12話 どこの世界にこんな美しい石が存在すんじゃい!
慌ただしい土曜が過ぎ、陽馬も自己整理のため日曜は特になにも予定を入れず、近所をブラブラと散歩したり、近くの河原で巳月と一緒にキャッチボールなどをしてのんびりと過ごした。
月曜が来ればまた慌ただしい日常が始まる。未来の話などに比べればあまりに平和に尽きることかも知れないが、そうは言っても月曜の朝と言えばどこの家庭も忙しいものだ。
それは竜崎家においても同じことで、特に親の不在がちな四月のこの時期については食事の支度なども自分たちでやらねばならず、陽馬は朝からせっせと働いていたのだった。
米は前日から予約炊飯していたのでもう炊けている。
フライパンで簡単にウィンナーと玉子焼きを作り、ポットで湯を沸かしてインスタント味噌汁を作れば朝食の完成だ。今朝はなんとなく腹が減っていたので納豆を追加してご飯をおかわりしようと思い、極小粒の納豆をネリネリしながら巳月を起こす。
「起きろ、巳月。今日はご飯と味噌汁と玉子焼きとウィンナーと」
朝に弱い妹を足で蹴って起こしながら手では納豆を練っている。
「……それから納豆だ」
寝ている人間を最も手っ取り早く起こす方法は嗅覚に訴えることだと何処かで読んだので実践してみた。特に人が嫌がる臭い匂いだと効果が高いそうだ。
「……っだァッ! くっさ! やめろバカ!」
事実なようだ。
「いい加減おきろ。メシ食う時間なくなるぞ?」
「もー……フツーに起こしてよぉ……」
「フツーに起こしても起きないからなぁ」
朝の務めを終え一階に降りて台所に戻った。茶碗と汁椀に注げば完成、というところでインターフォンが鳴る。こんな朝からどこの誰が何の用でと思って玄関を開けると一年生の後輩女子が居た。
「……桃花ちゃん? どした? こんな朝から……」
「良ければ一緒に登校……エプロンしてるじゃないですか! ちょ! もうあざといなぁ!」
「えー……そんなに刺さる? エプロン姿って」
「もぅ~やめて下さいよ、そんな不意打ち。写真とっていいですか?」
「別にいいけども、てか家ん中はいる? 朝メシの途中だったんだよね」
「えっ、いいんですか? ……ハルくんってけっこう大胆ですよね」
「まあ桃花ちゃんと違って一切の他意はないから安心もといがっかりはしないでね」
陽馬が桃花をダイニングに通すといつの間にか寝床から這い出てお茶碗を手に持った巳月と鉢合わせる。一旦、静かに食器を置いてこう言った。
「さっそく来やがったな! この泥棒猫が!」
一切ひるまず桃花は言ってのけた。
「そんなに邪険にしないで仲良くして下さいよぉ~。お義姉さん」
「陽馬、ダメだコイツ! 物凄くあざとい! あざとすぎる! いま絶対、義理の姉でオネエサンって言ってたよ! 見えたもん! ルビが振られてるのめっちゃ見えたもん!」
「まぁまぁ落ち着けって、そんな朝からワッショイわっしょい騒ぐんじゃねーよ。いいんだよ桃花ちゃんは、もうね、ああいうキャラなんだから仕方ないんだって」
「バカ陽馬! 絶対そのうち搾り取られるよ! あんな人の姿したサキュバスみたいなやつ、家に入れないでよ!」
言うに事欠いてサキュバスとは失礼にも程があるが思い起こしてみればあながち外れてもいないので「確かに」と言ってしまう陽馬。
「え~ひど~い」と甘ったるい声で泣き真似をする桃花。
そんなこんなの朝餉の風景であった。
三人で家を出た時も巳月はぷりぷりと怒り続けていた。
「なんで朝っぱらから押しかけて来るかなあ。どうせ学校でも理由つけて陽馬んとこ通ってんでしょ? 放課後も道場でよろしくやってんでしょ? 朝くらい静かにして欲しいっていうか、フツー家の外で待つのが礼儀ってもんじゃない? ねぇ陽馬! そう思うよね!」
「えーん、お義姉さんがいじめてきますぅ。ハルくん助けてぇ~?」
右腕を巳月に引っ張られ、左腕は桃花の胸のあたりで抱かれるようにして引っ張られる。歩きにくいことこの上ないが、悪くない気分だな、とのほほんとしていたら、玄関の先、門の外では新名がおどおどしながら待っていたのだった。
「おはよう、新名先輩。まさか先輩まで家に押し掛けるとは思いませんでした」
「お、おはよ竜崎クン。ごめん、鈴木さんが行った方がいいって言うからつい……迷惑?」
「構いませんよ。すでに両手に花でして、いまさら一輪増えたところで困りません」
「この泥棒猫ども!」
「聞きました? いまハルくん、わたしのこと花に例えてくれましたよね?」
「いや聞いとるわ! てか全員のことだから! そんで陽馬もそんなホイホイ調子いいこと言うなよ、なぁーにがスデニ両手ニ花デシテだ! 詩人か、お前は!」
「や、やめろ巳月。お前だけ路傍の石に格下げするぞ!」
「バカか! どこの世界にこんな美しい石が存在すんじゃい! ダイヤモンドの比喩か!」
騒がしさの極致のような朝の中、一人だけ輪に入れず、わたわたと所在なさげにしている新名をみてひっそりと癒されている陽馬であった。ちなみに喧噪はこれで終わりではなかった。
四人になって門を抜け、少し歩くと金髪の二つ結びと黒髪の一つ結びが睨み合っているではないか。言うまでもなくやま子とすず子である。
「おいおいおい、お前らまで居るのかよ。もう朝から勘弁してくれ、カロリーが足んねぇよ」
いまにも掴み掛ろうかといった二人に一応は理由を聞いてみる。
やま子いわく「クソガキ」と言われ、
すず子いわく「オバサン」と言われたのだそうだ。
ここで桃花と新名から解説が入る。
やま子は年若くも才能に溢れ最年少で基礎課程魔術を修めた天才だそうで、対するすず子も飛び級で名門大学を卒業しエリート研究員としてキャリアを積んでいる優秀な人材なのだった。ちなみに歳は、やま子が14で、すず子が22だそうだ。
「なるほど、だからか。すげー幼いなっていうのと、ぜんぜん制服似合ってないのはそういうことだったのか」
二人から物凄い剣幕で睨まれるが、ふと思い至ったことがあって二人に聞いてみる。
「ところで、やま子。お前って魔術が使えるんだよな?」
「……そりゃあ当然、使えるよ」
「すず子も、未来の科学ガジェットとか持ってたり?」
「……まあ、はい。持ってるわよ?」
「二人で戦ったらどっちが強いわけ?」
その言葉によって対決のカードは決定したらしかった。