イザーク様の銀色の宝石箱
イザーク様は、外がすっかり暗くなってから来てくれた。
私は客間でイザーク様を出迎える。
「マキシミリア! だいぶ待たせてしまって済まなかった」
イザーク様は急いで私に近づくと、私の手をとって口づける。
前に私を詰問した時とは違って、優しく丁寧な仕種だ。
「いいえ、イザーク様がお忙しいときに、何度もお呼びして申し訳ございません」
イザーク様は私の手を離さず、私をじっと見つめる。
吸い込まれるようなイザーク様のオッドアイを見ると、そこに冷ややかな光はなく、探るような期待の色が見えるのは、私の思い過ごしだろうか。
「お人払いをお願いします」
「いや、少しだけ待ってほしい」
イザーク様が従者から小さな荷物を受け取ると、それをテーブルの上に置く。
光沢のある黒い袋で、入口が紐で縛られている。
「マキシミリア、以前から用意させていた婚約の品だ。開けて見なさい」
日本でも、結納の品を贈る家もあるけれど、この世界ではどんな品物を贈るのだろう。
私は好奇心満々で袋を開ける。
袋の中から出て来たのは、ずっしりと重い銀色に輝く箱だ。
表面には細かく彫刻が施されている。
「もしかして、この箱は......」
色は違っているけれど、この形はイザーク様の封印の箱だ!
表面には、飾り文字で書かれたイザーク様のフルネームも見える。
元々は綺麗な銀の箱だったのが、私の部屋に来たときは千年も経った後で、真っ黒に変色していたのではないか。
「開けてごらん、マキシミリア」
私は、恐る恐る箱に触る。
この箱が私の部屋に飛んで来たときは、床にへばり付いて、いくら触ってもびくともしなかった。
箱は蓋がすっぽり被さるように出来ていて、そっと持ち上げると中が見える。
黒い布で厚く内張りされた箱の中には、金の鎖のついた首飾りと、大振りの青い宝石のついた指輪が入っている。
これは、イザーク様が着けていた首飾りと、ハンバーガーショップで私に渡そうとした指輪に違いない。
「これは?」
「アラルカンの名前を引き継ぐ者に、代々伝えられる宝石の一部だ。いずれ私とマキシミリアの子供に贈られる」
イザーク様と私の子供! 私は、急に結婚の意味を突きつけられる。
魔法使いの女性は、魔力を持つ子供を生むために、同じぐらいの魔力のある者同士で結婚するのだ。
「結婚式には、この宝石を着けてほしい。もっと早く渡さなければならなかったのだが、遅くなってしまった」
こんな高そうな装飾品をもらうのは躊躇われるけれど、これがこの世界のやり方なのだろう。
「こんな素晴らしい宝石を贈っていただき、本当にありがとうございます。大切にします」
私はイザーク様を見て、嬉しくて笑ってしまう。
何よりも嬉しいのは、イザーク様が突き刺すような眼差しではなく、穏やかと言っていい表情をしていることだ。
「マキシミリアに喜んでもらえて、私も嬉しく思う」
私の後ろに控えていたオリガが、進み出る。
「アラルカン大魔王様の贈り物は、貴重品棚で鍵を懸けてお預かりいたします」
オリガが宝石箱を持って下がったので、イザーク様にも人払いをしてもらう。
「お呼びいたしましたのは、リザベラ様と近衛騎士のロベール様の事なのです。お二人が特別な仲だと噂になっているのはご存知ですか?」
「その辺りは報告を受けている」
「私は今日、そのロベール様から求婚されたのです。一緒に隣国に逃げようと言われました」
「それで、マキシミリアはなんと答えたのだ?」
「もちろん、お断りいたしました。ところで、封印されていたイザーク様が言っていた、『マキシミリア様と結婚した騎士』と言うのは、ロベール様ではないでしょうか?」
「......可能性はあるかもしれない......」
「リザベラ様をイザーク様に近付け、それをマキシミリア様に見せてイザーク様との婚約を破棄させる。うまくいけば、激怒したマキシミリア様はイザーク様を追放するかもしれない。そして、ロベール様がマキシミリア様と駆け落ちすれば、陛下と王妃様の周辺から強い魔法使いを排除できる......そう考えるのは誰でしょうか?」
イザーク様は、難しい顔をして考え込む。
「私が雷に打たれて意識を失っていた間に、王妃様の食事に毒が入れられたとしたら、王妃様を害そうとする勢力とロベール様とは何か関係があるのではないでしょうか?」
「その繋がりは既に気づいていて、証拠を掴むために騎士は泳がせていたのだ。実は、今日、ロベールがマキシミリアと会った時、私は密かに会話を聞いていた。だから、マキシミリアが私に真実を話しているのはわかっている」
「あの時、イザーク様は中庭にいらっしゃったのですか?」
「少し離れた場所で、魔法で声を増幅させて聞いていたのだ」
イザーク様は地獄耳だった。下手なことは言えない。
「ロベールは、マキシミリアを連れ出す準備も整えていたのだ。もし少しでもマキシミリアが求婚に応じる様子を見せたら、そのまま隣国に拉致されていただろう」
ええ~っ、ロベール様はあんな綺麗な顔をして、私を騙そうとしていたのだ。
「つまり、私は囮にされた、と言うことでしょうか?」
「もし、ロベールが無理にマキシミリアを誘拐しようとしたら、すぐ助けに行く準備はできていたので心配はなかった」
「それで、ロベール様は今どうしているのですか?」
「既に捕まえて、尋問中だ。あれは今晩中にも全て喋るだろう」




