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指輪とプロポーズ

王子様にひざまずかれてプロポーズされるなんて、子供のころは何度憧れただろう。

大人になって、そんなプロポーズは現実的には起こりえないとわかっても、心の中では密かに憧れていたのではないか。


絵本の王子様以上の美貌の魔王様にひざまずかれて、指輪を捧げられても、これはプロポーズではないのは知っている。

数秒固まっていた私は、イザーク様から指輪を受けとる。

いきなりこの場から逃げ出して、イザーク様に恥をかかせるわけにはいかないのだ。


店内からパチパチと拍手と歓声が起きる。

「おめでとう!」なんて声も聞こえる。


私は椅子から立ち上がって、食べたハンバーガーのゴミを集め、トレイを棚に戻すと、下を向いて足早に店の外に出る。

イザーク様は、通路の両側の人達の歓声に応えて頷きを返しながら、悠々と店を出てきた。


「イザーク様、なんて事をするんですか! どれだけ注目されるかわかっていますか? もしかしたら、私達の動画が、全世界に公開されるかもしれないんですよ!」


「私は元々国では有名だから、注目される事には慣れている」


「魔王様はそうでしょうとも! でも、私はそうじゃないんです!」


後ろから走って来る足音が聞こえた。

若い男性が、私にスマホを突きつける。


「ハンバーガーチェーン店でのプロポーズは衝撃的でしたねぇ! 出会いを聞かせてくださいよ?

彼はモデルみたいですけど、どこの国の人?」


「やめてください、一般人なんです!」


「ちょっとだけ、良いでしょう? おめでたいことじゃないですか!」


「撮るのを止めてください、付いて来ないで!」


その男性は、私の腕を掴もうとした。

その時、イザーク様がフッと手を上に挙げると、触れてもいないのに男性は後ろに飛ばされて尻餅をついてしまう。


「マキ、急いで帰ろう」


私達は、急いで電車に乗って家に戻る。

イザーク様は、庇うように私の肩を抱いて、黙って歩いた。


部屋に帰ると、私はぐったりと疲れて、ベッドに腰を下ろす。

とても目立つイザーク様と一緒に歩くと、思った以上に注目を集めてしまった。

私は人に注目されることに慣れていないので、とても負担に感じたのだ。


「マキ、大丈夫? 今日は疲れたね、少し休むと良い」


「少し疲れましたが、大丈夫です。庇っていただいて、ありがとうございました」


「あんな男に追いかけられるとは思っていなかったのだ......嫌な思いをさせてしまって、済まなかった」


「イザーク様が謝ることではありません。この世には、変な人もいるのです」


イザーク様は私の側に座って、慰めるように私の手を取る。


「イザーク様、大事な指輪はお返しします。代々伝わる家宝を、私がいただくわけにはいきません」


私が渡した指輪を受け取ってから、イザーク様は改めて私の指に嵌める。


「私の気持ちだ、受け取ってほしい」


「もし、服や食事などの代金が気になるのでしたら、本当に安いものだけを買ったので、そんな負担にはなっていないのです。私が普段使っている金額と変わらないのですから」


「そうではない、マキ。私がマキと話せるようになって、どれだけ楽しかったか、マキはわからないのだろう?」


「イザーク様は千年も封印されていたので、とても孤独だったのですね」


「最初は封印を解いてもらう目的だけで、マキにキスをしてほしかった。でも、封印が解けたとき、私がマキにキスを願ったのは、マキに心からのキスをしてもらいたいと、私自身が願ったからだ」


「............」


「孤独だったから、マキに惹かれたのではなく、マキであり、マキシミリアであるマキを愛しているからだ」


私はとっくにイザーク様が好きだった。

封印が解ける前から、イザーク様と話すのが楽しかったし、部屋に帰った時も、封印の箱が消えてしまっていないとわかると嬉しかった。


実際に見るイザーク様は、あまりに神々し過ぎて近寄りがたい魔王様だけど、イザーク様が私に近寄る度に心臓は高鳴るのだ。


「マキ、私にキスを、心からのキスをしてほしい」


私は、イザーク様の顔を見る。

深い闇のような黒い瞳と、どこまでも青く澄んだ二つの瞳に見つめられて、私は震えてしまう。


「イザーク様......私も、もうずっと前から......魔王様が大好きです」


私は震えながら、イザーク様の唇にそっとキスした。

イザーク様は、私をしっかりと抱きしめる。


「マキ、これからは、ずっと一緒にいよう! 私はマキを決して離さない」


イザーク様は私にキスをする。

激しいキスに、私は我を忘れる。


この瞬間に世界が終わってしまっても、イザーク様と抱き合っていれば、私は何も後悔はしないだろう。

イザーク様と私は、一つに抱き合って、暗い、暗い闇の中に落ちていく。


上を見ると、青い空がどこまでも広がっている。

あれはイザーク様の瞳の色だと思ったけれど、そこで私の意識は消えてしまった。




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