第3話 目覚めたお嬢様
ガリガリガリガリと削れる音が響き渡る。
火花が散り、それが周囲に撒き散らされた。
大型チェンソーブレードは南十字星に突き刺さりはしない、奴の硬度が凄まじすぎるのだ。
「ならばこれでどうかしら! 銃身が焼き付くまで撃ちまくってさしあげますわよ!」
頭部、胸部、脚部に搭載された合計40門の50mm機関砲を至近距離で一斉に発射する。だがしかし奴は身じろぎひとつしない、まったく効いていないのである。
「それならば! 火炎放射!」
バックステップして距離を取る。
腰に装備された超大型火炎放射器から、まるで大爆発でも起きたかのような炎の塊が南十字星に直撃する、しかし、爆炎の真っ只中にいても変わらない。意に介さずといった様子だ、未だにこちらの様子を伺っているのか。その余裕を剥ぎ取ってやる。
「華道! この鉄鬼の背面にはミサイルが装備されてある! かなりの威力だ、これならば!」
「わかりましたわ! ミサイル、発射!」
海神の背中に装備された大型ミサイルデストロイヤーが発射される。それは空中で軌道を変えて南十字星の直上から落下、核爆発のような衝撃が襲いかかる。さすがにこれには堪えたようで鉄を擦るような悲鳴をあげて、ぐねぐねと芋虫のように身体を動かしている。
「効いてますわ! ミサイルの残りは!」
「あとひとつ!」
「使いどきを見誤ったら負けますわ、タイミングの良いときを教えてくださいまし」
「了解。自衛隊からの援護射撃が来る! 一旦離れて!」
「わかりましたわ!」
後方からアパッチ・ロングボウが5機現れる。
ロケット弾を発射、全弾命中。
さらに後方に展開された戦車隊の一斉砲撃。
護衛艦、潜水艦14隻によるミサイル攻撃。
全弾命中。
南十字星の周辺は完全に焼け野原になる。
だが、未だに奴は立っていた。
「しつけえですわねえ! さっさと死んでくださいまし!」
ぷりぷりと怒る華道は気が付いていなかった、南十字星が僕達を凝視していることに、それに気がついた僕は何かとてつもなく嫌な予感がして思わず叫んだ。
「避けろ! 華道!」
「え?」
直後、南十字星の体の真ん中から眼球が生えてきたのだ、そしてそれは一瞬の出来事だった。その眼球から光線が発射されたのである。ガードすることも出来ずにそれが直撃した海神は数十メートル吹き飛ばされ、いくつもの家屋を押し潰しながら倒れた。奴の光線は僕達だけではなく、アパッチ・ロングボウを壊滅させ、後方の戦車隊を薙ぎ払い、遥か遠くの護衛艦に穴を開けて沈没させた。
「きゃあぁあ!」
華道の悲鳴がコックピットに響き渡った。
痛みがダイレクトに僕へ伝わる。
光線を食らった左胸に酷い痛みがある。
尋常ではない苦しみだ。
「くそ、ふざけた攻撃をしてくれる! 大丈夫か、華道!」
「だい、大丈夫です、わ。くぅ、最悪ですわ」
のろのろと立ち上がる海神。
異常は確認できない。
もしこの鉄鬼が新型以外であったならば、いまの一撃でやられていた可能性が高い。
第一世代人型決戦兵器吹雪は海神よりも装甲が薄いのだ。
「やってられねーですわ」
さすがの華道も肝が冷えたようで言葉に元気がない。南十字星はまだ僕達を見つめている、明確にこちらを敵だと意識し始めたようで、奴の殺意が滲み出ているように見えた。
「まだまだ来るぞ、避け続けるんだ!」
その言葉の通り、眼球を露出させたままの南十字星は光線を連続で発射してくる。しかも粒子砲台からもだ。1発2発なら避けられるが、無尽蔵に沸いて出てくる光の束に、人間の反射神経では対処ができなかった。
頭部、腹部、左脚部に直撃を受けて吹き飛ばされる海神、その衝撃はパイロットの意識を朦朧させる。
「う、ぐ、ぐ、ぐぐっ」
「しっかりしろ、華道! くそ、自動操縦モードに切り替え、退避する!」
「だめですわ。だめなんですわ!」
華道は操縦桿を握りなおし、自動操縦モードを解除する。
「なにを言っているんだ!」
「わたくしたちが退いたら民間人の皆様方が殺されます。それはなにがなんでも許容できませんわ!」
「キミが殺されることになるぞ!」
「わたくしは! 愛する人々の為にパイロットになりましたの! どんなに辛くても、苦しくても、血の滲む想いで頑張ってこられたのは、皆様を守りたいと言う意志があったから! そのわたくしが、自分の命惜しさに逃げる? 皆様を、みんなを! 危険に晒して? ありえませんわ……そんなの、そんなふざけた話があってたまるかですわーッ!」
操縦から異音が聞こえる。海神を立たせようとしているが、起き上がれないのだ。バランサに異常が起きているのか、それとも海神のフレームそのものにガタがつきはじめたのかもしれない。
「立ち上がれ! 立ち上がって! 立ち上がりなさい! ヤマトどうにかなりませんの!」
「こっちでもなんとかしているけれど! もう海神そのものが限界なんだ! バランサに異常が発生、フレームもガタガタ、装甲だって……こ、これは──まずい!」
南十字星はさらなる追撃をしかけようとしていた。こちらは未だに立ち上がれもしない。つまり奴の攻撃は避けられないし、最悪、背中のミサイルに光線が直撃したら大変なことになる。僕も華道も奴を倒せぬまま爆死するのだ。
「ちくしょぉおーッ!」
華道の叫び、怒りと諦観の悲鳴、絶望の声。
僕達はもう終わりだ。収束する光を見て全てを諦めかけた、そのとき。
倒れ伏す海神の真横を1台の車両が通り抜けていった。それを運転する人物は、片手でハンドルを握りながら、もう片手で拳銃を構えていた。
「こっちを見ろー! この化け物がーッ!」
鍵塚だ。彼は何度も南十字星に発砲を繰り返す。だがまったく意味がない、アパッチのロケット弾を受けてもダメージのひとつもなかった怪物に、拳銃の弾丸が通用するはずがなかった。
なのに、なぜこんなことをするのか。
理由は明白だった。
「鍵塚さん? なぜ! やめてくださいまし! に、逃げて!」
必死に海神を起き上がらせようとする華道、コックピットに表示される光景を、顔を青くして見ていた。
「鍵塚さんは、僕達を助ける為に」
「そんな、待って。やめて!」
ギロリと南十字星の眼球が車両を睨み付ける。
そして呆気なく、放たれた光の束に、車両ごと鍵塚は消えた。一瞬で蒸発したのだ。
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