十日振りのイザーク様の来訪
イザーク様は、一週間経っても姿を見せなかった。
毒殺事件の捜査が進んでいるらしく、宮殿では押し殺した緊張感が漂っていると、オリガが教えてくれた。
しかし私は、この建物から出ないようにと言われて、毎日暇を持て余す。
もしかしたら、私はマキシミリア様になったので、凄い魔法が使えるのではないかと試してみる。
最初は、小さな物を動かす『気』を送ってみたり、灯を点けたり消したり出来ないかと、蝋燭を睨んでみたりしたが、全て失敗だった。
結界を張ってみたくて試したが、オリガに投げてもらった雑巾は、見事に顔にヒットした。
桶の水で試さなくて、本当に良かった。
私が魔法で貢献できないなら、日本での経験を活かせる仕事はないだろうか?
家事はある程度出来ると思っていたが、重い水桶を持ったり、火を起こして竈で料理したり、細かい針仕事は無理だった。
イザーク様は私の料理で大満足だったけれど、この世界にはインスタント食品も、冷凍食品もない。
一度だけオリガに頼んで台所に連れて行ってもらったが、大きな獣の脚の肉が、蹄付きで吊されているのを見ただけで吐き気がしてダメだった。
この世界の料理方法は、基本、焼くか煮込むかしかない。
しかも味付けはハーブと塩のみで、ワイン煮込みはごちそうだ。
当然ながら、醤油もマヨネーズもケチャップもない。
お酒も赤ワインはあるものの、私が飲んでいたものよりもずっとドロドロしていて、雑味も多く、飲む度に違う味がする。
イザーク様が私の作るお手軽料理を美味しいと言い、ワインを水のようにスイスイ飲んでいた理由が、今更のように納得できる。
私はパソコンを使った仕事は得意だったけれど、この世界にはそもそも電気がない。
この世界ではクレーム対応は地位と権力や魔法で黙らせるそうなので、そもそもそんな職業は有り得ない。
それにしても、イザーク様は現れない。
婚約の品の宝石箱が入った棚を見つめて、私はため息をつく。
何も出来ない私と、イザーク様は本当に結婚してくれるのだろうか?
イザーク様に婚約解消を告げられても、ショックを受けないように心構えをする。
私が頼れるのはイザーク様だけなので、この世界でなんとか暮らして行けるように頼み込まなければならない。
先触れがイザーク様の来訪を告げたのは、十日経った日の事だ。
私は、急いで一番似合っていると思う赤ワイン色のドレスに着替える。
「マキシミリア、久しぶりだね、体調はどう?」
イザーク様は明るく言うけれど、お顔の色は悪く、お疲れの様子だ。
「はい、お蔭さまで、元気です。イザーク様はだいぶお疲れなのではないでしょうか?」
イザーク様は、挨拶のために取った私の手を離さない。
「いや、何も問題はない。マキシミリアはまだ『マキ』なのだね」
「はい、残念ながら、そのようです」
周りにいる召使い達は、何を言っているか、わからないだろう。
もちろん指示以外の主人達の会話は、聞こえない振りをしているけれど。
イザーク様は、私の手を握ったまま、部屋の椅子に私を導く。
自分は向かい側の椅子に掛けると、人払いをする。
「もうすっかり、お仕事は片付いたのでしょうか?」
「ああ、ほとんどは終わった。マキシミリアを囮に使ってしまったが、あれが解決の糸口になったのだ」
「それは良かったです。イザーク様は少しお休みをいただけたのでしょうか?」
「明日は一日休める。ところで、マキは魔法が使えるようになったのか?」
やっぱりこの質問が来た。私が魔法を使えなくなったら、婚約も解消だろう。
「はい......色々と試してはみたのですが、魔法は全く使えません......どうか、下働きの召使いで良いので、暮らして行ける仕事口を紹介していただけませんでしょうか?」
イザーク様から婚約解消を言い渡される前に、新しい仕事を確保しておきたいのだ。
「......そうだな、無いわけではない......例えば食事の献立を決めたり、招待状の代筆をしたり、庭の管理をしたり、時には話し相手になったりする仕事はどうだ?」
「なるほど、秘書のような仕事ですね? それなら私にも出来そうです。是非、紹介してください!」
「マキシミリアは、いや、マキは、とても聡明だと思うが、時々とんでもなく抜けている......それも可愛いと思う私も、どうかしているな」
「えっ!?」
「私はマキに婚約の品を贈っているだろう? なぜ私が心変わりすると思うのだ?」
「だって、私には魔力もなければ、力仕事も細かい仕事も出来ないのです。魔法使いが結婚するのは、魔力を持った子供を得るためではないでしょうか?」
「私は魔力のあるマキシミリアではなく、魔力がなくても、マキと結婚したいのだ」
「イザーク様、なぜ?」
「マキシミリアは私を封印するとき、心からのキスで封印が解けると言ったそうだな?」
「はい」
「私はマキシミリアを愛するのに、どう努力したら良いのかわからなかった。けれど、マキを愛するには努力などいらない。挨拶のキスと心からのキスの違いがわからなかったが、今ならわかる」
イザーク様のオッドアイに光が灯る。
私は吸い込まれるように、イザーク様を見つめるばかりだ。
「マキ、魔力のない魔法使いは王宮には居られない。行きたい場所がないのなら、私と結婚して私の屋敷に住まないか?」
「イザーク様、本当に......」
イザーク様は、椅子から立ち上がって私の前に来ると、跪いて手を伸ばす。
「私と結婚してくれるね、マキ?」




