第1話 プロローグ
特級害獣生物兵器、特獣の出現により甚大な被害を受けた日本皇国は、国家の脅威に対抗する為に、対特獣皇国決戦人型兵器、鉄鬼の開発に成功。特獣第七号羽ヵ斬の早期撃破により、鉄鬼の有用性を世界に示した。
それから五年後、2010年。
神奈川県海老名市某所、特獣出現の報を受けた対特獣専門部隊、特専隊は自衛隊が設置した仮設本部で陣頭指揮を執っていた。
「今回現れた特獣はまた厄介だな」
「命名は南十字星。見た目が完全に十字架、どうやって移動しているのかもわからない。足もないのに地面を進んでるって、相変わらず特獣はわけわかんないですね」
「……奴らの意味不明さには慣れたはずなんだがな、現れるたびに驚愕している気がするよ」
特専隊班長、諏訪惣一郎と、作戦立案担当官、鍵塚円治は、モニタに映る異形の怪物を眺めながら意見交換を行なっている。他メンバーは各自情報収集に勤しんでいた。
件のサザンクロスと呼ばれる個体の見た目はまさしく十字架である。不気味にもまるで墓標のように佇み、そのまま地面を抉りながら移動をしている。足も生えていないのにだ。車輪のひとつだって存在しない。人間が磔にされたときに、手の位置にくる場所には粒子砲台が設置されてある。これは特獣の多くが装備しているビーム兵器だ。どういう原理が働いてビームを生み出しているのか不明であり、過去の特獣の遺体を膨大な時間をかけて検死してみても、ただ身体に穴が空いているだけで内臓のどの器官にも繋がっていないということしかわからなかった。まったくもって理解不能な生物である。そう、生物なのだ特獣は、食事をするし排泄もする。排泄物は強力な毒素を周囲にばら撒き数年間はその一帯を人間どころか微生物すら生存できない空間に変えてしまうのだ、厄介極まりない。こんな摩訶不思議な生き物が自然に現れるはずがない、故に彼らは生物兵器と呼称されているのだ。ちなみに命名は防衛省のトップ連中が決めているそうだが、特に由来などは無いらしい。
つまるところ、それは趣味だ。
「陸自の10式戦車、アパッチによる精密射撃。誘導弾を用いての攻撃にも一切の効果は認められず。海自や空自の波状攻撃も意味をなさない、どういう硬度の皮膚をしているんだ? いままでの特獣なら傷のひとつくらいなら出来てるぜ」
「前回の特獣第二十六号死兆星にも一切の攻撃が通用しませんでしたが、奴には超音波が有効でした。横須賀にいる部隊をこちらにまわしてもらいましょうか」
「私達が来る前に既に陸自がやっていたようだ。だが効果はなし、部隊は壊滅したらしい。なにやっているんだか」
「無駄に人死にを出すなんてどんな意味があるって言うんだ? なあ!」
モニタと睨めっこをしている陸自の隊員に、聞こえるようにあえて声を荒げる鍵塚。それを宥めるように諏訪がコーヒーを差し出した。3時間前に淹れたので既に冷めきっていた。これを飲んで頭を冷やせと言っているのだ。特専隊からしたら、こちらでどうとでもなるのに勝手なことをされて胸糞が悪いという感情があった。特に鍵塚は、過去に恋人を陸自の無茶な作戦のせいで死なせているということもあり、陸自には大変厳しかった。
「鉄鬼はまだ出せないのか」
前任指揮官である陸自の大尉が2人に声をかける、彼の声には焦りがあった。未だに避難が完了していないというのもあり、上からやんやと文句を言われているのだ。中間管理職的な立場は辛いなと鍵塚は思っていた。
「前回の戦闘でかなりダメージを与えられましたからね。修理に時間がかかっています。パイロットに問題はないんですが……」
「旧式の機体は使えないのか」
馬鹿を言うなと今度は諏訪が怒りを露わにしそうになったが、部下の手前感情を爆発するような失態は犯せない。謹んで慎重に、落ち着いた声色で大尉に言葉を返す。
「鉄鬼はともかくパイロットは貴重なんですよ」
お前らとは違って部下を犠牲にはしないんだよ。
言葉にせずともそう言っているのは明白だった、先程横須賀の部隊を壊滅させてしまった大尉には胸をド突くような、そんなことをされた気分になったが反論はもちろん出来なかった。ぶつぶつと文句を垂れながら去っていく大尉の後ろ姿を横目に、2人は大きなため息を吐き散らした。
「結局どうしますか。鉄鬼も出せない、陸自海自空自による攻撃も意味がない。民衆の避難すら満足に出来ていない。八方塞がりではありませんか」
「だが、どうにかしなければならない」
「それはそうですけれど、いったいどうするんですか?」
「私に考えがある。少し待て」
どこかに電話をかける諏訪。五分ほどなにかを話して、電話を切った。
「鉄鬼パイロットはどこにいる?」
「華道なら隣のテントにいますが」
「よし、呼んでくれ。鉄鬼を戦略研究所からまわしてもらった。新型の鉄鬼だ」
「新型ですって? 待ってください、それは試験もまだ終えていない未完成品ではありませんか。少しばかり危険では?」
「そうだ。だが旧型よりもマシだ。確かに試験はまだ突破していないが、従来の鉄鬼に比べて性能が高いことは私も君もよく知っているはず。安心しろ、近接戦闘はやらせないし、自衛隊にも協力してもらう。わかるか、まだ避難も完了していないんだ、民間人の犠牲者をこれ以上出すわけにはいかない。無茶をしてでも奴を倒すんだ」
「……それは、わかりますが、しかし」
「わたくしにお任せくださいませ」
甲高い声が仮設本部に轟いた。
金髪で縦に髪をロールした体格の良い女性が出入り口で仁王立ちをしていた。
「華道、聴いていたのか」
華道樺恋。対特獣専門部隊専属鉄鬼パイロットである。元航空自衛隊所属であり、エースパイロットであった。彼女の経歴と類まれなる鉄鬼への適性を見込んで鍵塚が引き入れたのだ。このせいで優秀なパイロットを失ったと空自から恨まれているが、鍵塚はこれを無視している。
「だがこれはまだ試験を突破していない、いわば未完成品だ。どんなアクシデントがあるかわからないんだぞ。特獣の前で誤作動を起こす可能性は非常に高いんだ」
「元々この仕事に危険は付き物ですわ。鍵塚さんがわたくしを心配してくださっているのはわかります。ですが、無茶をしなければならないときがありますの。それがいまですわ!」
既に華道の覚悟は決まっていた。よく見れば彼女はもうパイロットスーツを着ていた、例え新型が届かなくても、旧型で出撃する気まんまんだったのだ。
「華道、わかっていると思うがパイロットは大事だ。そこらの奴とは命の価値が違う」
「命の価値は皆同じですわ。だからわたくしは戦いに赴きますの」
「……華道。新型が届くのは2時間後だ。それまで身体を休めてくれ」
「わかりましたわ。新型の鉄鬼が来たらすぐに教えてくださいましね」
華道の姿が見えなくなった。隣のテントへ戻っていったのだ。諏訪と鍵塚はお互いを見合わせる。
「彼女は、善人すぎるんじゃないか?」
パイロット向きではない、と諏訪は言いたい。
過度なヒーロー的思考は自分を殺すことになる。
「仰りたいことはもっともですが、彼女の鉄鬼操縦テクニックはトップクラスです」
「……22歳に命運を託すか、情けないな」
諏訪は背もたれに身体を預けて天を仰いだ。
南十字星は、街々を踏み潰しながら移動し、避難の遅れた民間人を粒子砲台で複数人殺害。
陸自、海自、空自による波状攻撃、効果は認められず。
二時間十四分後。新型鉄鬼到着。
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