第2話 目覚める魂
意識が覚醒したとき、僕の視界は真っ暗だった。
身動きひとつ取れない。手足どころか小指のいっぽんも動かせなかった。いったいなにが起きたのだろうと記憶を探ってみる。仕事が終わって、一人でテレビを見ていた。画面に映るニュースキャスターが、テロリストがどうとか言っていて、僕には関係ないからと他人事でお酒を飲んでいた。翌日の仕事に備えて、さっさと寝る為にテレビを消した瞬間に爆音のようなものが轟いて、天井が落ちてきた。それが目覚める前の最後の記憶だ。
ぼくはどうなったのだろう。身体が動かせないほどの重傷を受けてしまったのだろうか。真面目に生きてきて、こんな目に遭うだなんて考えてもいなかった。
不意に視界に光が差した。
見えたのは晴天だった。
「これがわたくしの乗る新型機ですのね!」
凛とした、爽やかで綺麗な声が聴こえてきた。
それは女性の声だ。
それから、胸の辺りが一瞬だけ寒くなって、少しばかりの重みを感じた。
「華道、どうだ、操縦できそうか」
「いまからエンジンを始動しますわ」
エンジン? なんのだ?
疑問に思っていると、身体全体に力がみなぎるような感覚を覚えた。寝起きから顔を洗って食事を摂ったような、そんな感じだった。
そして流れ込んでくる情報の大波。
ここがどんな場所で、どんな時代で、どんな出来事が起きているのか、そして僕の身体はいったいどうなっているのか、一瞬にして理解してしまったのだ。教科書の中身を無理矢理脳味噌に印刷されたような気持ち悪さが襲ってくるが、吐こうと思っても吐けなかった。僕は驚愕した、この世界は僕が生きる世界ではないという事実にだ。本来であればまったく信用もできない話だ。だってオカルトだもの。
だが、なぜだか、いま僕の頭に植え付けられた情報の束が真実であると、直感している。
不思議な感覚であった。
「バッチリ動かせますわ!」
「よし。では作戦は先程説明した通りだ。いまなお移動を続けている南十字星に遅延攻撃をしているがほとんど意味をなしていない。そこでだ、君には狙撃を行なってもらう。急造品だが狙撃銃を戦略研究所で作ってもらった、これで攻撃に参加してもらう」
「申し訳ありませんが、それは却下ですわ」
「なんだって?」
「対特獣戦は近接戦闘が華ですわ。というかその為の鉄鬼ではなくて? 狙撃が効くのなら自衛隊の攻撃だけで事足りますもの」
「それは確かにそうだが、君を危険に晒すわけにはいかないんだ」
「お馬鹿! この仕事してりゃあ危険は付き物とさっきも言ったでしょう!」
「試験もクリアしてない鉄鬼で近接戦闘なんかやらせるわけないだろう! 命令違反だぞ華道」
「待ってくれ、彼女が正しいと僕は思う」
僕がそう発言したとき、周囲の人達は黙ってしまった。怪訝そうに周りを伺っている。
「いまのは誰だ、男の声だよな」
「こちらにも聴こえましたわ。どちら様ですの?」
「貴方達が新型と呼んでいるものだ」
男は仰天したように口を開けている。
僕の中にいる子も驚愕していた。
「まさか戦闘サポートAIなのか。研究中とは聞いていたが、もしかして実装されているのか新型に? 聞いていないぞ、そんな話は……!」
「どうやら、戦闘サポートAI様はわたくしの意見に賛同しているようですわね。どうされますか、鍵塚さん。ここでまだお話を続けて時間を浪費いたしますか?」
「……わかった。わかったよ。だがな、無茶は絶対にするな、パイロットを失うわけにはいかないんだ。例え奴を倒せても、君がやられたら負けなんだ」
「もちのロンですわ! 鉄鬼を起動させます! お離れになってくださいまし!」
起動シーケンスに入る。慣れたようにボタンを押していく華道と呼ばれる女性はどこかウキウキしているようだった。
「武装管理、火器管制システムチェック。各部モニタ、計器確認。バランサ修正、各部動作チェック、正常。全システム問題なし。出力95パーセント。メインシステム、戦闘モード」
「そういえば戦闘サポートAI様」
「どうしたんだ、華道」
「この鉄鬼のお名前はなんですの?」
「対特獣皇国第二世代決戦人型兵器、海神だ」
すらすらと言葉が出てくるのは先程脳にインプットされたからだ。エンジンを入れられる前には頭の中になかった言葉。いまでも不思議だが、ロボットと一体化しているのは変な感覚だし、自分がそれを受け入れているのもおかしな感じである。
「海神、いいお名前ですわねえ。それで貴方はなんてお名前ですの? まさか戦闘サポートAIってお名前なわけないですわよね?」
「ヤマトだ」
前世でいいのか、以前の名前はそうだった。
「そう、素晴らしいお名前ですわね! ならヤマト! 覚悟はよろしくて? わたくしの操縦は少しばかり荒っぽいですわ!」
リフトオフ。ゆっくりと巨人は起き上がる。
全長50メートル。体重1060トン。
塗装されていない銀色の装甲は西洋甲冑のようだった。太い両足でその巨大を支えている。両肩の分厚い装甲に垂れる両腕も太くて長い。鉄鬼、海神は目覚めたように、頭部のデュアルアイが鋭く赤い光を放った。
「周囲から人は退避している。動いても大丈夫だ」
「ガッテン承知の助ですわ〜!」
海神が一歩踏み出す、地面が抉れ、揺れる。
「こちら鍵塚。聞こえるか」
通信機から声が聞こえた。
「はい。ばっちりですわ」
「よし、いまなおも自衛隊による攻撃をしている真っ只中だ。だがやはりなにも効いていない。ミサイルを浴びるように喰らっても進行を続けている。これ以上奴が移動を続ければ、避難の完了していない区域にあと30分もあれば到達してしまう」
「それはマズイですわね」
「だからなんとしてでもこれ以上進ませずに倒す必要がある。海神の武装は把握しているのか」
「武装そのものに変化はありませんから大丈夫ですわよ」
「わかった。頼むぞ、頑張ってくれ!」
「大丈夫ですわ。わたくしに、いえ、わたくしとヤマトにお任せくださいましー!」
ぐいっと操縦桿を倒す華道。
駆け出す海神、目標到達まであと1分。
「目標確認!」
「死にやがれですわーッ!」
右腕装備、大型チェンソーブレード展開。
回転するチェーンが破滅的な音を轟かせる。
走り勢いそのままに、ブレードを南十字星に叩き付けた。
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