聖装のヴァルキュリア特別編 ~港町でおつかい~
本作は幻邏様に描いていただいた『FA:とある日常(迷子阻止)』を元に執筆しました。
時系列的には『聖装のヴァルキュリア』第7章以降となりリンシアが転生者であることは周知の事実となっています。
「え?おつかい、ですか?」
ナダ共和国の首都ノウムベリアーノ。
レム家に居候している私は奥さんであるフリーダさんからおつかいを頼まれた。
「ああ。今夜は魚料理にしようと思うんだ。丁度今の時期だと『マガロ』が水揚げされるからさ。ちょいと人数分買って来てくれよ」
「マガロ……」
転生者である私、リンシアにとっては初めて聞く名の魚だ。
まさかマグロだろうかと思考を巡らせるが流石に幾ら大食漢のレム家でも一人当たり一尾食べるなんて真似はしないだろう。
「だいたい50cmくらいの大きさの魚でな」
フリーダさんは手で魚の大きさを示す。
彼女はものの長さなどを正確に測れる目を持つので恐らく本当に50cmで示しているのだろう。
「アロエ酒蒸しにすると美味いんだよ」
「アロエと……」
よく転生した先で前世での知識を使って料理をしたら『すげぇ、革命だ』と驚かれる展開を漫画とかで見た事があるがこの世界ではそうでは無かった。
一応、料理の腕には自信があったのでその点では驚かれたし重宝されたがこの国には独自の食文化がしっかり根付いていて結構美味しい。
時々、前世の地球で見かけたような料理を見かけるが何というか魔改造されている。
レモンスライスがのせられたお蕎麦とか!!
私が転生したナダ共和国の人達は何処か日本人的な所があるのだと思う。
色々な文化を取り込みアレンジして昇華させるあの独特な能力が。
それにしてもアロエと蒸すのかぁ。
多分、そのアロエも私が知っているアロエと何か違うんだよね。
「あんたにはこっちの世界の料理を色々仕込んでやる楽しみが増えたからな。『マガロのアロエ酒蒸し』は『あいつ』の好物なんだ」
フリーダさんの言葉に思わず顔が熱くなるのを感じた。
『あいつ』とは彼女の息子であるタイガ君の事だ。
「へ、へぇ……そうなんですか」
「まあ、未来はどうなるかわからないけどな。15歳までにあいつが愛想をつかされたらそこで終わりなわけだしさ。まあ、わたしも旦那に昔似たような事言ってこれだからな」
「そ、そうなんですね……」
お願いだから意識させないで欲しい。
普段はクールな年上お姉さんでいるんだから。
意識しちゃったら……
「そ、それじゃあ行ってきますね」
まあ、新しい料理を覚えるのも悪くない。
お世話になっている身だしこれくらいやってみせようじゃない。
「あっ、荷物持ちを連れて行けよ」
「え?」
□
「うわぁ、ここがルコス……」
おつかいを頼まれた私が訪れたのは首都から20分ほど歩いたところにある港町。
海が見える穏やかな雰囲気の街だ。
「うーん、魚やお肉のいい匂い~!これは屋台回りが楽しみだなぁ」
同行したのはレム家の長女であり私のバディであるユズカちゃん。
そして……
「姉さん。買い食いじゃなくて夕飯の買い出しだからね?」
フリーダさんの息子。レム家三男のタイガ君、12歳だ。
よりによってタイガ君同行かぁ。
いや、よく考えればこの子いつもそばに居るから普通なんだけど……
「まあ、いいんじゃないかな。美味しいものを食べると元気も出るしさ。ユズカちゃんらしいじゃない」
「しゃすふぁわひゃってる!!」
ユズカちゃんは何処で買ったのか既にステーキ串を頬張りながら顔をほころばせる。
察するに『流石、わかってる!!』と言っているのだろう。
肉好きだなぁ、この家の子。男の子も女の子も関係なく肉大好きなんだよね。
「それじゃあ魚を買いに行こうかな」
フリーダさんから貰った地図を開き魚屋を目指すことに。
「わかった!それじゃああたしはお土産に『マカロン』買ってから合流するね」
この世界にもマカロンがあるんだね。
ユズカちゃんも女の子らしい所あるなぁ。
「よしっ、それじゃあ行きますか!!」
意気揚々と歩きだす私だが……
「リンシアさん!魚屋はそっちじゃないですよ!」
タイガ君が慌てて私の腕を掴む。
「え?でも地図ではあっちっぽいよ?」
「あれ?ちょっと見せてください」
タイガ君に地図を見せる。
手書きの地図に『このへん』と丸印が描かれたものを手渡す。
「うっ……これは……母さん………えぇ……」
「とってもシンプルでわかりやすいよね?」
「リンシアさんは何でウチの親の奇行に疑問を持ってくれないんだろう……」
タイガ君が肩を落としため息をつく。
「とりあえず俺が店知ってるんで案内しますよ。こっちです」
タイガ君が私の手を引いて歩きだす。
「あっ……」
ふと、気づいてしまう。
何か初めて会った時よりも背が伸びてる。
初めて会った時は150cmちょっとくらいだったのが私に大分近づいている。
ああ、そうか。成長期なんだもんね。
いずれはお父さんやお兄さんたちみたいな高身長になるんだ。
それにしても荷物持ちとしてわざわざついて来てくれてこうやってエスコートまで。
ははっ、何だかこれって……
「!!?」
思わず手を離してしまった。
だってこれじゃあまるでその……恋人とか……その先の、その……
「え?リンシアさん?すいません。歩くの早かったですか?」
「ち、違うよっ!その、そういうのじゃなくて」
何で気遣いもしっかりできるの!!
ヤバイ、意識しちゃってるよ。
「で、でも一人で歩ける……かな?うん」
「そ、そうですよね。すいません」
やばぁぁぁ!12歳の少年を、バディの弟を意識して赤くなってるよ私。
落ち着かないと。こういう時は素数を数えればいいってタイガ君のお父さんが言ってた。
よし………………あれ、素数って何だっけ?
□□
二人で歩きながら私は少しずつ冷静さを取り戻していく。
確かに彼は年下でまだ子ども。だけどちょっとずつ大人になっていって私を慕ってくれている。
だから私もその時が来たら……来たら……待って!何を想像した!?
ダメだよ!?私これでも警備隊員だからね。12歳に手を出すのはダメ。
15歳まできっちり待つの!!そしてその後は……って何を考えてるんだぁぁぁ!!!
私自身の特質がその先を予想しちゃってるじゃない。ダメだから!清く正しく!!
「リンシアさん!!」
タイガ君が大声で叫んでいる。
あれ、妙に遠い気が……というか段々遠のいて……
見れば私はいつの間にか港から遠ざかっていく船の上に立っていた。
「リンシアさぁぁぁぁんっ!!」
「えええっ!!!!?」
何でぇぇぇぇ!!?
□□□
「あの……何かごめんね」
何とか船から降ろしてもらった私は魚を買ってタイガ君と2人でベンチに腰かけていた。
「あはは、まあ慣れましたから」
忘れてたよ。
タイガ君が私についてくる理由。それは彼が私の事を異性として慕ってくれていることもあるんだけどもっと重要な意味がある。
それは私が度を越した方向音痴だから。20分ほど歩いたらつく場所へ2時間かかる。それが私。
彼が居なかったら今頃は海の向こうへ連れていかれていただろう。
「リンシアさんは初めて出会った時から色々驚かせてくれます」
「ううっ、面目ない」
「でも、凄く楽しいんですよ。だからこれからどんな事に巻き込まれて驚かされるんだろうって楽しみで仕方ないですよ」
うわぁ。
この子はまたそんな台詞を恥ずかしげもなく……
でも、何だかそうやって彼に頼るのって結構心地よかったりするかも。
そっと、隣に座る彼の手に自分の手を伸ばしていく。
ちょっとこっちから手を繋いでみたり……
「お待たせー!マカロン買ってきたよー!!」
大きな袋を担いで元気よく走ってきたユズカちゃんに私は慌てて手を戻す。
「あれ?リンシアさん何か顔が赤いよ?」
「えーと、ちょっと潮風にあてられて」
どんな潮風だよ!!?
自分でツッコんでおきました。
「ところでその袋は……」
「うんっ、『マカロン』買ってきたの」
言いながらユズカちゃんが取り出したのはマジでかいステーキ。
え?マカロンは?
「うわぁ、こりゃ立派な『マカロン』だね」
「でしょ?帰ってティータイムに食べよう!!」
えーとまさか……
「タイガ君、『マカロン』って何?」
「はい。この辺に生息している『暴れ海牛』の背中の中央辺りにある肉です」
「えーと『暴れ海牛』って……」
「はい。海の上を走る牛型モンスターです」
ここが異世界って忘れてたよ!!!
そうかぁ、牛だって海を走るよね?
そして『マカロン』は『サーロイン』に相当する肉の部位名称だったかぁ。
もう何処から突っ込んでいいかわからないよ!!!
「それじゃあ、おつかいも終わった事だし家に帰ろう!!!」
こうして私は異世界の文化ギャップを味わいちょっぴり甘い想い出を作ったのであった。
そして新たな料理、『マガロのアロエ酒蒸し』を習得した。