87
椿は浮かれていた。
めちゃくちゃ重いことを言っても許された事実がそれに輪をかけている。薫子が自分の愛情にそれだけ馴染んだということだろう。
どんどん彼女が他者と関わる機会を少なくしたい気持ちはあるが、椿にはどうしても薫子の自由を奪うことはできなかった。
いや、いざとなって仕方がなくなればやるが、基本的には今のままの薫子に恋をしている。
目が合うと、恥じらうように頬を染める彼女が何より愛しい。
「椿、キッショ」
そんな諾子の声すら聞こえない有様の椿を見ながら兎月は溜息を吐いた。
浮かれすぎである。
確かに薫子は告白通り越して人生をくださいなんてプロポーズ的な言葉を豪速球でぶん投げてきた椿に対して照れてはいるが、彼女は同じ気持ちを返したとは思えない。
(このまま成長したらどんだけの人間を狂わせるんだろうな)
少なくとも、かつてのような儚さは薄れた。けれど、満たされつつある心は余裕を生んで、彼女を一層美しく見せる。危険なほどに。
それはどこか、独身時代の桜子を彷彿とさせる。そのために祖父母は彼女の周囲への警戒をより強める。
「諾子さん、あまりそういうことを言ってはダメよ」
「でも浮かれすぎでしょ、アイツ」
ぷくっと頬を膨らませた彼女に薫子は頬を緩めた。可愛いと呟いて頭を撫でている。
兎月はそれを見ながら、薫子にとっては椿も諾子も同じ好きだと思うんだよなぁと思う。
相変わらず諾子に甘い薫子は膝の上に頭を置いて腰に手を回す彼女を当然のように受け入れて微笑んだ。
「今日は随分と甘えん坊ね」
「こんな私はイヤ?」
「いいえ。どんなあなたも、私の可愛い諾子さんだわ」
優しくそう声をかける彼女に、諾子も機嫌を直したようで柔らかな笑顔を見せた。
その笑顔が身近な少年を一人陥落させているなんて知りもしないまま。
兎月は相変わらず外堀を埋めるだけ埋めて、告白もできていないままだった。
“薫子のことが好きな諾子“が好きだと自覚してから彼は自分がおかしいのでは?と自問自答しているが、やはり薫子に向ける笑みは別格だ。
「薫さん、俺は?」
流石に少し嫉妬したのか、椿も後ろから薫子に触れる。頬にその手をそわせて優美に微笑む。
(そりゃ、アイツらも堕ちるわ)
のんびりと茶を啜って、「いちゃつくのは二人の時にしろー」と言うと、薫子が真っ赤になって顔を覆った。自覚なしのところが怖い。自覚がないからこその魔性かもしれないが。
恨みがましい目で兎月を見る椿を見て何度目かの溜息を吐いた。