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どういうことかと聞きに行ったらそれはそれは美しい笑顔で、「私、可愛い諾子さんを引き換えになんて仰る方大嫌いなの」と言われた朱夏はため息を吐いた。過保護とかそういう問題ではない。
たしかに薫子を直接狙うよりは勝率が高いだろうという打算はあったが、同性の友人と婚約したいというのが地雷だなんてそんな馬鹿なこと、と考える。
(まぁ、俺は薫子サンみたいな転がしにくそうな女嫌やけど)
朱夏はひとりの女を崇めるなんてごめんだった。そもそも、薫子は好みじゃない。
得体の知れない女よりは明るくて可愛い子が好みだった。ミスリル級の防壁付きだったが。
兎月は兎月で、にっこり笑って椅子に座る薫子と床に座ってその膝にしなだれかかる諾子を見ながらため息を吐いていた。マフィアのボスかよ、という突っ込みが頭に浮かんだが口にはしなかった。
「兎月さん。わかっているとは思うのだけれど、私の諾子さんを狙う上に足を引っ張ろうとする方が多いの」
「私は薫ちゃんの役に立つならなんだっていいんだけど…」
「ダメよ。それであなたに何かあっては悲しいわ」
完全に距離感がバグっている。元から思っていたが悪化している気がした。
けれど、心配する薫子に向ける諾子の蕩けるような顔は非常に愛らしい。高鳴る胸を抑えるように息をゆっくりと吐いた。
「俺も、柏木に何かあったら嫌だし守られてくれるならそれで良いけど」
「諾子よ」
「は……?」
「婚約するなら名前で呼んでもいい」
薫子によしよしされながら兎月にそう言った諾子。それなりに兎月とも仲がいいので名前を呼ばれることに不快感もなかった。小さな声で呟かれた己の名に満足そうに頷いて、笑う。
正式な話を柏木家の当主や元正たちから時透家として受けた後、彼は諾子と二人で話をした。
けろりと「まぁ、兎月ならいっかなって」と言ってのける好きな女の子に頭を抱えたくなった。
「俺ならって…」
「だって、兎月は私のこと大好きでしょ」
自信満々に言われた言葉に兎月は顔を真っ赤にした。どうして、と何で、と聞きたくて「どっ!?なっ!?」と言っているあたりめちゃくちゃ焦っている。
「お前、気づいてなかったんじゃ…!?」
「兎月が私のこと好きってこと以外は知らないけど」
諾子は好意は感じていても、兎月の囲い込みに関しては知らなかった。
普通に首を傾げている。その仕草を見ながら、薫子の前ではやっぱりぶりっ子してるんだなぁとしみじみ思う。彼はとっくに自然体の彼女のことも愛しているが。
「薫ちゃんに結婚しろって言われたのはもやる」
すっと瞳からハイライトを消す諾子に「帰ってこい帰ってこい」と目の前で手を振る。相変わらずの薫子至上主義である。
「とりあえず、俺は自分でもやばいなと思ってるが、あいつを思うお前も好きだ」
「いやぁ、そこはマジでおかしいと思う」
「だから……。俺にしとけ」
に、と笑う兎月の手を取ると彼はとても幸せそうな顔をした。
なお、翌日せっせと彼女の世話を焼きながら婚約が決まったとじわじわ広げる兎月の姿を見た舞香はスペキャった。
「あいつ、もっと皮肉屋だったじゃん」
自分の知ってる“ヤツ”じゃないと目を擦るがその顔はゲームで見た通りの青年だ。
深くゆっくりと息を吐いて前を向いた。
(見なかったことにしよ)




