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天井

⬛︎⬛︎⬛︎

 天井まで続く本棚を初めてみたのが友人宅のトイレに向かう渡り廊下だったことを思い出したのは、Fが社会人になりガスライティングを仕掛けてくる上司のもとについてから六ヶ月が経ったある秋の夜だった。

 Fが友人の車で音楽フェスに向かうため、友人宅に寝泊まりしたその一日は、Fにある気づきを与えた。自身の享受する豊かな環境と生まれが幸福だったこと。幸福を感じ取る心を育むことができなかった不運が、彼自身の人生に深く根を下ろし哀しみの元凶となっていたことだ。

 彼は初めて、本棚とレコードと芸術と観葉植物と団欒とに溢れた家で一日を過ごした。その家の中にある物には、物以上の価値があり物語があった。たとえ同じ物がFの家にあるとしても、それは実用性ゆえにそこに置かれているに過ぎなかった。

 Fの家は真っ白だった。外壁は白く、壁紙も白かった。加えて、その家は坂の上にあり大きかった。坂の上にはあるものの、そこから下を眺めるよりかは眺められることが多く、大きさの割に窓は小さかった。

 Fの家には、およそ趣味といえるような物がなかった。コスパだけがものさしだった。Fの部屋も3歳上のFの兄の部屋もなかった。四人家族が住まうのに十分なもの全てが揃っていた。Fの家にある本といえば、『バカの壁』『夢を叶えるゾウ』を筆頭にそのほか雑誌や名言集などが雑然と並んでいた。

 どの物にも思い入れがなく、物がたくさんあったこと以外に何も思い出せなかった。

 テレビが家族の中心だった。テレビの場所を決めた後に、ソファ、食卓、勉強机、衣装棚が決まった。いつでもテレビが流れていた。ほとんどがバラエティ番組だった。家には、テレビから流れる笑い声で溢れていた。笑顔の絶えない画面が映されていた。アメトーク、ロンハー、めちゃイケ、探偵ナイトスクープ、ゴッドタン、あらびき団。

 夜中ベッドの上で友人の顔を照らしていた物がポメラだと知ったのは、社会人になりパソコンを新調しようと家電量販店に行った時のはずだ。什器の上に置かれた小さなポメラを見た時ではなく、ポメラの存在を知り家に帰ってからポメラを含めて各種パソコンを精査していた時だったかもしれない。Fの家にポメラはなかった。誰もその存在を教えてくれなかった。

 日記に限らず継続的に何かを制作し続けるには持続的な制作環境が必要だと気づかせてくれたことに感謝こそしないけれど、いわゆるクリエイターと呼ばれる人たちには創作を始める熱意や衝動のほかに、それを続けるだけの資本がなければならないということを、大学で学んだ社会学をそのまま鵜呑みにして社会をとらえる視点以外にもまさに自分自身が経験したこととして、文化的な資本がそのまま具現化された存在として天井まで続く本棚を体験することができたのは、Fにとってやはり重要な出来事だったに違いない。

 檀家からの年会費と葬儀などに関わるお布施は、人がいる限り決して無くならない事業であり彼らの事業には税がかからないのであるから、それだけ金銭的余裕があるのも頷けることだった。学校は、異なる出身階層の者が交流できる稀有な場所であったと思うのは、社会人になってからであった。学校ではとりわけ家族の存在は隠されている。少なくとも、Fにはクラスメイトがどんな家でどんな暮らしをしているかわからなかった。会社に行けば、そこには自分と似たような学歴と風体と淀んだ目を目をした人々が同じような格好で過ごしている。

 白いオフィス、白いデスク、白い天井。役職付きの人間が座るデスクは、前方に並んでいる。必要最低限のモノしかない。働くために必要なもの以外は何もなかった。何もなかった。

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