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薫子 は 修学旅行 に 浮かれて いる ようだ !
舞香が相変わらずでも特に薫子は気にしていない。特に興味もなかった。
あえて言うことがあるとすれば、面倒な男をできるだけ長く縛り付けて欲しい、ということくらいである。
突撃されると薫子が傷つくと椿は必死だが、相手が彼女が薫子を傷つけるために雇った者などでない限りはそこまで害があるとは思わない。
だから、いつものようにおっとりと微笑みながら友人たちと固まっていた。
それを見ながら椿は何も気付いていないようだとほっとする。
あの柔らかな笑顔が守れるのならば、自分は悪でも構わない。とはいえ、彼女の隣に立つためにはそこまで強引なことはできないのだが。精々ちょっとした牽制が精一杯である。薫子にばれた時に笑って済ませてもらえないようなことはすべきでないのだ。
そこら辺の線引きが上手いので彼はありとあらゆることを見逃してもらっていたりもする。
しかし、自分の献身が薫子に筒抜けなことはまだ知らない。薫子が唇に人差し指を当てて「秘密よ?」とこてんと首を傾げるだけでみんな絶対に漏らさないのだ。ある意味躾けられている。
「修学旅行の季節は紅葉が綺麗なのですって。一緒に写真を撮りましょうね」
「はい。諾子さんも誘いましょうね」
「ええ」
にこにこしている薫子を眺めて癒されていると、椿の視線に気がついた彼女はそっとおいでと言うように手を動かした。
呼ばれて彼女のそばに向かうと、耳元で「二人で一緒に写真を撮りましょうね」と囁かれた。思わず薫子を見つめると、悪戯が成功した、というような顔をしていた。バクバクと鼓動を打つ心臓を押さえながら、頷く。
「楽しみね、修学旅行」
どこか浮かれているようにも見える薫子に「はい」と返事をする彼の耳は真っ赤である。
それを見ながら、いつまで経っても婚約のことを伝えてこないので好意がないのか、と思っていた薫子だけれど、椿自身はそれなりに前向きなのかもと思う。
(薫さんの小悪魔…っ!)
あんな悪戯をされると意識してドギマギしてしまう。後ろでどう揶揄おうかと手ぐすね引いて待っていた兎月と八雲はあまりにも純粋な反応をした椿に困惑した。
「椿は本当にガチだよな」
「意外と純粋なんだよなぁ」
「それを言うと、春宮さん意外に意図して振り回すタイプだよね」
朔夜がそう続ける。
ちょっと当たっている。少なくとも、最近はちょくちょく椿が自分をどう思っているのかを探ろうとモテ仕草などを検索して試してみたりしていた。椿を振り回していたのは多少意図的だ。その反面、諾子などは「薫ちゃん天然なのかなぁ。椿が面白いし黙っとこ!」なんて完全に面白がっていたが。
元から薫子が最愛の人間なのだからオーバーキルもいいとこである。
「他の人にやらないように言い聞かせないと……。危険、危険……」
虚な目で頭を抱え、自室で呟く椿は若干不気味だが、椿が奇行に走る時は理由がすぐにわかるので両親はすぐに薫子が何かしたんだろうなぁと察した。
「あいつにも思い通りにならないことあるって思うと爽快だから別にいいんだけど、今回はそっとしとくか」
兎月がそう言うと、隣の朔夜と八雲も頷いた。




