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赤い橋に、揺れる紅葉が柔らかく灯りに照らされてどこか幻想的だ。
旅館の自慢である庭園に佇む少女の黒髪が風に少しだけ靡いた。それを押さえて耳にかけると、「十六夜」と後ろも見ずに男を呼んだ。
「お嬢、今のところ順調だ」
「そう。引き続き、あの子が椿さんに近づかないようにお願いね」
池に映る薫子は美しいが人形のようで表情はない。先程まで同級生と団欒していた人物とは思えぬそれに、「りょーかい」と雑に返事をした。
乱暴に頭を掻くと、「いいのか?」と彼は尋ねる。
「何が?」
「いや、部屋抜け出して密会とか坊っちゃんが知ったらキレ散らかしそうだしよ」
「キレ……椿さんは怒るの?彼、私の前だといつも笑顔だから」
一瞬、薫子の表情が寂しげに曇った。
基本的に椿は、薫子の目の前で負の感情を見せたりはしない。だから、彼の感情の強さを測り損ねている部分もある。熱烈に愛を囁かれているわけでもない。彼は我慢しているだけだが。
椿がどれだけ必死に動いていても、伝えなくてはわからないこともある。
だから、試すように誘惑染みたことをしてみた。たしかに様子は変わるけれど彼はどこまでも薫子に対しては紳士だった。
「私に誰かの感情を読むことなんてできないわ」
笑顔で接してくれていたと思っていたのに自分を関係ない物のように捨てた父親。
感謝を口にしながら虎視眈々と椿を狙うかつての友人。
転生してからだって美しいものだけ見て生きていけているわけではない。心の中が見えるわけではないのだから、わかりあうには対話が必要だろう。そして、彼女は両親の愛や幼馴染以外の友情のほとんど諦めてきただけだ。全てを受け入れられているわけでもない。
思われていることはなんとなく分かるけれど、椿が自分をどうしたいか。
薫子には理解が及ばなかった。
けれど、手放せなかった。
「結局、逃げられないのはどちらなのかしらね」
弧を描く口元。
愛らしい笑い声に、まぁ両方じゃねーの、なんて思いながら十六夜紀行は溜息を吐いた。口には出さないけれど。
別れた彼は携帯電話を取り出して、妹の番号を呼び出す。
修学旅行中の妹は不機嫌そうに「なに」と言う。苦笑しながら、どうにか椿が素直に気持ちを伝えられるように仕組めないかと問う。
「クラス別だしなー!えっ、というか椿様意外とヘタ
「言ってやるな」
まぁ、できたらね」
──でも拗れてんの、完全に当主サマがちゃんと言わねぇからだよなぁ。
そう考えつつも口は噤む。
「坊っちゃんには頑張ってもらわねぇと」
可愛いお嬢様の未来がかかってるんだ、と心の中で呟く。
例えば薫子が他にとって悪女だったとしても、彼女は春宮とそこに勤める人間たちにとって可愛いお姫様だ。それを傷つけようというのならば身内だって許されない。
十六夜=この間の護衛の兄ちゃん




