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「今度の新年会こそ!俺がエスコートします!!」
「先日がイレギュラーだっただけでいつも椿さんじゃない」
けろりとそう言いながら薫子は椿の花がついた簪を髪に当てる。やっぱり自分は赤が似合うな、と思いながら笑みを浮かべた。
「ねぇ、椿さん。どうかしら」
黒髪に鮮やかな赤が映える。自分の名を冠したものを身に着けた婚約者はとても可愛い、と思わず頬を緩める。そっと腰を抱いて「可愛い」と告げれば、一瞬間が空いてぽっと赤く染まる頬。思いの外良い反応に彼の気分も上向く。もう二度とあの男にその手を取らせたりするものか、と掬った髪に口付ける。
「そういうの、良くないわ」
ぷいと背けた顔からはまだ赤みが消えていない。拗ねたような顔が珍しい。
少しだけ怒ったような顔を見せる彼女を好きでたまらないというような顔で見つめる椿。
「薫さんは赤がお好きなのですか?」
「特に好き、というわけでもないけれど……似合うでしょう?」
何でもないように言われた言葉に、薫子であればなんだって似合うのにと思いながらも椿は頷いた。
どんなものだって好きな女の子が身に纏うから価値があるのだ。そうでないならどんな高価な品物だってそこらの石ころと変わりはしない。
「椿さんには好きな色とかあるの?」
「薫さんの好きな色が、俺の好きな色です」
そういう話ではない、と困った顔をしたところでガラリと襖が開いた。
元気よく「かおちゃん!!」と部屋に入ってきた彼女は異様に薫子の近くにいる椿を見て「は?」と口に出した。瞬間、その間に入り込んで薫子の腕を抱いた。
「近い!薫ちゃんに何かしてたんじゃないでしょうね!?」
「一応婚約者ですよ。多少のスキンシップは許容内では?」
さらりとそう言ってのける椿にがるると威嚇する諾子。
こういうときはなんと言って止めるべきなのか、と薫子は少しだけ考えて、ポンと手を打った。
「私のために争わないで、というやつね」
合っているけど何か違う。
そう思った幼馴染二人はぴたりと止まった。
言いたいことがちゃんと出てきてスッキリしたのか、薫子はぽややんと「お茶を淹れましょうか?」なんて尋ねていて、「いる…」という諾子の言葉に嬉しそうにお茶菓子の準備もしてもらっていた。
「なんか……椿も大変だよね」
「薫さんはああいうところも愛らしいですよね」
「それはそう。薫ちゃんは可愛いとこと綺麗なとこしかない」
諾子も来てくれたと喜んでいる薫子を見つめる視線は温かい。
多くを魅了する彼女を悪女と呼ぶ人間もいるだろう。けれど、椿自身は彼女の素は「こちら」であると認識している。
それが計算であっても別に構いはしないけれど、おそらく正解だろう。
椿からの愛情に照れたり、喜んだり、それを損なわせようと思う人間に怒ったり。きっと、そういう普通の少女なのだろうというのが椿の見立てである。
何度だって、毎日だってたった一人に恋をする。
春宮椿はずっと薫子だけが大切なのだ。




