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制服を着た薫子・諾子・椿は三人揃って春宮家の桜の下で写真を撮った。楽しそうに薫子と腕を組んで笑う諾子と、微笑む薫子、薫子と手を繋いだ幸せそうな椿の写真は各々の家に飾られることとなる。
入学式の前に写真を撮って、三人は両親たちに連れられて白峰学園初等部へと向かった。
薫子は気づいていなかったが、椿はちょっとそわそわしていた。諾子は「写真が楽しみなんてコイツも可愛いとこあるのね!」とそれを見ながらにこにこしていた。薫子と違って鈍くはないので溢れ出る好きを察している。何より、椿が薫子とくっついたら自分がよほど春宮と関係性が悪いところに嫁がない限り一生幼馴染で仲良くできる。諾子は諾子でそういう計算もあったりするのだった。
車から降りた薫子には数々の視線が向けられる。桜子のせいでその中には悪意あるものもあるが、多くのものは美しさ愛らしさに目が離せなくなっていた。
春宮薫子は原作においても絶世の美少女である。
完成された女性としての美。それを台無しにするのは恋に狂い、愛に飢えたその本性だった……が。
恋未だ知らぬ、愛を祖父母から程よく受け、狂わず飢えずほんの少しおっとりと育ってしまった箱入り娘そのものの薫子は悪役令嬢と言える内面ではなくなってしまった。今の彼女は完成された美を約束された春宮の美姫である。
それに続くのは、穏やかに微笑みながらその手を取る優しげな少年である。薫子のためだけに自分の方向性を定めている椿は、薫子に向けられる視線が内心非常に気に食わない。だが、それを隠せる程度にはすでに自分を律していた。
ただただ薫子を怯えさせないためである。
そんな彼に熱い視線を送る少女達もいるが、椿はタイプの違う絶世の美少女二人と懇意にしている。しかもそのうちの一人にしか興味がない。
そんな椿を見ながら、諾子はその隣へと並ぶ。
ぱっちり二重に人懐っこいわんこのような元気系美少女である彼女は、そういう様子を見せながらも視線だけで悪意がありそうな人間を把握していった。向けている本人達も気づかないだろうそれ。そういう所があるから諾子は薫子の側に置かれる事となっている。
彼女達が入学する白峰学園初等部は名家の令息令嬢が揃う。その中のたったの五人が白桜会と呼ばれる組織に入ることになる。そして、本人としては驚くべきことに薫子はその中の一人として選ばれていた。椿も選ばれ、春宮への忖度も疑われたらしいが、薫子の祖父は「そんなことができるのならばあの馬鹿娘の時に避難させるために椿の父親を突っ込んでおったわ」なんて溜め息を吐いた。
入学式前に渡されたブローチには白い桜の蕾の紋様が刻まれている。初等部のうちは蕾のブローチを着けることになる。
白桜会は生徒会よりも大きな権力を持つが故に、初等部のうちは蕾…要するに白桜会を背負うにあたっての見習い期間であるとされる。余程の素行の悪さがない限りは一度入れば除名されることはないのだが、それでも過去に数名が除名されている。
薫子と椿、雪哉、諒太、朔夜の五人が今期のメンバーだ。
薫子は(秋月って血統は良くても、寄付金が賄えないのではないかしら?)なんて思ったが、春宮家当主に叱られた秋月夫妻はその後も何度か事業計画書を春宮に持ち込み、なんとか援助を取り付けていた。その後、そのアドバイス等に従い必死に働いた結果、完全とはいえないが無理をすればなんとか寄付金を捻出できる程度にはなった。夫妻はその経験から優秀だと褒められる息子の人脈作りと将来の道筋を考え、彼が白桜会に入れるということに懸けて受験をさせた。
原作では薫子と春宮頼りだったために下僕扱いであった朔夜だったが、薫子が我が儘でなくなったことと、両親の反省により一転、ちょっと生活が厳しくともまともな暮らしと正当な愛情を得ることとなり、陰気でおどおどとしたタイプから、ちょっと恥ずかしがり屋だけれど優しい少年へと変化した。
薫子が比較的まともだとなんだかんだ周囲もまともになっていっている。つまりは、ヒロインである彼女の異母姉の思う攻略対象者だったり、その攻略方法がすでに通じない人間が出てきていた。
「薫さん、うまくブローチがつけられなくって…」
「あらあら、椿さんにも苦手なことってあるのねぇ」
おっとりとそう言った薫子に椿は眉を下げて困ったようにブローチを渡すと、薫子は小さなそれを椿の襟につけて「できたよ」と微笑んだ。
もちろん嘘である。椿ができないなんて真っ赤な嘘である。
「ありがとうございます」
照れたようにそう言う椿は、羨ましそうに見る諒太をチラッと横目で見て、心の中だけで舌を出した。
(薫さんに名前を書いておければいいのに)
異性をどうやって牽制しようか、なんて椿が考えていることなんて気が付かずに薫子は彼と一緒に体育会館へと歩き出した。