扉
2009年の夏、僕らは子供だった。全ての扉が出口だった。
家の中でのかくれんぼでは、小さい窓から屋根の上に体を出して隣の家に屋根に登って行った。どこまでも行ける気がした。みんなが集まる場所が憩いの場であり、どこでも自分たちの世界を始めることができた。たとえ自分たちより背の高い塀に囲まれた空き地でも、乗り越えて行った。太陽は味方で、日車が僕らを包んで守っていた。風は僕らの背を押した。足は軽く、どこまでも駆けて行くことができた。
朝が待ち遠しかった。眠れない夜は相変わらず長かったが、苦しくはなかった。夏の日差しが窓からカーテンの隙間を縫って顔を照らすと、陽気な一日を始めることができた。毎日が新しかった。言葉よりも先に身体が動き出していた。青空はどこまでも続いていて、すれ違う人みんなに「おはよう!」と声を掛けながら自転車を漕いでいた。急な坂道も一番重いギアで駆け上ったあとは、足を広げて車輪の回転に身を預け、光を反射する木々の緑を目の端に映しながら、いつまでも続いていく楽しく長い熱されたアスファルトの道を駆け抜けていった。
学校が終わると駆け足で家に帰り、ランドセルを放り投げると身軽になったその体で自転車にまたがりいつもの公園に向かう。僕よりも遅く学校を出た生徒たちを追い越しながら狭い小道を進んで行った。
友達がサッカーボールを持ってきて、僕はテニスボールを持ってきていた。ボール一つさえあればいつまでも遊んでいられた。
帰り際、自転車の鍵をなくした。後輪を持ち上げながら歩いていく帰り道は、ひたすら長かった。いつまでも終わらないかのように思えた。
会社へと向かう道には、信号が三つある。青信号が続くと5分で着いてしまう。赤信号を期待しても軽快に変わっていく信号は僕を会社へとスムーズに移動させる。心とは裏腹に足取りはいつもの調子で体をオフィスへと連れていく。三つ目の信号に差し掛かると、会社は目の前だ。視線を上げると太陽に照らされたビルが煌々と照らされている。ガラスの窓に反射した光線が目に飛び込んでくる。強く睨まれるような日射はアスファルトを通して至る所から痛めつけてくる。
最後の信号を渡る。会社の扉が開く。僕の存在に反応して自動ドアが開く。僕を拒むこともなく自動的に開く。びくが開けようと開けまいとそこに立てば開く扉。選ぶことはできなかった。18時を過ぎて21時かそこらになるともう一度ここを通る。その時の僕が何を思うのかは、その時の扉に任せようと思う。疲れた。何かを考えたり、思うことは疲れることだ。もうだめだ、へとへとだ。
会社に入っていくサラリーマンを見つめる警備員は、自販機で朝のコーヒーを買うために憂鬱な財布から現金110円を取り出そうとポケットに手を入れるところであった。警備員に資格が入らないということを彼にとって都合が良かった。新卒で入った印刷会社を鬱になり入社1年と三ヶ月で辞めた彼にとって、社会復帰のためのリハビリに他者とのコミュニケーションが必要にならない仕事にありつけたことは幸運なことだった。シフトに入っているオフィスには何の思い入れもなかった。
だから、うつ伏せになって倒れたまま自動ドアに挟まれている人を見た時も、さして感想はなかった。彼の労働が始まったのであり、コーヒーをジャケットのポケットに入れると、どうやら意識のないらしいサラリーマンに声をかけつつ、彼を抱き抱えて取り急ぎ空調の効いたひらけた空間に彼の体を運び入れたのだった。マニュアルにはなかったけれど、およそ妥当であるだろう対応を済ませると、上司に報告を入れて、警備室から椅子を取り出してくるといつもとは違う場所で、オフィスに入ってくる人たちを迎えるのだった。