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気付きと勘違い
ようやく高校生だ、と制服を着た舞香は嬉しげに姿鏡の前でくるりと回った。
鏡に映る自分は、どこからどう見てもゲームの主人公、ヒロインそのものだった。
新しい親のおかげでそれなりの教養と美貌も磨けたし、血のつながらない兄はそれなりに顔が良いから一緒に歩くと視線を集めて気分が良い。最近、モブ女を気にしていると聞くが、優先すべきは舞香だと知らしめなければいけないだろうか。
首を少しだけ捻って、それから優先すべきは義兄ではないと思い直した。今両親を敵に回すべきではないし。
「ふふ、円様もきっと気に入ってくださるわ!」
こんなに可愛いのだもの、と鏡を見ながら歌うようにそう言うと、自らの頬に手を当てた。
丸く大きな瞳、薄紅色の頬。栗色の髪。
磨き上げてきたそれは美人だが陰気な悪役令嬢にだって負けはしない。
そう。そのはずだった。
入学式で白桜会のバッジをつけた薫子を見つけて、舞香の考えはいとも簡単に覆される。
艶めく漆黒の髪、光の加減で紫にも見える瞳は自信を感じさせる。肌は白く、美しい。
春宮薫子は攻略対象のはずの春宮椿に愛され、輝かんばかりの美しさを誇っていた。
幼い頃に見た陰気な雰囲気は既になく、清楚な雰囲気の中にどこか相反するはずの艶を感じさせる。
(こんなはずじゃ)
椿が視線に気づいたのか舞香の方を見る。その目は険しい。
どうして、声にならない叫びが心に反響する。
ヒロインなのだから、強制力をもって高校生活で愛されるはずだった。
椿なんて、ゲームの中ですらあんな蕩けるような笑みを誰かに向ける男ではなかったはずだ。
これはおかしい。
よく見ると、朔夜の姿は見当たらない。
彼は薫子が助けなければ没落していたはずだった。どのルートでも、彼を懐柔することで外面が良い薫子の本性を暴くことができるのだ。
(まさか、薫子が転生者なの…!?)
ようやくそこに思い至って、歯軋りする。
確かに、もし自分であれば裏切るような男とは手を切る。そうなると相手が雪哉でないというのも納得ができる話だ。彼は婚約者だった薫子を断罪する存在なのだから。下僕なんて朔夜でなくてもいい。
春宮に籠るというのならば、椿さえいればなんとでもなる。椿を籠絡した理由も分かった。
(じゃあ、諒太たちの変化は何?)
薫子が何を望み、どういった変化を促してきたかを知らなければ自分の思う方向に舵を切るのは難しいだろう。
円は考えなしに引っ掻き回す事を望んでいたが、舞香自身は今の両親の教育もあってか落ち着いていた。いくら憎悪を煽って焚き付けようにも、舞香は設定と違ったことがたくさん起きることもあってか少しだけ慎重になることも学んでいた。
兎月はおそらく全く当てにならない。義兄に尋ねる事と両親に調べ物を頼む事を決めて、同じく編入生の少女に話しかけられた舞香は愛らしく微笑んでみせた。
(あまりにも想定外のことが多いわ。少しでも味方を作って早々に情報を集めないと。設定が変わっているならアプローチも変わるし、円様だけは奪わせないんだから)
そうして、高校生活は幕を開けた。




