真紀とマキシミリア様
私の前に、イザーク様が跪いている。
ハンバーガーチェーン店で、指輪を捧げられた事を思い出さずにはいられない。
イザーク様は、約束を守る義理固い人だった。
「お立ちください。アラルカン大魔王様、公的なお立場を忘れていらっしゃいます」
「何を言うのだマキシミリア、いや、マキ、私の気持ちは変わらない。私は心からマキと生涯を共にしたい。それ以外の望みは無いのだ」
イザーク様の表情は真剣そのものだ。
「私は魔法も使えません」
「マキは私に、マキを愛する魔法を掛けたのだ」
それは魔法と違う。
でも、そう言ってくれるイザーク様の優しさが嬉しい。
「ただ、もしマキがマキシミリアとロベールの子孫なら、私と結婚することでマキは生まれないのではないか?」
「はい、そうかもしれません。でも私は、私が住んでいた便利で豊かな世界にいるよりも、イザーク様とこの世界で暮らしたいのです」
「では、マキ、返事は?」
「はい、イザーク様、私で良かったら、結婚してください」
「私はマキが必要なのだ。他の誰でもない!」
イザーク様は私を抱きしめる。
熱のこもった低い声で、私の耳に囁く。
「マキ、心からのキスを私にくれないか」
私はイザーク様の瞳を見つめ、爪先立ってイザーク様の唇にそっと触れる。
心臓のドキドキが止まらない。
「これがマキの『心からのキス』か? 全然伝わらないぞ」
私は思い切って、もう一度イザーク様に顔を近づける。
その時、イザーク様は私を抱きしめる腕に力を込め、私の項をがっしりと掴むと、私の唇を食い尽くすようにキスした。
三十秒? 一分? 二分? 永遠にも思えるキスが終わると、私は腰が砕けて一人で立っていられない。
「これが私の『心からのキス』だ。マキに伝わったかな?」
さすがはイザーク様、『闇と光を抱く大魔王様』の二つ名は伊達ではありません。
「それでマキは、このようなキスをして、私を封印から解いたのだな?」
「......最初からお話します。イザーク様は婚約の宝石箱に封印されて、私の部屋に飛び込んで来たのです」
「宝石箱が封印の箱だったと?」
「はい、千年経っていたせいか、箱は真っ黒になっていました。でも、箱の形、大きさも同じで、箱の表面に『イザーク・アルファ・トビリシニ・エル・アラルカン』と彫刻されていましたので、間違いありません」
「マキシミリアは私が浮気したと誤解して、婚約の品に嫌がらせで私を封印したのか」
「もしかしたら、マキシミリア様は別の目的があったのかもしれませんが」
「ふん、だが結果的に、マキとこうして出会えたのだから良しとしよう」
「私がイザーク様のお名前を読みながらその名前をなぞると、箱が消えてイザーク様が現れました」
「『心からのキス』で封印が解けたのではないのだな?」
「はい、そうです。イザーク様が現れたので、私はイザーク様とあちらの世界で数日を過ごしました」
「そうか、私は千年後の世界で、既にマキと暮らしていたのか」
「封印の箱の中から、イザーク様の声は最初から聞こえていたので、封印が解ける前も声だけでお話していました」
「私はマキに、ずいぶん世話になっていたのだな」
「イザーク様と話すのは私も楽しみで、何も負担に思っていません。イザーク様が姿を現した後は、同じ部屋で過ごすのが心臓に負担でしたが、とても幸せでした」
「私はマキと同室で過ごしていたと? それはつまり?......」
「あ、いいえ、同じベッドで眠った事が一度だけありますが、何もありませんから!」
「何もない、だと! 私は千年後にそんな腰抜けになっていたのか!」
「あ、いや、その、色々な訳がありまして、決してイザーク様が腰抜けだったのではありません」
「そうか、それで『心からのキス』をしたのだな?」
「その時ではありませんが、お互いの心が通じ合って、キスをしたのです」
「このようにか?」
イザーク様は、また私にキスをする。
心臓がもたない。このままでは今日死んでしまいそうだ。
「お願いです。話をさせてください。息がもちません」
「わかった、しばらくは我慢しよう」
「『心からのキス』をすると、私はイザーク様の瞳の中に落ち込んで気を失いました。次に気がつくと、私はマキシミリア様になってベッドで寝ていました」
「なるほど、それで私が見舞いに来た時に、マキシミリアの態度が変わっていたのだな」
「私の気持ちでは、つい昨日イザーク様と『心からのキス』をしたはずなのに、イザーク様の態度が冷たかったので傷ついて泣いてしまったのです。」
「本当に、知らなかったとは言え済まなかった。お詫びをしよう」
イザーク様は、また私にキスをする。
「そんな話を聞くと、ますますマキが愛おしくなる。これからマキと離れて暮らせるだろうか? 陛下に結婚の許しを急いでもらわなければならない」
イザーク様の熱がどんどん高くなる。
私はイザーク様の過熱を防ぐために(そしてわたしの心臓を労るために)別の話を振る。
「ところで、私と中身が入れ違ったマキシミリア様は、いったいどこに飛ばされたのでしょうね?」
「さぁ、どこだろう? 入れ代わったとすれば、マキが元いた世界ではないか?」
マキシミリア様はかなりわがままな性格らしい。
そんなマキシミリア様が、私の身体に宿ったら、お気の毒、と言うほかない。
「マキが私の側にいてくれれば、マキシミリアがどこにいようと私は構わない」
イザーク様のオッドアイに見つめられて、私はただただ溺れてしまった。




