なぜか封印が解けました
私はもう、イザーク様に遠慮をしないと決める。
なんでも、思ったことを率直に話そう。
仕事でクレームが来て気分が落ち込んでも、イザーク様にしゃべると一緒に憤慨してくれる。
今までは誰にも話せなくて、心の中に沈めるしかなかった話も、イザーク様に聞いてもらえるとスッキリする。
イザーク様の助言は、時にぶっ飛んでいる。
「それ以上、苦情を言われたら、魔法を使って口を縫い付けてしまえ」
あまりにも無理な話で笑ってしまって、でも、それで気が晴れるのだ。
そして一ヶ月が過ぎて、イザーク様の『キスは?』は、『おはよう』や『おやすみ』と同じ意味になった。
私は『残念ながら』とか、『そのうち』とか、『いつか』とか、適当な言葉で答えていた。
日曜日はゆっくりと起きて、私は朝昼兼用の食事を終えてから、イザーク様と話をしていた。
床にある封印の箱のタオルがずれて、表面の模様が見えている。
「封印の箱の模様には、どんな意味があるのでしょうか?」
「箱の模様? こちらからは何も見えないな......どんな模様が書いてある?」
私はタオルを外して、箱の模様をじっくりと見る。
「すごく細かい模様ですね......幾何学的な模様と、星のような形、太陽のような形もあります。それから、花の形とアルファベットのような文字ですね」
「文字は読めるかな?」
「さぁ、どうでしょう? 飾り文字で書かれてありますね」
私は、箱の文字らしき部分をなぞる。
「あれ? もしかして、これはイザーク様のお名前でしょうか? 『イザーク・アルファ・トビリシニ・エル・アラルカン』と書いてある気が」
最後まで言う前に、私の触れていた封印の箱は煙のように消えうせる。
そして私の目の前に現れたのは、全身黒ずくめの服を着た『大魔王様』だ!
「イ、イザーク様?」
私はイザーク様を見上げて固まる。
背が高い。
「マキ? 君がマキなのか?」
彫りの深い、美しく整った顔の瞳は、片側が黒く、もう一方が透き通るブルーのオッドアイだ。
漆黒の長い髪が、イザーク様の肩に掛かっている。
イザーク様の恐ろしいまでの美貌に驚いて、私は声も出ない。
私を見下ろすイザーク様は、確かに『大魔王様』と呼ばれるのに相応しいお姿だった。
私は、イザーク様の瞳を吸いつけられたように見つめるばかりだ。
「驚いたかな? この瞳のおかげで、私は『闇と光を抱く大魔王』と言われるのだ」
イザーク様は悪魔のような容貌ではなく、オッドアイの瞳のために魔王の二つ名を持っていたのだ。
「......なぜ......封印が解けたのでしょう?」
封印を解くには、キスが必要と言われたはずですが。
「わからない。しかし、封印を解いてくれて礼を言おう」
イザーク様は片膝をついて、私に手を差し出す。
私はまだ訳がわからないまま、手を出すと、イザーク様は私の手を取って口づける。
私は、イザーク様のロマンチックな動作にときめく。
けれど、イザーク様が側に近づくと、埃っぽいような異臭がする。
よく見ると、イザーク様の服が、埃まみれのようだ。
おまけに、床の上でブーツを履いている。
美しいお姿も、こんな有様では台なしだ。
「まず、靴を脱いでいただけますか? それから服を洗濯しますから、脱いでシャワーを浴びてください」
私は、イザーク様のブーツを脱がせて玄関に置く。
イザーク様を浴室に連れていって、シャワーの説明と、シャンプーやボディーソープの使い方を教える。
「体を洗う召使いはいないのか?」
「そんな人はいませんので、ご自分で洗ってください。ちゃんと髪も丁寧に洗ってくださいね! それからここにバスタオルを置きますから、これで体を拭いてください」
私は、ユニットバスにイザーク様を押し込める。
千年も小さい箱に押し込められていたのだから、少々狭いのは我慢してもらいたい。
イザーク様の服は、洗濯機に入れて、おしゃれ着洗いコースでスイッチを押す。
色が落ちたり、縮んでしまいませんように!
着替えをどうしようと悩んだのだけれど、洗った服が乾くまでは、私のバスローブを着てもらおう。
その時、部屋のインターホンが鳴った。
インターホンの画像を確認すると、部屋の外に立っていたのは優斗だった。
もう一度インターホンが鳴る。
私は通話スイッチを押した。
「もう、話すことはないから、帰って!」
私は優斗の電話番号は着信拒否にしたし、すべてのメールを消したのだ。
「悪かった、一度だけ、顔を見て謝らせてほしい。それだけ言ったら帰るから。着信拒否されたから、こうして来るより方法がなかったんだ」
「......わかった......でも、すぐ帰ると約束して!」
「約束する。顔を見て謝ったらすぐ帰るよ」
私はドアを開ける。
優斗は当たり前のように部屋に入ろうとするので、私は優斗を玄関から押し出す。
「なんだよ、ちょっと入れてくれたって良いだろ」
「早く謝罪して帰って!」
「わかったよ......玲香は子供っぽくて、ヤキモチ焼きで話にならなくてさ。別れて初めて真紀の良さがわかったんだ」
優斗は初々しい玲香に惚れたと言ったのだ。
「でも、玲香さんと結婚したんでしょ?」
優斗の薬指には指輪がある。
「子供ができたから、仕方なく結婚したんだ......また、時々こうして会えないかな?」
どうして私は、こんな男と同棲なんかしたんだろう。
三十歳前に結婚したいとばかり思って、目が眩んでいたんだ。
「お断りよ! いまさら、そんなこと言って、なに考えてるの! 優斗と結婚しないでほんと良かったわ!」
「そんな言い方ってないだろう......謝ってるじゃないか!」
「どこが謝っているのよ! 早く帰って!」
「マキ、誰か来客かな?」
私はパッと振り返る。
そこにいたのは、イザーク様だった。
腰の周りにバスタオルを巻き、濡れた髪をタオルで拭きながら、私を見てにっこりと笑った。