが、うっかり教室を吹き飛ばれてもたまらないので流石に陽馬が止めに入り、この場は一旦流れることになった。
すず子とやま子が誰の目もないところで揉め始めた時は、付近にクレーターが出来るかも知れないな、と恐ろしい想像が陽馬の脳裏へ浮かぶ。さすがに二人もそこまで考えなしではないだろう。
そう思いたい。
陽馬が用を足しにトイレを向かうため輪を外れて部室の外へ出る。ドアを閉める直前、巳月が皆と話す姿が目に入り、嬉しさと共に一抹の寂しさを覚えた。これから先、妹は自分からどんどん離れていくのだろうか。いつまでも自分の傍にいる必要はない、色んなところで色んな人たちと関わって良い経験をしてくれるよう願うばかりだ。
用を足し終え、出すものを出せば今度は逆に補充したくなった。購買部横の自販機に足を延ばし、グループラインで皆になにか飲みたい物がないか聞く。
「……既読なし、と。まあいいか」
話が盛り上がればスマホを見る暇なんてないのだろう。自販機に着いてしまったので自分が飲むペプシの五〇〇ミリ缶だけ買って部室に戻る。
ふと違和感を覚えた。
女が五人も集まれば大抵はうるさいもので、廊下に出た時も黄色い声が聞こえてきていたのに今はやけに静かだ。連れション文化圏の人たちでもないので全員でトイレということもないだろう。
ドアを開けた先の光景に陽馬は思わず「うわ」と嫌そうな声を出した。




