第4話 目覚める力
「ぁぁぁぁぁああッ!」
僕は鍵塚がどういう人物だったのかは知らない。
だが、出撃前にあれだけ華道の心配をしていたのだ。パイロットを失わせたくなった。そういう思いも確かにあっただろう。しかし僕には純粋に華道を心配しているように見えたのだ、だから、僕は鍵塚が、とても良い人なのだろうと思った。
それは、華道の様子を見てもありありと伝わってきた。彼女は、もしかしたら鍵塚のことを愛していたのかもしれなかった。それは、僕にはわからない。ただ、華道が大粒の涙を流しているのを見て、僕の感情には怒りと共に、この子を必ず生かして返さなくてはならないと、改めて思うようになったのだ。こんなところで死んでいい人間ではない。
「鍵塚さん、鍵塚さん。そんな……!」
華道は、絶望に打ちひしがれていた。
「華道、目を瞑るな、顔を隠すな! 敵はまだ目の前にいるんだぞ! キミにはまだ守るべき人々がいるんじゃなかったのか。ここで死んだら全てが終わりだ、華道を助ける為に散った鍵塚だって報われないだろ!」
「わかっています。わかっていますわそんなことぐらい!」
「守れなかった人のことを想うのは全てが終わってからでいい、いまは戦いに集中するんだ、奴には死んだ人達のぶんまで叩かれてもらう! いいな華道!」
「……えぇ、そうね。わかりましたわ。だから──立ち上がりなさい! 海神!」
バランサの調整は僕がする。めいいっぱいに、力を込めて操縦桿を倒し、ペダルを踏みつけるのは華道だ。ぎちぎちと音を鳴らしながらゆっくりと立ち上がる巨人。それを敵が見逃すはずがない。奴はこちらに光線を放とうとしていたが、不意に南十字星に爆破が起きた。それは砲撃とミサイル攻撃であった。光線に焼かれ壊滅状態に陥った自衛隊が部隊を再編。数台の戦闘車両と艦隊、潜水艦による一斉砲撃を行った。一瞬にして黒い煙に巻かれる奴の姿であったが、トドメとばかりに全方向へ光線を放つ。いまの砲撃で戦車隊は全滅、人型決戦兵器も始末した、ならばあとは人間を皆殺しにするだけだと──思っていたのか。太陽の光を影が遮る、それに気が付いた南十字星は空を見上げた。晴天と共に現れたのは、鉄鬼だ
奴は空には攻撃をしていなかったのである。
僕達は間一髪で跳躍し、光線を避けていたのだ。
「ウオオオオォォォォアアアアアッ!」
怪物の如く華道の咆哮が響き渡る。
海神はそのまま落下、固く握った両拳を南十字星に叩き付けたのだ。言葉にならない爆発音のような衝撃が広がっていく。
1060トンの巨体による空からの強襲、そのダメージは計り知れない、ミサイルでも傷ひとつできていなかった皮膚に亀裂が出来ていた。
「もう1発!」
右手を振りかぶり、露出している眼球をぶん殴った。甲高い悲鳴をあげる奴を無視して連続で何度も何度も殴りつける。特獣の紫色に濁った血液が周囲一帯に撒き散らされ、銀色の装甲を染めていく。怒りに身を任せたパンチの味はどうだ。
いま華道は、ブチギレているぞ。
「このまま殴り倒しておグチャおグチャにしてさしあげますわ! お覚悟を!」
もう1発、奴の身体に拳を捩じ込んだときだった。露出していた眼球が奥に引っ込んで、代わりに出てきたのは鋭い鉄杭のような、巨大な針だった。
「何ですって!」
反応が遅れた華道を助ける為に一瞬だけ自動操縦モードに切り替えて半身をズラす。コックピットに命中していただろう巨大な針は、海神の左胸を容易く貫いて、背中を貫通した。精密機械が突き出した針と一緒に露出して、地面に落下する。
「ぐわあぁぁあ!」
「ヤマト! きゃあぁ!」
針によって磔刑のようにされてしまったせいで、奴の頭部、腕部と思われる箇所の粒子砲台から放たれる光を避けられない。一方的に光の束をその身に受けて、前面の装甲が破裂した。
「海神に……異常、発生。左腕部、動作不良、脚部バラ……ンサ、反応、微弱、モニタ、消失」
声を発するのもギリギリの状態だった。
ロボットの身でこんなことを思うのも不思議な話ではあるが、意識を手放してしまいそうだ。
華道はどうなった。彼女は無事なのか。
「こちら諏訪! 聞こえるか、応答してくれ! 華道、おい!」
諏訪と言う男からの通信だ。特専隊の班長だ。
「すぐにその場から離れろ! 政府の馬鹿どもが業を煮やしたのか、核ミサイルをそこに撃ち込むと勝手に決めやがった! 日本国内にだぞ! 民間人だって巻き込まれるのに……!」
ふざけた話だ。現場で命を懸けている者がいるというのに、後方で椅子に踏ん反り返っているだけの老人はこれだ。
「核を……」
「作戦は失敗。すぐに退避してくれ! お前まで失うわけにはいかないんだ!」
「それは、できない相談ですわ」
「なん、なんだって? どうしてだ!」
「わたくしの後ろには、たくさんの人々がいますの。だから、だから逃げ出すわけにはいきませんわ。助けを求める人を見捨てて、なにがエースパイロットですか!」
「それはわかるが!」
「核ミサイルのボタンを押す前に奴を叩き潰せば問題ありませんわ」
「それができたら苦労はしない!」
「大丈夫ですわ。だってわたくしには頼れる相棒がいるんですもの」
「待て、考えなおせ! 華道!」
「通信終了。……あとは頼みますわね」
強制的に通信を切る華道は、天を仰いで溜息をついた。だがその表情は明るい、まだ諦めていないようだった。この状況で逃げることを選択肢から捨てて、戦うことを選ぶとは、僕には華道の存在がとても光り輝いて見えたのだ。彼女を守り抜きたい、そんな想いが爆発しそうなほどに、胸の奥で熱くたぎっている。だからこそ、僕はこんな提案をしたのだ。
「ひとつ、奴を倒せる術がある」
「そうなんですの? ならお願いしますわ、教えてくださいまし」
「……海神を自爆させる」
「──なるほど、わかりましたわ」
「華道」
「それで奴を倒せるのならば、仕方ありませんわね。短い人生でしたが、それなりに充実しましたわ。お世話になった方々にお礼の言葉を伝えられないのが残念ですが──」
「勘違いするな、華道」
「え?」
「キミは脱出させる……死ぬのは僕と奴だけだ」
沈黙。
未だに南十字星は粒子砲台で海神の装甲を削っており、コックピットが微かに揺れていた。
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