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賽は投げられた

組織が危険視されているとはいえ、確定的な情報が無ければ大きく状況が動くことはない。

例えば俺たちが武装蜂起したとなれば本格的に戦いが始まるだろうが、今は傍から見れば不良労働者がずる賢い金稼ぎをして暮らしているようにしか見えないはずだ。

いつまでそれが許されるのかは分からない、だが恐らくはいつまでもそうしていられるだろうという楽観的な見通しで俺は動いている。

俺の仕事は転生者は正しい労働に生涯を捧げるか、人々のために命を捧げるべきだという教会の教えに対する真摯な取り組みであるとも言えるからだ。


教会の権威は思いの外大きい、何の武力も持たないにもかかわらずその教えが社会通念として浸透しているほどだ。

あるいは転生者を奉仕させるための方便として採用されたものであるのかもしれない、しかしそれは体面上は道徳的でなければならないという制約としても機能している。

この世界における協会の権力とは司法に加え立法に際しても大きな発言力を持つものであり、つまりそれは大きな問題を起こさなければ転生者同士の助け合いを無闇に邪魔だてすることが政治的な理由で出来ないということを意味している。

難癖をつける余地があるのであればその中心にいるのが転生者の俺というところくらいだ。


ラッドやタッカーもそうであったように、盤石な基盤を作るためには教会の助力は必須だった。

周囲からの警戒が薄いうちに公認の組織として認められれば何の心配も無く事業を続けていける。

いつまでも続くと思っていた不眠もこのところ解消しつつあった。

裏の組織として活動していくことも不可能ではないとはいえ俺は今の生活に満足している、であらばその継続のために出来ることはやっておくべきだろう。

誰か教会に縁のある者はいないだろうか、どうにか組織と教会を繋ぐことができないものかと様々な施策を繰り返し、成果の無い日々を送った。

縁のない者に対して教会の門は開かれてはいない。

女神官がいればよかった。

そういえばラッドは今頃何をしているのだろう。

眠りにつく前にはいつも決まってそんなことを考えていた。



変わり映えの無い日々が続く。

しかし、それを過ごす中での心持ちは健やかだった。

先行きに不安を抱えながらもこれほどまでに清々しい気分で暮らしたことがこれまでに一度でもあっただろうかと思うほどに充実感があった。

日々を素晴らしいものと感じながら生きていた、そんなある日の事だ。

酒場で飲み耽る俺を久方ぶりに女神官が訪ねてきたと思うや、出し抜けに思いもよらないことを口走った。

ラッドが死んだと。


勿論それはあり得ない事ではないし、彼女がそんなタチの悪い冗談を言う人間ではないことを俺はよく知っている。

ただあまりにも唐突に、前置きも無くそう言われたことに驚きを隠せなかった。

そうか、ラッドが逝ったのか。

噛み締めるように呟いた。

命がけで生きることを良しとした男の最期を想う。

ラッドは俺に人生の指針を示してくれた恩人のような存在だ。

彼のおかげで俺は素晴らしい人生を生きることが出来ている、出来ることなら感謝を伝えておきたかった。

それが出来ないことが残念だった、哀悼を込めて目を瞑る。


しばらくそうしてから目を開けると、女神官の横に見慣れない男がいることに気付いた。

尋ねると教会の上級神官だという。

教会の組織形態がどうなっているのかよく知らないが、彼女の上役であることくらいは分かる。

上級神官がラッドについて聞きたいことがあると言うので店の隅のテーブル席へ移動し、向かい合って話をすることにした。

今となってはもう何もしてやれないが、せめてラッドがどのようにして死んでいったのかを聞こうと思った。


上級神官の語るラッドの最期は、いずれ俺達に訪れる未来を暗示するかのようなものだった。

この町を出てからも引退者の受け入れ先を探し冒険者たちのセカンドキャリアの世話を続けていたラッドだが、その活動の真意は以前から疑いを持たれており、調査の結果国家反逆の意思が認められ先日死刑に処されたということだ。

それだけの簡単な説明では納得いかず、詳細を求めると回答があった。


ラッドに疑惑が向けられ始めたのは何年も前のことだ。

危険な依頼であることを差し引いても彼の参加した仕事は犠牲者の数があまりにも多く出ており、調査のために冒険者と身分を偽って接触を持った教会関係者が何人もいたという。

ラッドはそのような者を看破することに長けていたようで、任務に同行するたびほぼ確実に、自らは手を下さない形で偽りの冒険者たちを葬ってきた。

彼に付き従っているように見えた女神官も実はその調査を本来の目的としており、芳しい成果を上げない従来の方法と並行して調査報告が続けられてきた。


引退者の世話を手伝うことは女神官にとっても本意だった。

転生者の命が軽視されている現状を嘆かわしく感じている。

そんな彼女に協会はラッドに向けられる(・・・・・・・・・)疑惑について(・・・・・・)伝えることなく(・・・・・・・)、長年にわたって信頼関係を築くことで警戒を解くのではないかと期待して斡旋業の手伝いを命じたのだ。

そしてついにラッドは自らの野望を女神官に話し、その報告をもって協会は反逆の罪を認定した。

いずれは転生者が自治権を持って暮らせるような国を作りたい。

彼はそんな夢を語ったという。



「言い掛かりだ! それの何処に反逆の意思があるというんだ!」


激昂した。

面倒になって投げだしたに等しいあまりにもお粗末な論拠だ。


「お前たちはそんなバカげた理由でラッドの命を奪ったのか!」


怒号が店内を震わせる。

普段通りの喧嘩騒ぎであればそうするのは俺ではなく、挑発を受けた相手の方だ。

その様子に周囲の者はざわめきたち、動揺が広がっていた。


「答えろ、女狐が!」


女神官に手に持ったカップの中身を浴びせかける。


「教主様の御判断に委ね、私はありのままをお伝えしただけです」

「それが正しいと?」

「教会の決定に私が口出しするものではありません」


女神官は開き直ったように、無感動な様子で言った。

豪奢な法衣で着飾っていてもその態度は拗ねた子供そのままだ。

正当性を主張できないくせに、優位な立場であるのをいいことにそうして自分には関係ないという風に装ってやり過ごすつもりだろう。


「放っておけば死ぬと高を括っていたのか? 


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