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入学式を終えた薫子は椿に手を引かれて白桜会のサロンへと入った。「入学おめでとう」と書いた見事な幕が掛かっている。
置かれている飲食物を見ながら薫子は「お金がかかっているわねぇ」と少しわくわくしたように周りを見渡した。
前世庶民の薫子はこういった学校での立食パーティー等の経験はない。そもそも、パーティーというものすら経験する人はそう多くない筈だ。
「薫さん、何か気になるものがあるんですか?」
「いいえ。ここまで盛大なお祝いだと思っていなかったから驚いてしまったの。椿さんは?」
「俺は薫さんがいればそれで…」
ニコニコとそう言う椿を「あらあら」と見つめる薫子だが、椿は本気で薫子以外に興味がない。その本気度がわからないから微笑ましげに椿を見られる。
全員が集まって自己紹介をすると、みんな分散し始めた。それでも薫子と椿は付かず離れず側にいる。薫子の側に男が近づけばずいっと椿が顔を出す。彼らにとってはちょっと邪魔な椿だが、薫子がにこにこと椿のお世話を享受しているので文句もつけづらい。
今の薫子は可憐で可愛らしいばかりの美少女であり、落ち着いた穏やかな性格をしている。それ故に小学一年生の女の子に色めきたったメンバーは一人や二人ではなかった。おまけに良家の跡取りである。自分の家は継がない男子にとって数年後には手が届かなくなる可能性すらある少女に早くお近づきになりたいと思う人間も多い。
そういった人間ほど椿を睨みつけたり、遠目で憎々しげに見ていたりする。
薫子も流石に悪意の視線が多いことに気がついて困った顔をした。
「椿さん、大丈夫?」
「何がですか?あ、コレ美味しいですよ!」
口を塞ぐためか、本当に美味しいからか、椿は薫子の口に食べ物を放り込んだ。言いたい事がありそうなのは察したけれど、椿は薫子以外からの悪意なんてどうでもいい。好意はもっとどうでもいい。幼いながら鋼鉄の意思を持った少年は嬉しそうに薫子の隣にいた。
(椿さんってば、意外と人の話を聞かないのね)
薫子は諦めがとても早いのでもう「まぁ、いいかしら」と思って口を噤む。薫子も椿に大分甘かった。
薫子は基本的に自分の話が誰かに影響を与えると思っていないし、自分の話を根気強く聞いてくれる人間がいるだなんて思っていない。
完全に両親のせいであり、彼女の前世のせいである。
椿がその内心を知れば、ガンギマリした顔で数年をかけて両親を社会的に殺しに行くこと間違いなしだし、彼ならば何時間であっても喜んで薫子の話を聞き続けるだろう。
だが、完全に天辺超えてぶっちぎりの好感度を持って薫子だけしか見てない盲目系の椿の性格なんて薫子は把握していない。
期待すればするだけ裏切られた時が無様な事を彼女は理解していたのでそれはそれはもう他人への期待値が低かった。
マシになってこれなのだが、椿の周囲がその異常性を完全に把握していないのと同じように、薫子のそういった異常性も隠れつつあった。ちょっと諦めが早いのなんて「物分かりがいい子」で終わってしまうものである。
そんな中でも、薫子は女の子の先輩たちとは少しずつ親交を深めていた。
昼過ぎに終わったその集まりの後、本人は不服そうではあったが雪哉に声をかけられ、家に遊びに誘われた薫子は首を傾げた。
「私、あなたとはお友達じゃないわ?」
その言葉に非常にショックを受けた雪哉を放って彼女はサッと車に乗り込んだ。このことで薫子は「ふっ…面白い女……」認定された。
椿は車の窓から雪哉を見つつ「面白くない野郎」認定をしたのだった。
薫子は自分が「ふっ…面白い女……」枠で興味持たれるなんてつゆほども考えてない。