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 ブラインドが下された窓から、特徴的な三角屋根のコンサート会場が見える。貧乏ゆすりが伝わってくる二人で一つのデスクには、整然と並べられたモニターが等間隔に並ぶ。この窓から見える空はいつも曇っているのが、窓の汚れのせいではなく7階全体に広がっている淀んだ空気が原因であることが判明するには、どれだけ科学技術が発達しても足りないだろう。

 ハラスメントだと認識されるような下手は振る舞いをする勤め人ならこの会社に正社員として長く採用され続けるということは困難だろう。巧妙な手口で人格を攻撃してくる上司の技量に立ち向かうことのできるドンキホーテはいない。ステルスで人格を攻撃される時、後になってそれが攻撃だったと気づくのである。

 日本の新入社員には一日中怯えて過ごしコミュニケーションをとることもできず社会よりも会社を会社よりも上司を上司よりも他者を他者よりも自己を嫌悪するようになる日々を送って欲しくはないのだけれど、多くの新入社員が酷く辛く苦しい絶望の一年を送るということを予測ではなく知っているのである。クソ見たな社会で生きていくためには光り輝く自己をクソに同化させ適応させていくことが必要なのである。光り輝くクソよりも前に醜く臭く嘔吐する存在に自らを適応させていくためにはとにかくクソであることに集中していくことだ。クソとともにクソのようにクソのためにクソをするのである。東西南北老若男女皆全糞尿の世で「然り。クソよ、私をクソと呼べ。クソどものために!」というわけである。コールミーシット。


 トイレには窓がない。あるのは便器とトイレットペーパとシステムだ。どんな立場のどんな肩書きの人間もクソをする。糞資本主義社会において便所を起点としたイノベーションが近いうちにあるだろうと多くの人々が言っている。

 会社には叫ぶ場所もない。煮え切らない思いを言語化せぬままそのエネルギーを音エネルギーに変換するために行われる叫びの行為。世界に存在するエネルギーの総量が変わらないのであれば、人間の心のうちに溢れる負のエネルギーを全て叫びという音エネルギーに変換することがさして難しいことのように思えないのは、それが誰にでもできることだと確認しているからで、愛し合うことや対話するなどよりも一人で完結する行為だからこそ全ての人間に開かれた可能性のある世界を再構築するための行為だと思っている。

 人はセックスをする時に叫ぶのであり、愛は囁くのである。なぜ囁くのかと言えば、愛というエネルギーを叫ぶという音エネルギーに変換してしまっては愛を保持していくことが困難だからである。愛は発散するものではない。意志を叫ぶのはそのネルギーを他者に伝播させていくためである。叫ぶことにベクトルはいらない。対象はいらない。叫びによって主体が再帰されることはあるかもしれないが、目的や意図やあるべき姿とあるべき姿に向けての現時点の自分とのギャップを課題として捉えて解決にめくて何ができるのかを戦略的に考えることもいらない。

 Fの家の窓は小さかった。ほとんど密室だったと言っていい。たとえ彼が大きな声で叫んだとしても家の中を反響して終わっただろう。その声は坂の下の通りを歩く人には聞こえなかっただろうし、耳を傾けていたとしてそれは言葉ではないのだからコミュニケーションとして認識されることはなかった。

 小さい窓は曇りガラスで、外から見ると中の様子ははっきりとは見えなかった。中で人が殴られているようなシルエットや蹴りを入れている影が映し出されてもそれらは影ぼうしのようにぼんやりと映るだけだった。


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