弟子ができる
子どもが目を覚ました。
「おいお前、今日から俺の弟子になれよ───ブフッ」
「イチゴお前はいきなり過ぎなんじゃーー!!!」
頬っぺたをとてつもない速度と力でビンタされ、家の扉へと吹き飛ばされた。
《《偶然にも》》開いていた扉により、吹き飛ばされた俺は何にも当たることなく一直線に家の外へ出ていった。
「いっててて………なぁにすんだよ爺ちゃん!」
「阿呆かお前は……いいか、このガキをよく見てみぃ!怯えているじゃろう!?目を覚ましたら突然大声で訳の分からないことを叫ばれて驚かないわけがないじゃろ!」
ブルブルと身体を震わせながら俺と爺ちゃんを交互に見ている。
「爺ちゃんも………驚かせちゃってるんじゃねぇか……?」
「えぇ……?」
─────
ひとまず全員心を落ち着かせるために、この森で採れる薬草数種類を混ぜ合わせたお茶を飲んだ。
「「ゴクゴク…………ふぅ……」」
「ゴク………」
「ぃやぁ……心身全てが癒されるのぉ〜」
「ほんとだな、爺ちゃん……」
穢れた心が洗い流されると、人は仏のように穏やかに何も考えられなくなるほど落ち着ける。
「ほんでぇ……あれ、何じゃったかのぉ………」
ボケたジジイかのように話題が全て頭から抜けてポカンとした表情をしている爺ちゃん。
「あ、あのっ……」
ほんわかな雰囲気が漂っている中で、子どもが声を発した。
「お前、話せるのか……?」
「人間の、それも10年ほど生きた子であれば会話くらいできるじゃろ……。おっほん、さてワシらはお前さんについてどうするかを話し合わねばならんのじゃ。状況をどのくらい理解できておる?」
「あっ、えっと………森で意識を失っていた私を、ここまで運んでくれた………?」
「その通りじゃ、よく理解できておるな。さて、そこにいるガキはワシの弟子なんじゃがな、こいつがどうもお前さんを弟子にしたいとほざいておるのじゃ。だが、その前にまずはお前さんについて知っておく必要がある。………なぜ人間の子がこの森で意識を失って倒れていたのか、詳しく聞かせてもらえるか?」
口調こそ優しい爺ちゃんのままだが、その表情はこれまで数少ない場面でしか見たことのない怖いものだ。
つまり、今の爺ちゃんは真剣モードに入っている。
「……その、記憶が曖昧でなんで私がこんな所にいたのかは、よく……分からないです………」
「ふむ、何もお前さんを責めたいわけではないから楽に聞いてもらって構わない」
「……はい」
「この森はただの木と木が生えてできている森とは大いに異なっていてな。特殊個体が多く生息しているし、多くの種族が共存している森なんじゃ。ここらに人里は有りはしない。ワシの知る限り、最も近いところでも徒歩で十日、ワシでも一日はかかる。だからこそ気になるんじゃ。お前さんがどうやってこの森に入ったのか。凡人はこの森で二日と生きてはおれん」
爺ちゃんの言う人里には一回だけ行ったことがある。
俺と同じ人間をこの目で見るために五泊六日の修学旅行で、爺ちゃんと行った。
その時は二日かけて村まで行って、一日滞在してからまた二日かけて帰ってきた。
帰路の道中で珍しい特殊個体を爺ちゃんが見つけて、その場で俺の臨時訓練が始まって一日費やした。
爺ちゃんが本気出せば一日で着けるということは、俺と行った時は手を抜いてくれていたってことだったのか。
「………直近で思い出せる記憶だと、父親と街の外へ出た時のことです。その日は、なぜか突然父に呼び出されて、理由を聞かされないままついて行きました。その後の記憶……あまりありません」
「そうか………となると、考えられるのは鳥野郎の下っ端がお前さんを食うために攫ってここまで飛んできた、というのが一番有力な説だな」
「いえ、私は両親と仲がとても悪いので、おそらく父は私を捨てるために呼びつけたんじゃないかと……」
親子間のトラブルというわけだ。
実の親が子を殺そうとするのは人間でも他の種族個体生物でも同じなんだな。
「爺ちゃん、考察が思いっきり外れてるぞ」
「………その、お前さんの父親はそれなりの腕利きということか?」
「はい。少なくとも私では手も足も出ませんし、王都でそれなりに名の知れた実力者だと言えるかも知れません」
「そうか、だとしたらお前さんの言う話の可能性が高いな。お前さんを森に捨てて去ったということか」
「……だと思います」
いつの間にか爺ちゃんの真剣モードは終わっていた。
「さて……まぁここからが本題とも言えるんじゃが、どうだ、お前さんはこいつの弟子になる気はあるのか?言っておくがこいつはワシの弟子じゃ」
「爺ちゃん圧かけ過ぎだよ。ちょっと引かれてる」
「おぉ………それはすまん。それでそれで、答えはどうじゃ?」
「えっと、強くなれるのでしたら………ぜひお願いしてもいいでしょうか」
とても同い年とは思えない、丁寧なお辞儀をして見せた。
今日この瞬間から、俺に弟子が、爺ちゃんに孫弟子ができた。