暴かれる欺瞞
転生者を罪深い魂とし、贖罪のために使役されているとするならば仕えるべきなのは神である。
実際そのような役割を担う転生者もいるのだが、それは特別な才を持っていることが確認された一部の者だけに過ぎない。
教会に所属して神官職に就く選択肢は俺にもラッドにも与えられることは無かった。
だからそんな例外にだけ当てはまるような教義は本来自分たちに適用されるべきではない、というのがラッドの主張だ。
筋は通っている。
能力がある者が重用され好待遇を受けるのもまた正しいと考えられるのだが、それを言うのならばこの世界にルーツを持つ人間たちよりも能力のある転生者が厚遇されるのが道理だ。
それがどうして真逆の扱いを受けているのか。
それは転生という形で降って湧いたように現れる優れた者への恐怖があったからだ。
転生者が自分たちの尊厳を脅かすに違いないという強迫観念が道理を捻じ曲げインチキな宗教を生んだに違いない、ラッドはそう考えている。
そしてその話を聞いた俺もまた、同じように考えるようになった。
冒険者として長く生き力を付けられては困る、だからいい塩梅で力のある者から処分できるようなシステムを作り上げた。
ギルドとはそうして成立したのだと。
俺がこれまでに出会った転生者は例外なく平凡で、世の中の理不尽な仕組みに従順な前世を生きていた。
ラッドもまた同じく。
そう生きていくしかないのだと考え、ほんの少しそこから解放されるだけの時間を幸福と勘違いした。
本当はそうじゃないと分かっていても、そんなところにしか希望を見出すことが出来なかったのだ。
そんな哀れな魂を捉え、従順な奴隷として扱う神がどこにいる?
ようやく得た死という魂の解放の機会すら奪い去って、自らの満足のために搾取し続けようなどという行いはこれ以上ない俗物のそれだ。
俺の魂は使い捨てにされて黙っているような都合のいいものじゃない。
ラッドの語る想いはそのまま俺の信念のようなものになった。
もっと早く出会えていたのなら、俺も冒険者として生きていこうと考えたかもしれない。
口惜しく感じられるのはそのことに思い至るのが遅すぎたことだ。
ラッドはそんな風に嘆く俺を慰めた。
冒険者として生きてきたクレインを叩きのめしたことを挙げ、もし冒険者として生きたのならばなかなかのものになっただろうというようなことを言った。
遅すぎる後悔が腹の底に沈殿していった。
その後はいい具合に出来上がったラッドが宿に戻ると言い出したので俺もそうすることにした。
酔いの回りはさほど良くない。
眠れるかどうかは分からないが、明け方には馬車で農園に帰る支度を始めなければならないのが憂鬱だった。
目を閉じ横になってから、ただ酒を浴びて眠るだけの生活に希望を感じるような心が自分の中から失われてしまっていることに気付いた。
そしてそこには新たな光が生まれている。
ヒリつく拳に残る痛み、他者を叩きのめす快感。
そんなものに焦がれる暗い感情の種火が、燃え上がる時を待つように燻り始めていた。
それから数日後の事。
俺の元を一人の女が訪ねてきた。
神官職の女だった。
神官は教会に所属し、転生者の中でも例外的にその命を尊いものとして扱われる存在だ。
他の転生者と比べて特別な待遇を受ける理由は回復魔法を扱うことが出来るからというその一点にあり、医療技術の発展していないこの世界で最も重宝される能力と言える。
罪深い魂だと言っておきながら、自分たちを傷病の恐怖から救ってくれる能力を持つ者にだけは敬意を払うのだから現金なものだ。
回復魔法の才能持ちはおおよそ百人に一人くらいの確率で生まれる。
それほど希少性はない才能ではあるが、転生の生じる数がさほど多くはないため数が揃わない。
そんな使い捨てにできない身の上で俺に何の用かと疑問に思いながら出迎えたのだが、女神官はどうやらラッドに俺の事を聞いてここにやってきたらしい。
なんでも引退を考えている冒険者たちをこの農園に迎え入れてはくれないかと考えているらしい。
過去に他の街で大規模な遠征討伐依頼があり、それへ怪我人の治療をするために同行したのが女神官とラッドの出会いだ。
後方のキャンプにいた女神官は直接見たわけではないとしたが、戦いは壮絶を極めた。
大量に運ばれてくる負傷者は皆見るに堪えない姿でとても救えるものではない。
命を繋ぐことが出来たのは片手で数えられる程度、それも数日で息絶えた。
魔物の討伐は叶ったものの、街に帰還するまでの道のりは陰鬱そのものといった様子であり、喜びを露わにするのはラッドくらいのものだった。
女神官がその態度を諫めると、ラッドは烈火のごとく言い返した。
お前たちがやらせていることだ、甘い汁はしっかり啜るくせに安全な所からうわべだけの道徳を語るな。
そんな薄っぺらい正義を振りかざしておいて、都合よく報酬を支払う数を減らせたことに安堵しているのがお前たちだ。
女神官はそれに何も言い返すことが出来ず、それ以来自らの生き方に対して生じた疑問を払拭すべく今は引退した冒険者の引き取り先を探す仕事をしている。
ラッドに聞いて大きな農園を持つタッカーの事を知り、こうして俺を訪ねてきたというわけだ。
取り次いでもらえないかと頼まれ、俺はそれに素直に応じた。
女神官の行動は尊敬に値する、力になってやりたいと思えた。
そうしてタッカーは多くの労働力と教会からの支援を受け取り、俺は彼らの指導役として取り立てられた。
あり得ないと思っていた出世を果たしたことにこれといった感慨は湧かなかったが、都合は良かった。
女神官に引退を考えている冒険者を斡旋しているのがラッドであり、そのラッドと繋がりを持つ俺を使って斡旋業も始められないかとタッカーが考えたからだ。
俺には人でに困らなくなった農園の仕事を放り出すことが許され、酒場に入り浸って時々タッカーの元に人を送るだけでそれまでの何倍もの給金が支払われた。
人生に追い風が吹き始めていた。
それからというもの、俺の目下の仕事は暇つぶしの相手を見つけることになった。
待っていればそのうち農場に送る人間は現れる、人間誰しも死にたくはないのだから当然のことだ。
だがそれは一日中忙しくしているほど多いわけじゃない、そんな奴が現れるのを待つ間中じっとしてなどいたら気が狂ってしまうだろう。
だからそうならないようにするのが仕事になった。
そうするのに酒場は都合がいい、俺のような労働者が相手なら気を大きくするような冒険者ばかりが集まる。
ほんの少しからかってやるだけで奴らは面白いように喧嘩相手になってくれた。
俺のようなただの労働者に負けるようであれば早期引退を考えるようなことにもなるだろうと、ラッドに戦いの手ほどきを受けたりもした。
そんな日々を過ごしていくうちに俺はすっかり荒くれ者として名を馳せてしまい、徐々に力をつけてきたこともあってかもっと強い相手を求めるようになった。
大義の元に転生者を奴隷扱いするこの世界に準じるように、俺は変わっていった。
理由などどうでもよくなっていて、ただ暴れられさえすればよくなっていた。
拳に伝わる骨を砕く感触。
殴られた部位に生じる燃えるような痛み。
そんなものが俺の求めるものの全てになった。
依然眠れぬ夜は続いていたがそんなことはもう気にもならない。
怒りをぶつけ合い、殴り合う時間に浸っていれば何もかもを忘れていられる。
この胸に灯る希望はそれだけ。
暗闇の中、幸福を見出すための篝火となるのは暴力だけだった。
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