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過激派なのは椿と諾子だけじゃない。
「誰を好きになっても、それはあなたの自由だけれど、簡単に身体を要求するような下衆な男はあなたに相応しくないからそういうことを言ってくる男は報告するのよ」
いっそ清々しいまでに過保護を極めている幼馴染に諾子は苦笑した。椿は無表情だが雰囲気が変わったあたりおそらく少し悔しがっているし、ホッとしている。何もヤれてなさそう、と少し可哀想な子を見る顔をした。
「いやあ、なんだったら薫ちゃんが相手選んでくれても良いよ?」
薫子以外は道端の草、路傍の石を極めている諾子がそう言うと薫子は「良いの?」と首を傾げた。その仕草を可愛いなぁと見つめながら頷くと、薫子はにんまりと笑った。
「じゃあ、兎月さんにします」
すぐに導き出された言葉に少しだけ諾子の身体が硬直した。
よりにもよってそこかよと思う気持ちもある。
「時透のお家なら、叔父様もいるし今とそこまで関係性は変わらないと思うの。今来ている縁談はダメね。椿さんの足を引っ張りそう」
薫子は場合によっては椿より自分を大切にしている時があると自覚のあった彼女は、気軽に縁談なんて持ってこないだろうと思っていたが、逆に大切にしているから身近なやつをけしかけてくるとは思っていなかった。
嵐山朱夏とかいう面倒そうな男の出現も相俟って、薫子は本気で嵐山家を鬱陶しがっていた。そもそも嵐山の現当主は桜子のシンパだったらしい。そのせいか、薫子自身にも熱心に息子を売り込んでいた。
当の朱夏は興味なさそうにしていたが、ある日突然、諾子を嫁にと言い出した。
(そもそも、嵐山朱夏にはまだ足りないわ)
彼女を思う気持ちも、手腕も。外堀だけならもう別の人間に埋められている。
四季神の情報は細かく知る事ができるだろうが、そのために可愛い幼馴染を売るなんて冗談じゃない。薫子はそっと目を細める。
「薫ちゃんと兎月が良いならそうするけど……それって利益あるの?」
「あるわ。とーっても」
即答した彼女に「なんだろう」と悩む諾子だが、それに思い当たらない。
薫子からしてみれば、幼馴染は彼女の明確な弱味にもなり得る。それを相手方に取られないだけでも非常に有益だし、兎月はヘタレだけど非常に優秀だった。おまけに、兎月ならば諾子が薫子に向ける感情をまだ許容できるだろうという計算も少しだけある。それをわかっているからか椿も何も言わずにいる。
時間が来て、自宅に戻ろうとする諾子を椿は人払いの済んだ廊下で呼び止めた。
「今回の薫さんの提案ですが、こちらとしては受けていただくと本当に助かります」
「は?いや、別に薫ちゃんがいいならいいけど?」
「ちょっとキレ気味なのやめてもらいたいんですけど…。まぁ、いいか。諾子さんは薫さんにとってとても大切な存在です」
思いがけない言葉に、振り向いて視線を合わせた。
「だからこそ、俺たちはあの人を脅す材料にすらなり得る。あなたが薫さんのそばで笑っていられる環境を作れるというだけでもこの度の薫さんの提案は非常に有益です」
「……ふーん。でも、兎月は嫌がるんじゃない?そんなの」
「あいつはそんなもん、前から百も承知だから良いんですよ」
春宮やその周囲では外堀が完全に埋まっているのを知らぬは本人だけである。
こうして、薫子には「自分で告白もできないのはどうかと思うわ」とちくりとやられながらも彼は数年越しの囲い込みに成功した。




