ニート。自転車に乗ってハロワに行く
『いい加減働かなきゃなーってのは分かってんだけどさ。ハロワまで遠いからさー』なんて言い訳を大学卒業後、一年してたらかーちゃんが物置にある自転車を引っ張り出して来た。
「じゃあこれでハロワ行ってきなさい」
青と赤のやたら派手なチャリ。こんなん恥ずかしくて乗れるかよと思いながらかーちゃんの迫力に負けた俺はチャリに股がった。
「いってくらー」
「お」
縁側で猫と遊ぶとーちゃんは振り向かず背中で返事した。
相変わらず真面目で無口でつまんねーとーちゃんだ。背中が小さくなったな。後頭部。禿げてきてるし。
町に出た。俺はハロワに行くつもりなどなく、ゲーセンで時間を潰そうと思っていた。
『不景気だね。仕事って中々見つからないや』って言い訳でまた一年遊ぶつもりだ。
しかし少し小さいが乗り心地の良いチャリだな。
いい移動手段が出来た……あっ。
「あっ」
小さな自転車屋のおっちゃんと目が合った瞬間に思い出がブワァと甦った。
・
『いらっしゃいませ』
『来店予約をしていた者です』
小学生の俺は緊張していた。『ディーラー』なんて場所に来たのもスーツを来たビシッとした大人達と話すのも初めてだからしゃーない。
俺ととーちゃんは応接室に案内されパンフレットを見ながら自転車について話し合った。
「こちらが最新モデルとなります。海外からの入荷となりますので納車までは時間がかかります」
「うわぁ」
値段なんて覚えてないけど、当時月のこづかい500円だった俺の目玉が飛び出るぐらいの値段だったと思う。
「お坊っちゃま。ご希望はありますか?」
「えっと。青と赤のカッコいいやつがいいです。ギアもたくさんあると嬉しいです」
「ほうほう。……でしたらアタッチメントとしてアテンドするように……」
「出来るだけコンフォートに。アーティスカルだと助かります」
とーちゃんとディーラーはカタカナの難しい言葉を使いながら話しているので内容が分からなかったが『大人の仲間入り』した気分でドキドキした。
「ではこれで」
「ありがとうございます。オーナーであるお坊っちゃまのサインをこの書類にお願いします」
『サイン』……大人だ。俺は名前を震えながら書いた。
それから一ヶ月後。俺の誕生日。再びディーラーを訪れた。いよいよ納車だ。
応接室で初めてコーヒーとフィナンシェを食べ、記念品の自転車の形のキーホルダーを貰った俺は駐輪場にある自転車と対面した。
「かーーっけーー!」
青と赤の自転車。俺はこの自転車に『ブリザードサイクロン号』と名前をつけた。
ディーラーからリボンの付いた鍵を渡され、ロックを解除して自転車に乗った。
「父さんは車両登録をしておく。その自転車でお家に帰ってなさい。気をつけて帰れよ」
「うん」
・
「ブリザードサイクロン号か。じゃあ君はあの時のお坊っちゃまかい?」
自転車屋のおっちゃんと少し話をした。
あれは全部とーちゃんが俺のために考えた『大人ごっこ』だったのだ。
おっちゃんと協力してオフィスまで借りて随分苦労したそうだ。
「あのつまんねー男が『息子を喜ばしたい』って頭下げるから断れなくてよ。ワハハ。俺の芝居。下手だったよなぁ」
・
「……ハロワ行くか」
俺はゲーセンに行くのを止めてハロワに行く事にした。なんとなく。なんとなーくね。いつかとーちゃんと車を買いに行きてーなーと思ったんだ。
俺。免許ねーけどさ。