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第9話 友と呼べる者

 

 建物の中に入ると、外の喧騒とは無縁の静寂な空間がオレを出迎えてくれた。しかしここは誰でも入れるロビーのようで、行き交う生徒の姿が何人も見えている。


「ここは普通のロビーなのですね」

「ん? あぁ、入り口こそ別であるが、中に入ってしまえば同じだ」

「くくくっ、何も知らないで来たってことは、山奥から出て来た奴か!」


 オレの言葉に、まだ一言も言葉を交わしていない彼らから笑いが漏れている。見た感じ家柄は立派なようで、彼らの制服の胸からは五芒星がはっきりと見えている。だが黒色の五芒星が一つ見えているだけで、小さな星は見えない。自分とどういう違いがあるのだろうか。


 だが正直言って家柄に関しては興味が無い。自分にとっての魔術学院生活は、静かで目立たなく過ごせるかどうか。オレにとって唯一、それだけが心配だった。


 ここにいる連中とは別に、さっきから妙な視線を感じている。教師の傍にいるからかもしれないが、ずっとこちらを見張っているようなそんな気配。さすがに百年以上も経った上に、生まれ変わって姿がまるで異なるオレのことを知っている者がいるとは、到底思えない。


 もしグランディールからの追っ手だとすれば、目立つのを避けねばならないからだ。


「シーク・マードレ。ここから少し進んだ先に、君が暮らす寮があるから手続きを取って来るといい」

「はい」

 

 もしかして彼らも同じ寮なのだろうか。そうだとすれば、とても静かに過ごせそうにない――そう思っているのが顔にでも出てしまっていたか、彼らの方から声をかけて来た。


「あははっ! 残念だ、おれたちは寮の人間じゃない。寮に入らなくても、王国内にお屋敷があるんでね!」

「そうそう、僕らはフェアシュ王国の生まれ。だけど、君はそうじゃないみたいだね」

「寮に入るってことは、山奥か果ての地から来たんだろうな! おおっと、ここから先は寮の生徒しか入れないエリアだった」


 わざとらしく、彼らは境界線の前で足を踏み外すといったおふざけを見せた。


「君らは王国の学校から、そのまま魔術学院へ?」


 わざわざ上から目線で説明してくれたようなので、名前だけでも聞いておくことにする。


「そのとおり! 僕らは王国の中等学校で優秀過ぎた生徒さ。僕はカースで彼はデリット、そして――」

「山奥から出て来た奴に、何故王国暮らしの俺が名を教える必要がある?」

「……ご、ごめん」


 大人しそうなカースと生意気そうなデリットを睨みつけた男は、オレのことなど気にもかけていないようだ。


 どうやら彼ら一人一人はそこそこ魔力を持っているようだが、家柄に反して育ちの程は良くないとみえる。首席合格だからと言っても態度まで優秀とは限らない。ほとんどはフェアシュ王国出身のようで、そのことを鼻にかけている感じだ。それに、彼らからは良くない気配を感じる。


「――シーク・マードレ。出身と強さは別物だ」

「はい、承知しています」


 担任であるトネール先生からも白い五芒星が見えるが、とても小さいものだ。だが先生の五芒星の周りにも、小さい星がいくつか見えている。――ということは、この人も魔力に優れているということかもしれない。


「理解しているのであれば問題は無いだろう。彼らの言うとおり、ここから先は君だけしか入ることが出来ない。一人で向かえるか?」

「問題ありません」


 ロビーには、魔術によって遮られた見えない境界線のようなものが何本も見えている。まるで王国に住む者とそうで無い者を、判別するかのようにだ。


「よろしい。寮に入るのは、君の他にもう一人いる。既に到着して待っているはずだ。そこで紹介するといい」

「えっ? 二人だけですか?」

「そうなるな。それだけ王国出身が多いということになるのだが……」


 どうやら学生寮に入るのは、二人だけらしい。何と贅沢な使い方なのか。

 引率の教師と別れ、一人だけで寮へ向かう。


 寮へ向かう為の渡り廊下の両側には細長い水路があって、この王国が水に守られていることを再認識させられる。さらに渡り廊下を歩きながら気付いたことがあった。


 王国にある魔術学院と言うだけあって、至る所に魔防壁のようなものが張られていることだ。どうやら学生が近づく度に個々の魔力を計っているといった感じらしく、何とも嫌な気分になった。


 フェアシュ王国が過去にどんな国だったのか知る由も無いが、白魔術の教えに基づけば、水に囲われていることで王国全体を何かから守っていると取れなくもない。


 だがかつて賢者だった時には聞いたことも無い名前の王国でもあるし、数百年の間に出来た王国なのだろう。


 時間にして数分ほど歩いたところで、ほとんど行き交う生徒がいないままこれから暮らすことになる寮の玄関に着いた。担任のトネール先生によればここでもう一人待っているようだが、自分以外に人の気配は感じられない。


「あ、あのー……き、君かな? 君なのかな?」

「――うん?」


 どこからともなくとてもか細い声が聞こえて来るが、誰かの姿は確認出来ない。見回しても、全く見当たらない。


「こ、こんにちはっ! ぼ、僕に気付いてください!!」

「んっ!?」


 自分が気付かないだけで、対象の彼はすぐ目の前に立っていたようだ。彼も同じ外套を身に着けていてすぐに気付いてもおかしくなかったが、全く気配を感じることが無かった。目の前に現れるまで、気配に気付くのが少し遅れてしまった。


 黄金の瞳をさせた彼は、オレから見て長身な上、腕っぷしの強そうな男子に見える。しかしそれを感じさせないくらい、おどおどとした気弱さが感じられた。


「ぼ、僕は新入生です! これからこの寮で生活を送りますので、どうか優しくしてくださいっ!」

「同じ新入生なら、頭を上げてくれないか? オレはシーク・マードレ。君は?」

「えっと、僕は隣国出身のギィム・ルゴールです」


 ――ルゴールという家の者という意味だろうか。仲良くするのはいいが同じ寮に住むとはいえ、早くも父の教えに反してしまっているようで気が重くなる。しかしさっきいた連中と違い、彼からは全く悪い気配を感じない。同じ教室になるとは限らないが、彼なら信頼を置いて行動を共にしても問題無いだろう。


 寮に入るのは王国出身者では無いと聞いていた。だがそれだけでは無いような感じがする。これもあの担任の仕業だとすれば、只者では無いと見るべきだろう。


「それではギィム。これからよろしく頼む!」

「は、はい。よろしくお願いします、シークさん」

「シーク……で構わない」

「う、うん! よろしく、シークくん!」


 これが所謂友人と呼べる存在だろう。賢者だった頃、果たして自分には友と呼べるものがいただろうか。魔族と戦い、世界を救った時にはもう一人の賢者がいた。しかし名前も思い出せない賢者とは、一体どんな関係だったのか。もしかすれば友だったのかもしれないが、今となっては薄れた記憶だ。


 オレとギィムは魔術によって施された学生寮に入り、決められた部屋に進んだ所で別れた。彼の実力を探るに、間違いなく高位の魔術師に違いない程の気配が感じられた。同じクラスになるかもしれないが、教室では鳴りを潜めて大人しくしておくことを決める。


 彼とは途中で別れ、オレは自分の部屋に真っ先に向かった。ネームプレートを確認し、鉄扉を開けて入ろうとした次の瞬間――まるで目くらましのような眩い光が、部屋の中から溢れ出して来たのだ。


「――うっ!? な、何だ?」


 思わず声が漏れてしまった。だが、光はすぐに消えていた。何が起きたのか分からないが、頑丈そうな部屋の鉄扉から、さっき見た時は何も無かった黒と白の五芒星が現れている。


 扉を開けて部屋に入った以降も五芒星は見えたままだが、光ることは無かった。一体何だったのか分からないが、学院に戻る時間が来たのでオレは寮を出ることにした。

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