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転換の時

俺がカウンター席に着くと、酒場の店主は何も言わずに酒を注いだカップを持ってくる。

いつからかその中身は酔っぱらうためだけの安物ではなく、後味の香る上等なものになっている。

ここで支払う酒代の多くは冒険者たちが命を懸けて稼いできた報酬だ。

奴らがその報酬の全てを持ち歩いているわけじゃないとは言っても、実入りが良い分かなりの額を懐に入れている。

喧嘩を吹っ掛けて叩きのめし、騒ぎを起こした詫びにすると言って金を奪う。

そうしてやると周りの奴等は気を良くして豪快に飲み食いし、店の売り上げも上がる。

その共犯関係を崩して得をする者はいない。

カモになる冒険者はすぐに街を去っていくし、次々と新しい冒険者がやってくる。

こうして永遠に循環していくように思えた。

この世界の縮図がそこにあるようだった。


ある時の事だ。

いつものように酒場を訪れた俺は店内に見慣れない顔が無いかと辺りを見渡した。

その日の喧嘩相手を見繕うためだ。

俺の事を知っている奴はもういくらからかおうとも乗ってくることはない、日常的に恐喝を繰り返しているのだから当然だ。


若すぎる奴はダメだ。

あまり金を持っていないこともあるし、俺は引退を考えている冒険者のスカウトという名目でここにいる。

そして何より経験の浅い冒険者は喧嘩相手としても面白味が無いのだ。

若い奴は少し殴られただけですぐに根を上げる、守るべき面目というものが培われていないのだろう。

だから狙うべきはある程度腕に自信を持った者。

そして自身の命の期限というものを意識し出しているというような、憂いある顔つきをしたそれなりの年齢の者を吟味する必要があるのだ。


そいつはカウンター席の隅で一人で飲んでいた。

何か過酷な依頼でもこなしてきた後なのだろう、背中を丸めてはいるが顔に悲壮感を張り付けてはいない。

その姿はいつかのラッドを彷彿とさせた。

無遠慮に隣に腰かけ、背中を叩く。

何があったのかは知らないが陰気な奴にいられると運気が下がると、お決まりのセリフを言い放った。

ソイツは済まないと一度詫びた上で、仲間を失ったばかりで気が乗らないから一人にしてくれと続けた。

真っ当な感覚を持っているなら誰もがその言葉に配慮してそっとしておいたのだろうが、俺たちはそうじゃない。

店主はそれを察して厨房の方へと姿を消し、一部の者は今日もまた始まるのだと余興の始まりを前に浮足立ち始めた。

俺もまた、どう挑発してやろうかと思案を始めたところだった。


しかし、その様子から何かを感じ取ったのか、ソイツはあろうことか腰に刺した剣を抜いて立ち上がった。

何か喚きたてていたが、鼻先に突き出された刃物を前にした俺は興奮が一気に膨れ上がってしまいそれを聞き取ることが出来なかった。

倒すべき敵を前にして、神経伝達物質が体を駆け巡っていくのを感じる。

得も言われぬ多幸感が俺を支配した。

暴力の中でしか感じ取れなかったその感覚、俺が求めてやまないものがそこにある。

事を始める前から最高潮に達した興奮の中で、俺は自分が何をしたのかを実はよく覚えていない。

覚えているのはロングソードを振り抜いたソイツの怒りに満ちた顔。

胸を裂かれて倒れゆく最中、スローモーションのようにゆっくりと流れる時間の中でそれを見た。

瞬く間に手足から力が失われていくのを感じながら、不潔な酒場の床に転がる俺は自分に死が訪れた事をまるで他人事のように理解する。


思えばこの世界に来たばかりの時もそうだった。

語るべきことのない人生を送った末のくだらない死に様。

俺には似合いの最期と言えた。

何ら価値を感じない自らの命が失われていくことに対して、俺は何の感情も持つことが無い。

きっと誰もがそうであるのだろう。

失われていく意識の中で最後に見たのは髭面の男の顔。

俺の胸を押さえながら何かを叫んでいた。

何を言っていたのかは分からなかった。



木造の病室、いつか見たような場所で目を覚ました。

胸にあるはずの傷が無い、代わりに皮膚がひきつれたような傷跡が残っている。

手足に力が入らない、重力が倍になったかのようなだるさが全身を支配していた。

体を起こすことが出来ずにもぞもぞとしていると、それに気付いた誰かが病室の外から声をかけてきた。

女神官だ。


どうやら尋常ではない酒場の騒ぎを聞きつけたベルンによって俺は助けられ、ここに運ばれたようだ。

運よく回復魔法を使える神官が近くにいたことで死なずに済んだらしい。

ベルンはこれに懲りたら馬鹿げた仕事から手を引くようにと伝言を残してすぐに帰っていたそうだ。


一体何が馬鹿げていると言うのだろう。

先が無いと絶望している冒険者を救い、それに関わることで俺は日々を充実させている。

馬鹿げているのはいたずらに命を消費していくこの世界の仕組みの方ではないのか。

ベルンの代わりに女神官へそんな疑問をぶつけてみる。

彼女は何も言わず、ただ黙って俯いていた。

当然だろう、彼女だって引退者仲介業の一翼を担っているのだから。

女神官は二、三日すれば動けるようになると言ったのを最後に、押し黙ったままベッドの脇からずっと俺を見下ろし続けていた。


沈黙が体の上に圧し掛かってくるような耐え難い時間が続き、不快感に苛立ってきたころにまた来客があった。

久しぶりと、俺の容態を気にする風でもなくラッドが病室に入ってきた。

それに答えるのにも難儀な様子の俺を見ても彼はいつも通りの陽気な態度でベッド脇まで歩み寄る。

災難だったなと言ったことさえ形ばかりの言葉だったように感じられた。


ラッドと入れ替わるようにして女神官は退室した。

そもそも彼女が俺に付き添う理由は無いのだが、今までそうしていたのは何かしらの責任を感じていたのだということを暗に示している。

関係者がケガを負ったとあっては放っておけなかったのだろう、今の仕事に就いているのも教会の教えが冒険者を死地に送り出すギルドの行いを肯定していると指摘されたことがきっかけだ。

そんな経緯を知っていると本来善行でしかない彼女の行いがどこか言い訳がましく感じられてしまって、哀れみすら感じるのだから不思議なものだ。

彼女は神の寵愛を受けたこの世界で最も恵まれた身の上だというのに。


意味ありげな視線を送りつつ、女神官を見送るとラッドは仕事を続ける意思があるかと確認してきた。

当然そのつもりだ、分かり切った答えを聞いて彼は頷く。

そしていずれは俺に全てを任せて自分は他の街へ事業を広げに行くつもりであったことを明らかにした。

教会への口利きに女神官も連れていく必要があるから今回のようなことがまた起きれば無事に済む保証がないことに加え、以後の仕事については全てが俺の才覚次第になる。

それでも続けていく意思があるのなら命を懸ける覚悟を持ってくれ、ラッドはそれを仕事を引継ぐ条件とした。

断るはずもない、俺は二つ返事で了承した。



それからの日々は今までにも増して充実したものだった。

まず最初に取り組んだのは協力者を作り、安定的に引退者を確保する仕組みを確立することだ。

斡旋業なんてものはなにも難しいことはない仕事だ、楽に稼げることが知れ渡れば似たようなことを始める者がすぐにでも出てくるだろう。

そうした後発に出し抜かれないよう立ち回るには何が必要か、それは組織力に他ならない。

単純に分業で効率化を図れるということだけではなく、利益を受け取る者が増えることでそれがそのまま自分の立場を守る事にも繋がるのだ。


優秀な協力者にはそれなりの役職を与えることで囲い込み、相応の報酬を与える。

また厳密なルールを設定し違反した者には厳罰を科した。

その他それまでタッカーだけだった斡旋先の開拓に加え、冒険者たちにパーティーメンバーを仲介するような仕事も始めた。

最初は引退しないまでも自身の能力に限界を感じ始めた者を駆け出しの冒険者に教導役として紹介するだけだったのだが、続けていくうちに本来ギルドの責任において行われるべき安全確保等の裏方仕事にも可能性が見え始め、手を出してみると瞬く間に規模が大きくなっていった。

ギルドからの依頼を適当に請け負わせ、こちらで適切な人材を割り振って事に当たらせる下請けのようなもの。

冒険者たちはもはや闇ギルドと言えるほど手広く、上手く転生者を扱う俺たちに信頼を寄せるようになり始めていた。



そうして盤石な下地を作り上げることが出来たのだが、一方で大きな二つの不安要素もあった。

まず一つは引退者を引き受ける土地の権力者たちが仲介料を出し渋るようになったことだ。

組織力を高めたことで後発の憂いを一掃することに成功し、斡旋を一手に引き受ける独占状態になった後も料金の吊り上げを行ってはいない。

買い叩かれないために複数の取引先を作りはしたが、無駄な反感を買わないように努めたつもりだ。

調査に向かわせた冒険者の話では人手が余っているというわけでもないとのことだが、タッカーを始めとする引き取り先の者たちは示しを合わせたようにこれまでの半値で済ませるように要求してきた。

もともと労働力として価値の高い転生者を彼らに売り渡すことに疑問があったために闇ギルドを始めたこともあり、彼らが渋るのであればとこちらも供給を減らすことにした。

仲介料は最も高値を付けた者に権利を与える入札制とし、それを機に俺は独立することにした。

と言っても単にタッカーに決別の意を告げただけ、戸籍などという概念の無い世界では生活基盤を築くことが出来れば権力者の後ろ盾など必要ない。

何かしらの圧力をかけてくることが予想されるが、俺はもう奴隷じゃないという自負がその決断を後押しした。

とはいえ彼らの動向には注意が必要だろうということには変わりない。


もう一つの不安要素はギルドが俺たちの存在を危険視し始めているような動きがある事だ。

あまり大っぴらにやっていなかった仕事も規模が大きくなればゆくゆくは発覚するだろうことは分かっていた。

自分たちのやっていることが既存の権力構造を揺るがすこともまた然り、いずれ衝突を生むことは自明の理だ。

後ろ盾を持たずに己の才覚を頼りに生きていくというのはそういうことだと俺は知っている、そうして生き抜いていくための知恵を前世から持ち越してきている。


マフィア化することだ。

そうするのに最適な条件がこの世界には揃っている。

この世界はかつて持っていた暴力に対する抵抗感を俺から取り払った。

運命としか言いようがない道筋がそこに示されているのだ。

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