11話 偉大なる開祖にして極光を冠に戴くただ一人の俺
いったい何を話されるのか、陽馬が少し覚悟をしていると、聞かされた話はこうだった。
「まず、私の話からするわね。私は極光国という国の出身なの。他のどんな国よりもずっと強大で先進的、その国の国有企業に勤め、重力波の研究をしていたの」
きょっこう国? 聞いたことのない国名にすぐ口を挟みそうになったが、ひとまず話を聞くという約束だ。陽馬が身振りで続けるよう促す。やま子の次はすず子が話した。
「アタシは孤児だった。三国国境の地域で、ついでに言うとスラムの生まれで、どこの国の人間なのか親が誰かもよく分かってない。そのかわりアタシの背景は宗教が与えてくれた。魔術正教、三大宗教よりもっと大きな世界最大の宗教。そこの審問会に所属してる」
魔術正教?
また聞き慣れない団体が出てきた。
キリスト教よりも大きい宗教があったとして、なぜそんな知識を陽馬が知らないのか。
またバトンが渡され、やま子が喋った。
「重力波の研究によって、私たちはとある物を完成させた。過去未来への旅行を可能にする、最先端科学、その技術の粋として、タイムマシンの開発に成功したのよ」
本気で言っているのか。極光国、魔術正教、おまけにタイムマシン。今日に見るはずだった映画の話でもされているんじゃないかと思いたくなる。
「タイムマシンは明確に目的をもって作られた代物だったわ。過去の改ざん。改ざんした過去が未来へと影響を与え、政治や思想……。
特に、宗教をコントロールする、そのために出来上がった。タイムマシンを使って過去に遡るプロジェクトは、僅かな調整を行えば実行ができる最終段階にまで進んでいたわ。
とても順調だった、敵対する魔術正教の工作員に邪魔されなければ、ね」
すず子が、忌々しそうに視線をやり、やま子が続きを話した。
「工作員っていうのはアタシのことね。過去であれこれして勝手なことしようとする極光国の連中のところに潜り込んでたってわけ。
極光国が過去の改ざんで何をしようとしたかって言うと、いま現在の国家元首の結婚相手、それを決めてしまおうとしていた。
極光国の元首と、魔術正教の教祖は同一人物なの。科学と魔術の最大派閥、そのトップが同じ人だった」
やま子とすず子が、陽馬を真っ直ぐ見て言った。
「竜崎陽馬は、神秘の時代にあった魔術を復活させた天外魔導士、三〇億人の教徒を有する世界最大宗教、ハル魔術正教の偉大なる開祖」
「そして」と、話者はすず子に変わる。
「最先端で旗を振る時代の先導者でもある。南極大陸を人の住める土地に作り変え国を拓いた。頭上に降るオーロラの光を冠に戴くただ一人の王、極光国が元首、竜崎陽馬なのよ」
手を突き出して「待った」をかける陽馬。いったい何から聞けば良いのか。
「ちょっと待ってくれ。映画の話でもしてんのか……。とりあえず、とりあえず何だ? やま子とすず子は、未来人ってことでいいのか……? てか、そのふざけた名前も偽名か」
二人が頷いて返す。
「私も山田さんも、本来の名前を言ってしまうと竜崎陽馬の未来に影響を与えてしまう可能性がある。……本当は今話した内容も伏せたままにするはずだったけれど、不信感を持たれたまま避けられるより、いっそ開示してしまった方がいい、という話になったのよ」
「……魔術ってなんだよ? 俺はそんなもん今の今まで触れたことないぞ」
これに関しては桃花が答えた。
「鷹司の道場で、ハルくんが日々おこなっている稽古が魔術の修行の下地になっています。鷹司家は藤原氏嫡流の五つある華族のうちの一つで、私の先祖は陰陽五行思想を学んだ、現存する数少ない魔道を継いできた一族になります」
「……極光国ってのは? 南極は世界的な条約で誰のものでもないはずだろ?」
これについては、またすず子が説明する。
「たしかに南極は多国間条約で領土の主張が認められていなかったわ。
でもね、裏を返せば極光国がそれを上回るほどの力を有していた、ということよ。……科学的な調査は認められていたから、そこを元にして南極という大きな陸地に人の住める領域を増やす実験が行われた。
極光国の大元はそこから始まったのよ。まあ、既成事実と事後報告を用意周到かつ超大規模のグレーゾーンでいったわけよ」
「……それで、桃花ちゃんと新名先輩の未来での扱いは?」
「亜里沙さんは、極光国のNo.2、元首の筆頭補佐」
「桃花さんは、魔術正教の教皇のすぐ下の位階にある枢機卿」
「……つまりは、俺は、未来でデカイ国とデカイ宗教そのふたつのトップをやっていて、そこの二番目に偉い新名先輩と桃花ちゃん、そのどっちかと結婚するか分かんない状況になってると?
それで、やま子とすず子の二人はタイムマシンで俺らのいる現代にやってきて、自分とこの勢力を拡大できる人を選ばせようとしてる……ってわけだな?」
陽馬の理解が合っていることを四人が頷く。やま子とすず子だけでなく、未来の花嫁候補として、新名も桃花も自覚があるということだ。陽馬は話の壮大さに頭が痛くなってくる。
未来で南極に居る自分、魔術の修行をしている自分、国を拓く、宗教を興す、途方もなく大きすぎる言葉の数々。
実感はまるでない、やがて訪れる遙かなる時空の先、その手触りはいかほどか、話に熱中するあまり握りしめられたその拳、いつかやって来る何を掴み続け到達したのか。
気が遠くなる一方で、確かに、陽馬の中には衝動のように湧き上がる喜びもあった。
「主人公なら、どうするか。俺は、未来の俺も、自分の心に正しく従い続けたらしい」
独白のような台詞だった。清濁併せ吞むような、白くも黒くもあるような言葉だった。
「……いつか、大きなことがしたかった。映画の主人公でもいいし、漫画の主人公でもいいし、善でも悪でもいい、とにかく大きくて、誰にも真似ができないような人生に憧れた。
そのために、主人公とはどうあるべきか、そういう小学生が考えるようなことをずっと心に秘めて生きてきた。……まさか、今日ここで答えを知れるとは思わなかったが」
竜崎陽馬が他者と比べ抜きんでた才能があるというのなら、それは、道場で磨いた喧嘩の腕ではなく、科学部で聞いた知識や雑学でもない。
何十万人という人を束ね一つの目標の元に集わせたその手腕、説得力。傾聴させる力。
第六感のようなカリスマこそが彼の才能と言っていいのかも知れない。
「……よし、ま、とりあえずは分かった。腹落ちまではしてないけど。やま子とすず子がやってきて何をどうしようとしているか目的が知れてよかったよ。俺は別段かわらず、日常を過ごせばいいってことだな!」
陽馬の中では処理が完了したのか、一人でパッと明るくなって話すのだった。
「さーて、と。それじゃあ映画館に戻るか」
陽馬を除き全員の目が点だった。まさか当初の予定通りに映画を見るとは誰も毛ほども思わない。今日のところは現地解散が妥当だと、五人が何となくそう思っていた。
「早めに来といて正解だったな。もうチケット買っちゃってたし、勿体ないもんな」
「行こうぜ」と、さも当然のように席を立つ。このあたりの強引さ、我が道を行く姿勢こそが未来の姿の片鱗なのかも知れない。
言うまでもないが彼以外は映画の内容など頭に入ってこない。
再度このファミレスに集まって感想の交換会をするのだがイマイチ盛り上がらず「なんでお前ら揃いも揃って映画のこと覚えてないんだよ」と少し怒った口調でひとりだけヒートアップしている陽馬なのだった。