封印の理由は浮気?
突然私の部屋に現れた箱は、偉そうに私に命令する。
私は、その魔王様とやらの長い名前を、机の上にあったメモに走り書きする。
クレームで相手の名前を間違えると、たいていは更に酷いトラブルになるからだ。
「それでは『イザーク・アルファ・トビリシニ・エル・アラルカン』様、私の先祖が貴方様を封印した事情をお教え下さい」
「俺様を『アラルカン大魔王様』と呼ぶのだ
俺様を封印したマキシミリアは、八百年前に亡くなったから、マキシミリアの血筋を辿ってお前を見つけたのだ」
そういえば、私のひいおばあちゃんだったか、ひいひいおばあちゃんだったかが、明治の初めに日本に来た外国人宣教師夫妻の娘だったと、昔、祖母が言っていた気がする。
今はもう、外国人の血はすっかり薄まって、私の外見は日本人にしか見えないのだが。
「マキシミリアは、俺様をこの箱に封印して、『千年そこで反省してね、封印を解けるのは、私の血を引く娘の、心からのキスだけよ』と言い放ったのだ!」
全能の大魔王様を自称しているけれど、その大魔王様を封印できるマキシミリア様が、本当の全能の大魔女様なのじゃなかろうか。
しかし、それを指摘してはいけない。
「なるほど......そんな事情があったのですね」
「そうだ。だから早く俺様にキスをして、封印を解くのだ!」
でもこれは、どんな悪戯だろうか。
こんな荒唐無稽な話を真に受けて、箱にキスをした所を写真に撮って馬鹿にするとか、或いは、他に何か企みがあるのだろうか。
私は、手近にあった上着をそっと箱に被せる。
これで、箱にカメラが付いていても、何も写せないだろう。
「あの......これはもしかして、何かの悪戯でしょうか?」
「悪戯などでは無い! 千年も封印されていた俺様の身にもなってみろ!」
私はきっと、とても疲れているのだ。
メンタルも相当やられているのだろう。
そうでなければ、こんな話をまともに聞くはずがない。
「もし真面目な話だとしたら、もう少し、言い方があるのじゃないでしょうか?」
私は反論してみる。
「人にお願いをするなら、もっと丁寧に話したらどうでしょう」
「そうか......千年も経っていたら、俺様の名前も、封印の事情も忘れられているのか......」
「はい、申し訳ございませんが、初めてお聞きしました」
「それでは、まずお前の名前は何と言うのだ?」
フルネームを教えるのは、まだ危険な気がする。
「真紀です」
「マキシミリアの子孫だから、マキなのだな......懐かしい、俺様もマキシミリアをマキと呼んでいた時もあった......」
いや、単なる偶然だと思いますけど。
アラルカン大魔王様の口調は、少しずつ穏やかになっている。
「それで、マキは、やはり魔法使いをしているのか?」
「まさか! この世に魔法使いはいません。私はコールセンターに勤めているのです」
「こーるせんたー? それはどんな仕事なのか?」
「えーと、簡単に言えば、人に色々と説明して仕組みをわかってもらう仕事でしょうか?」
「そんな楽な仕事で金を貰えるとは、良い世の中だな」
「アラルカン大魔王様には下々の生活は想像がつかないでしょうけれど、これでなかなか大変な仕事なのです」
クレーム処理とか、クレーム処理とか、クレーム処理とかですね。
「大魔王様のお仕事を、お聞かせ願えますか?」
「俺様は、王の最側近で、国の統治をしたり、隣国との戦争を有利に進めたりしていたのだ」
あれ、大魔王様が世界で一番偉いのじゃなかったの?
その上に王様がいるのですね。
「それで、大魔王様を封印したマキシミリア様は?」
「マキシミリアは、王妃様付きの魔法使いだったのだ」
「なぜ大魔王様は封印されたのでしょうか?」
「それは、だな......」
アラルカン様は言いよどむ。
「つまり......俺様がリザベラと恋人になったと、マキシミリアが思ったのだ」
つまり、浮気ってわけですね!
「それで、マキシミリア様に封印されたと」
「それは誤解だったのだ。いくら説明してもマキシミリアは許してくれず、千年も封印するのは酷いだろう!」
「それぐらいマキシミリア様は傷ついたのですね......」
マキシミリア様の気持ちは、私にはよくわかる。
「しかし、マキシミリアはその後、ハンサムな騎士と結婚して幸せになったのだぞ。ならば俺様を封印から解いても良いだろう?」
「封印を解いて、大魔王様がリザベラ様と幸せになるのが許せなかったのでしょうね」
「それでも俺様は、マキシミリアの幸せを願っていたのだ。
マキシミリアが二百年後に亡くなったときには、俺様は悲しみの余りその後世界の様子を見ることを止めてしまったくらいだ」
それから八百年、世界はすっかり変わったのだ。
「ところで大魔王様、私はお腹が空いたので夕食を食べたいのです。大魔王様は食事などはどうなさるのでしょうか?」
「封印されている間は、俺様は意識だけの存在だから、食事も睡眠も関係ない」
つまり、食事を用意したり、洗濯物を洗ったり、病気の時に看病したりしなくて良い、というわけですね。
単純な話し相手としてなら、まあ、しばらく一緒にいても良いか......暇だし。
「私の様子は、大魔王様には見えるんでしょうか?」
「いや、マキの存在はわかるが、姿形は見えない。言葉は聞こえる」
これは大切なポイントだ。
私の姿形が見えないならば、安心して暮らせそうだ。
「それで、いつ俺様にキスするのだ? 早く封印を解いてくれ!」
「千年も待ったのですから、少々の時間は誤差でしょう? それよりも、私が封印を解いても良いと思うように態度を改めてくださいね」