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白いふわふわのドレスを持ち上げて鏡で自分に合わせる。怪訝そうな顔で首を傾けて、薫子は「これ本当に似合っているのかしら」と考え込んだ。
あれから椿は独占欲を隠さなくなった。元々隠しきれていなかったけれど。
持ち物は自分の選んだ物で固めたがるし、今回のようなパーティードレスも同様に選びたがった。薫子自身は「選ぶのって疲れるからちょうどよかったわ」とぽやんとしているが、周囲は顔を引き攣らせている。朔夜は椿を指差して笑って「えっ、マジ?正気?」と腹を抱えた。ゲラゲラ笑う彼が不快だったのか、椿にしては珍しくチョップで制裁を加えていた。
なお、このドレスは白桜会のクリスマスパーティーのために新調したものだ。椿はこれを着た薫子をエスコートすることを楽しみにしていたが、今回彼はインフルエンザに罹ってしまい、ベッドの中である。
そのため、今回は珍しく椿無しでのパーティー参加となる。四季神円も参加しているのはちょっと面倒だけれど、薫子は中等部に行ってしまった藤花と会えることは楽しみにしていた。
(去年の藤花お姉様のパンツドレスはとっても格好良かったわ)
思い出してうっとりと夢みがちな表情を見せる。薫子は相変わらず四ノ宮藤花を慕っていた。あくまで憧れる女性、ファン的なものとして。
某歌劇団もびっくりな成長をしている藤花の側にいるのは薫子にとって幸福のひと時であったりする。
家の車に揺られて会場に着くと、雪哉が顔を見せた。
さり気なく手を差し出す姿が絵になる。
「こんばんは。椿、インフルだって?」
最近では珍しく笑みを見せる雪哉に薫子は苦笑しながらその手を取った。そうでないと車から降りられない立ち位置だったのもある。そのまま、「そうなの。残念だわ」と溜息混じりに言う。
「せっかく選んでもらったドレスなのに、椿さんが隣にいないのは少し寂しいわ」
目を伏せる彼女に、雪哉はこれが自分を思ってなら、と思いながらもその笑みを崩さない。椿のことは気に食わないが、その献身は彼も知るところだ。それに、薫子の瞳にはまだ自分たちのような熱量を感じられない。勝負がついたわけではない、と言い聞かせる。
「後で写真でも送ってやれ」
「それはもう送ったわ」
元々、ドレスアップした薫子を諾子が見たがっていた。椿には「別に他のパーティーでは一緒なのだから良いのでは?」と言われていたが、写真くらい良いかといつも彼女に送っていたので今回だけというわけではない。
二人とも変わっているなぁ、と薫子は自分の写真を欲しがる二人を不思議に思っていたりする。
手を引かれて会場入りした二人は、同学年の白桜会メンバーと合流する。
薫子のお目当ての藤花は彼女と同学年のメンバーに囲まれている。彼女の代は男の子が一人で四人が女の子だった。藤花は薫子に気がつくと微笑みを湛えて手を振った。それに手を振りかえし、薫子も合流した諒太たちと歓談する。
「これだけ気合い入れたのに当の本人が来れないとか不憫にも程があるよねぇ。今日は踊らない感じ?」
「一曲は踊っておかないと。写真がアルバムに載るのでしょう?…正直、エスカレーター式だから別にいいのではないか、と思うのだけれど」
だからこそ椿が気合を入れていた。
白桜会の写真は欲しがる生徒が多いらしい。毎年、卒業アルバムを作成する学年の生徒はクリスマスパーティーの写真が掲載される。
薫子は「集合写真でいいのに」と思っているが、学園側は自然な生徒の様子を撮りたいらしい。
「まぁ、今年は諦めて俺にしておけ」
「妥協してあなた…なんて言ったら、他の子達から大顰蹙を浴びてよ」
ふふ、と薫子が表情を和らげる。
「というか、ずっる……くないです、僕別の子さーがそ!」
唇を尖らせて抗議しようとしたら、雪哉の笑顔なのに確実に笑っていない目にかちあって朔夜は逃げた。上級生に誘われてにこやかに応じている。
「行こうか」
先程とは温度の違う瞳が薫子を捉える。
その熱量に気がつかぬまま、彼女はその手を取った。




