最終話 目覚める僕と、お嬢様
「わたくしには、海神と最後を共にする義務がありますわ。だってパイロットですもの! だから貴方のその提案は聞けませんわ」
他になにか良案があるはずですもの、と思考を巡らせる華道。だが僕の中では、既に決定付けられていることだった。このままでは彼女は死ぬ、特獣に殺されるか、核の炎で焼かれるか、そのどちらかだ。僕は容認できない、人々を守りたいと真摯に願う華道を、こんなところで死なせるわけにはいかなかったのである。
「他にも、まだ良い策があるはずですわ。誰も犠牲にならない、させない為の術が、必ず」
「海神の自爆とミサイルによって一帯ごと奴を葬り去ることができる。南十字星を倒すにはこれしかない。核を撃ち込まれるよりかは全然マシだ」
「でも、良い方法が……!」
「そんなものはない! 現実を見ろ! いまこうして海神は串刺しにされて、身動きもできないままだ! 動作不良で腕だって満足に動かせないんだよ! 機関砲も火炎放射器も効かないし、頼みの綱はミサイル1発だけ、だがこの距離では当たらないし、最悪誘爆してキミも死ぬ! どうだ、他に良い案はあるのか!」
数秒の沈黙。項垂れて涙を流す華道を見て心が痛んだ。ロボットに心なんてものがあるのかわからないが。
「わたくしが脱出しても、貴方が死んでしまいますわ」
「僕は戦闘サポートAIなんだろう。悲しむことはないよ。所詮は……作られたものなんだから」
「それでもわたくしには大切な相棒ですわ」
「キミと過ごした時間はたったの1時間だろ」
「時間なんて関係ありますの?」
「……そうだね」
僕は華道という光を見て、彼女を守り抜きたいと思えた。そこに時間なんて関係ない。こう考えると、まるで恋のようだと思えた。でもきっと、恋よりも、愛よりも、尊い感情なのだ。
その感情を、なんと言葉にすれば良いのだろう。
「すまないが、もう時間がない」
装甲が爆発し、溶けて、既に内部が露出している。
このままでは手遅れになるだろう。
それは許されない。
「華道……キミと一緒に戦えて、本当に良かった」
「……必ず」
ふるふると華道は震えている。
「ん?」
「必ず、貴方を甦らせてさしあげますわ。わたくしお嬢様ですから! お金にモノを言わせますわよ〜! おーほっほっほ!」
「あぁ……頑張れよ、華道」
恐らく、その甦った僕というのは本物の戦闘サポートAIだろう、そこに僕の魂はない。
でも、それでも構わないのだ。
泣き腫らした顔で高らかに笑う華道。
それを見て、僕は安心した。
きっとこの子なら、この先も大丈夫だろう。
脱出装置を起動させる。襟首が開いて脱出ポットが射出される。その瞬間、胸部に突き刺さった針が引き抜かれた。内臓を持っていかれたような気持ち悪さが殴りかかってくる。南十字星は真っ赤に染まった眼球を露出させると、その眼差しを遥か遠くの脱出ポットに向けた。光線で狙撃して華道を殺す気なのだ。
「させるかあああああッ!」
咄嗟に南十字星に抱き着いた。ゼロ距離で照射される光線が胸を焼き尽くす。奴は驚愕しているようだった、中に誰もいないのになぜ動いている? とでも言いたげだなと考えて、思わず笑いそうになってしまった。
「これ以上好き勝手にやらせるかってんだよ! このクソッタレがぁッ!」
奴は僕を引き剥がすために光線を放ち、粒子砲台からの砲撃を悲鳴のように撒き散らした。そんなもので、僕が退くと思っているのか、ふざけるなよ、化け物め。
「自爆準備……スタート!」
残り30秒。元々は機密保持の為の自爆機能だ。
自爆と背中のミサイルの合わせ技だ、これで跡形もなく消し飛ばす。
何か不穏なものを察したらしい南十字星は、なんとしてでも逃げようともがいているが、ガッチリと抱き締めて離さない。
「悪いな、一緒に死んでくれ」
残り15秒。今更ながら緊張してきた。
つぎ死んだら僕はどうなってしまうのだろう。
完全に消滅して、僕という個はいなくなるのか。
それともまた別の世界に転生するのだろうか。
「いや、どうでもいいか。そんなこと」
残り5秒。死んだ先のことなんて誰にもわからない。僕が転生した理由もわからない。そして特獣の正体もわからないが、それはこの世界の人々がどうにか解明してくれるだろう。もうこれからいなくなる僕には関係のない話だった。あとのことは華道達に期待する。それを見届けられないのは残念だ。
「さよならだ」
残り0秒。光がなにもかもを包み込んだ。
そして、僕の意識は消失した。
───
「先生! ヤマトさんが目を覚ましました!」
意識が覚醒したとき、僕の視界は真っ白だった。
病院の天井が見えていたのだ。
テロリストの攻撃によって瓦礫の下敷きになっていた僕は、三日三晩生死の境を彷徨っていたらしい。
僕は、夢を見ていたのだろうか。
死を意識した脳が見せた幻覚だったのか。
でも確かに、あの戦いの痛みをいまでも覚えている。華道の涙も、真摯な想いも、嘘の世界ではないように思えたのだ。もしかしたら身体から抜け落ちた魂が別世界に移動してしまったのかもしれない。
かもしれない。かもしれない。かもしれない。
確実なことはなにもわからない。
この先も、知ることはないだろう。
それでもいい。
僕はただ、真摯に願うのだ。
「頑張れ、華道、頑張れ」
涙で濡れた頬を、穏やかな風が撫でた。
───
金髪縦ロールの女性が新型鉄鬼に乗り込む。
特獣第九十九号宇宙の出現によって首都機能が完全に麻痺したのだ。避難に遅れた民間人の為に、自衛隊と共にこれから戦地に赴く。最近は連戦続きで生傷も絶えない。だがそれでも彼女には戦う理由があった。
「頑張りますわ、わたくし」
───
2014年、特獣第百号撃破
2016年、月に特獣の生産工場を発見。
2020年、叢雲作戦発動。
2022年、異星人による地球総攻撃開始。
同年7月、異星特獣戦争勃発。
同年8月、華道樺恋、第五世代人型決戦兵器大和搭乗。
2023年、花道樺恋が超大型特獣撃破。
2025年、華道樺恋、戦死
2030年、華道樺恋の息子、異星人の母艦を撃墜。
2031年、異星特獣戦争終結。
同年12月、人類の勝利。
───
転生したらコアでした
─生まれ変わったらロボットになってた俺はパイロットのお嬢様を守り抜きたい─ 完
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