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冒険者たち

転生者には大きく分けて二つの身の振り方があった。

一つは権力者に保護され便利な労働力として一生を過ごすこと。

もう一つが自由を求めて冒険者という危険な仕事を請け負うなんでも屋になることだ。


酒場に来るようになってからというもの、知り合うのは冒険者の連中ばかりだった。

ギルドの所属し何年かの教練を受けた後、彼らは世界各地に赴いて傭兵まがいの生業で生計を立てる。

実入りはかなり良いようで、その羽振りの良さにはしばしば世話になっている。

一所に長く留まる者は少なく自由気ままに大陸を渡り歩くその生き様が羨ましくはあるものの、俺がそうしないのは話を聞くうちに冒険者の実態というものが見えてきたからだ。


彼らの生活は一見華やかなように見えはするが、実のところは明日の命も知れない運命にあるというのは仕事の内容を考えれば当然の事だろう。

優れた適正を持つとはいえど彼らの能力は人間の限界を超えはしない。

いや、魔法の行使によって奇跡のような力を使うことは出来るのだが、肉体的な限界というか、人間として当然のように病み、ケガをし、死ぬ。

殺し合いの中で生きるとはそういうことだ、戦えば誰だって死んでしまう。

冒険者となり自らその中に飛び込んでいくということは遠からず死んでしまうということだ。


酒場を訪れる冒険者たちは皆若かった。

10から30代、40歳以上と思えるような者は見かけたことが無い。

酒を交わしながら身の上話には花を咲かせることがあるものの、それからの話、将来について何か話そうとすると冒険者たちは一様に『やめてくれ』と話を遮った。

将来の事など考えず今を楽しんで生きているように振舞ってはいても、心の奥底では気付いているのだ。

高額の報酬が自分の命を売り渡した対価であることを。


この世界の最もポピュラーな宗教観がそうであるからだろう、転生者とは罪を犯した人間の魂が浄罪のために二度目の生を受けたものと考えられている。

正しい労働に生涯を捧げるか、人々のために命を捧げるか、どちらかの方法で罪を償う必要があると。

そのためギルドも斡旋する仕事にざっくりとした難度と請け負うのに必要な等級というものを設定してはいるものの、それは精査したものではなく死者が出たら難度を上げて再募集するような雑な管理がされている。

死んだら死んだで仕方がない、冒険者とはそういう扱いを受けるべき罪深い存在だという考えが根底にあるのだ。


だから彼らは頻繁に名を変える。

一つの街に長居しないのは名が売れてしまうのを避けるためでもある。

等級が上がってしまえば斡旋される仕事も難しいものになる。

信頼できるのは設定されている難度の下限がそのくらいであるという可能性だけで、本当はもっと過酷なものかもしれない。

新米のふりをし実力を低く偽ってハズレを引く可能性を抑えたいという気持ちの表れだろう。

それも年齢が30代を超えてくれば通用しない。

若者ばかりなのは長く生き永らえたのなら実力があるのだと考えられてしまい、どうしてもハズレの仕事が回ってきて命を落とすことになるからだ。

中にはどんな困難も乗り越えると鳴らしている者もいるようだが、その実在は怪しいものだ。


一方で労働者はそんな宗教観の良い側面によって守られている。

長く生き長く働き続けることがより良い償いになると考えられているからだ。

決して厚遇されることはないが不当な扱いを受けることもない。

どちらを選ぶのが賢明であるのかは考えるまでも無いだろう。

俺はこれでも明日を生きる希望を持っている。

運否天賦な生き方の冒険者とは似て非なるものだ。


この日の店内は閑散としていた。

聞こえてくる噂話では付近に強力な魔物が出たらしく、討伐に向かったかなりの数の冒険者が命を落としたらしい。

そして今カウンター席に座っている男はそこから生還してきたのではないか、ヒソヒソとそんなことを言う声が聞こえた。

他にやることも無い、俺はその男の隣に移動した。


声をかけると意外に気さくな反応があった。

男の名はラッド、精悍な顔つきで美しい青色の眼をした色男だった。

思った通りソイツは件の討伐隊の生き残りであり、生きている喜びをかみしめていたところだと笑って見せた。

酔っぱらうことだけに優れた安酒を手に、こんなにうまい酒は飲んだことがないとも言った。

年の頃は20代後半といったところだろうか、命の期限が差し迫っているという事実が重くのしかかってくる年齢だというのに肝の座った男だった。


それからラッドは興奮冷めやらぬという様子で魔物との戦いの詳細を語り始めた。


募集にあったのは森の狩人と呼ばれる街の西方に広がる大森林に生息する巨大な狼の討伐。

本来であれば森の奥深くに立ち入らなければ遭遇することのない魔物だが、とある依頼で森に入った冒険者が手負いにしてしまったことをきっかけに森を出て人を襲うようになったのだという。

参加資格として設定された冒険者のレベルは金等級以上、これは明らかにハズレ、運が悪ければ大ハズレのあらゆる冒険者に敬遠される仕事だ。


間違いなく死人が出るその依頼にラッドが応じたのは旧知の冒険者がそれに参加することになっていたからだという。

その旧知の冒険者というのが狼を手負いにさせたパーティーのリーダーだったのだ。

責任を取る形で死地に臨む友を放ってはおけない、そう考えたラッドは討伐隊の最前列に配置されることを厭わなかった。

目撃情報をもとに毎夜闇に潜んでは敵を待つ日々、その時は三日目に訪れた。


狼は片目に折れた矢が突き刺さったままの状態でフラフラと表れた。

弱っているようにも見えたが魔物の生命力は侮れない、たとえ傷を負った目が膿み、腐り落ちても矢が抜けさえすれば数日のうちに体力を回復させるだろう。

幸いなことに突き刺さった矢は狼の体を内側から傷つけ続けるような働きをしていた。

間違いなく好機。

逃す手は、無い。


ラッド達は風下に位置取り、可能な限りの接近を試みた。

一歩一歩にとてつもない緊張感があった、敵に気取られた時が開戦の合図になる。

音をたてないように、やがて隊は十分と判断できる位置までの接近を成功させ、猛毒を塗った矢が後列のスカウト隊から放たれる。

風を切り殺到する矢、狼は即座に反応しほとんどの矢を避けた。

ラッドを含む前列の戦士は一斉に突撃した。


スカウトが二の矢をつがえる時間を稼ぐことが前列の主な仕事だ。

中列に控えるのは狼がスカウト隊を狙って突進してきた場合に身を挺して盾となる者達。

魔法により様々な強化を施すことが出来るものの、攻撃を得意としない冒険者だ。

前列に10、中列が4、後列のスカウトが5人。

討伐部隊に参加したのはそれに指揮を執る者を加えた20名。

三分の一が死傷した時点で撤退に移る計画だった。

可能な限り安全に、一方的に攻撃を加えて倒すことが重要視されている。

それは死者が出ればギルドも強い冒険者を呼び寄せざるを得なくなるだろうという目論見があり、また自分がその死傷者になりたくはないという冒険者達が承諾できるギリギリがそういった消極的な戦い方しかなかったということもある。

自ら戦いに赴いていながらもいざ死線に踏み込むとなると尻込みする、冒険者の有様そのものだ。

いつか死を迎えるその時までは楽な戦いで楽に稼ぎたいのだ、彼等は。


ラッドはそういう、サイコロを振るような人生を生きている冒険者とは違っていた。

命がけで戦い、勝利するからこそ価値があるというのが彼の人生哲学だ。

他の者が近付いてきた敵を追い払うように剣を振り回すのにイラつきながら、ラッドは間合いを詰めて踏み込み切り殺すつもりで剣を振るった。

その全ては敵を捉えることなく終わったが、敵の注意を引き付けるには十分な役割を果たした。


合図を受けて前列の戦士達は大きく後退した。

スカウトが毒矢に魔法を付与し終わったのだ。

放たれた矢は初弾と同じように回避されたかのように思えたが、狼の動きに合わせて大きくその軌道を曲げて腹部に吸い込まれていく。

大量の矢を受けた狼は倒れた。


歓声が上がる。

先程までは怯えを捨てきれずにいた者達が急に心変わりしたかのように敵めがけて駆けていく。

それが罠ではないかと疑っていたラッド以外の全員が狼を取り囲んでいた。

留めの一撃を入れる手柄欲しさに駆け寄って、そして次の瞬間には隊の半数が肉塊に変わった。


狼はスカウトをかみ砕き、戦士達を爪で切り裂き、指揮官を押し潰した。

再び立ち上がろうとする敵を前に唖然とする隊員達。

動くことが出来たのはラッドだけだった。

前足で体を持ち上げた狼、まだ動いていなかった後ろ足からその体を駆け上がったラッドは狼の延髄に剣を突き立てる。

今度こそ狼は絶命した。


倒れた狼の下からは指揮官の男が這い出してきた。

片腕を負傷したようだが大事は無いようで、すぐに死体の回収を命じた。

用意していた荷車に狼と、変わり果てた姿の隊員を乗せて彼等は帰還した。

これが森の狩人討伐任務の顛末である。


聞き終えた俺は自分がまるでその場にいたかのような興奮に包まれていることを自覚した。

ラッドの語り口が巧妙だったこともある。

人間の本能に根差した感情を刺激され、眠るために酒を飲んでいることも忘れて興奮に酔った。

ラッドはそんな俺の様子を満足そうに見ていた。

冒険者の生き方に否定的だった俺だが、この時ラッドに対して感じたものは尊敬に近いものだ。

今からそんな生き方に切り替えるつもりは毛頭ないが、彼の生き方も悪いものではない。

そんな風に思った。

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