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帰りに春宮の家に集まると、珍しく元正や藤孝たちも集まっていた。
幼馴染三人は、やはりみんな集まっているから一緒に連れて帰られたのだなぁと思いながら帰宅の挨拶をした。
ただいま、と揃う三人の声を聞いて桃子たちも嬉しそうに「おかえりなさい」と声をかけた。
子供たちが帰ってきたのが嬉しいのか和やかな雰囲気で、気がつけば飲み会のようになっていた。流石にお酒の席に置くのはどうか、と三人は少し離れた場所で祖母や母親たちと一緒に食事をした。
そして、食べ終わってゆっくりとしている最中、椿が薫子の姿が見えないと思って視線で探すと彼女がそっと襖を開けるのが見えて追いかける。諾子は母親に捕まっていた。
そろそろ肌寒い季節だというのに、庭のよく見える縁側に静かに立っていた。
そっと月を見上げるその姿はどこかに消えていってしまいそうだ。それが少し怖くなって、思わず薫子の手首を掴んだ。
「……椿さん?」
驚いた顔をした後、不思議そうに首を傾げる。そして、どうして手首を掴まれているのだろう、と目線を手に向けた。相手が椿であるからか警戒もゼロである。
「すみません。月に、攫われてしまいそうだった…ので」
恥ずかしいことを言ってしまった、と思った椿は頬を染めて視線を逸らした。けれど、その手は握ったままで、それが少しだけおかしくて薫子はくすくすと笑った。
「まぁ、私はかぐや姫みたいね」
かぐや姫は攫われたのではなく、迎えにきた使者と共に帰ったという方が正しいのかもしれないが。
それでも、どこか遠くに行ってしまって手を伸ばしても届かない。そうなってしまう気がした点では一緒かもしれないと思って、彼は「どこかに行くときは一緒ですよ」と真っ直ぐに薫子に向き直った。
「俺の人生全てかけてずっとあなたと共に在りたい」
握った手を自分の胸に当てて、薫子をただ真っ直ぐ見つめる。
「だから、薫さんの人生も俺にください」
その言葉に一瞬、重いなと考え、それから何だか面白くなってしまって薫子は鈴を転がすような声で楽しそうに笑った。
(まぁ。私にそこまで言わせる価値があっただなんて)
歌うようにプロポーズかしら、と言う彼女に椿は言葉を詰まらせた。
もっと格好良く言いたかった、と思いながらも彼は頷いた。
思えば、椿の独占欲はそれなりに強かったなと薫子も思い返す。ガッツリヤバめな少年の独占欲を“それなり”だなんて考えているあたり薫子も十分に毒されている。
ずっしり重い恋情を向けてくる彼。それに人生を全てなんて発言されたこの時ようやく気がついた。
前世から、そんなものとの縁は希薄だった。両親ともそこまで仲が良かったわけではなく、愛した人には騙されていた。
今世の薫子は求めた両親の愛情は与えられず全てを諦めた。結果として今は祖父母の愛情を勝ち得ているが、最初から無償で与えられたものではない。
無条件に与えられる大きな感情が、薫子にはとても心地よいものに思えた。
「そう」
椿の目に映る少女は、そう言ってどこか満たされたような表情をした。
この場面はやりたかったので…。
中学生編は飛ばしていいかなぁと考えてます。




